コンポーザー怖い
-- 2008-10-09 Thursday
まんじゅうじゃないですが。
子どもの~系列を書き終えて、また鬼ごっこの方に戻ろうとぐるぐるコンポーザーについて考えていたのですが、コンポーザーについて考えれば考えるほどあの方の内包する光も闇もあまりに大きく深すぎて、うっかりこちらが取り込まれてしまいそうな気持ちになります。
怖いよコンポーザーこわいよ。
とてもそんな気持ちではヨシュネクが書けないので、なるべくいつもコンポーザーのことは考えないようにしているのですが、いちコンポーザー好きとしては考えずにいられず、また考えずにいることはヨシュアさんもネクも幸せにしたいと思っているヨシュネクを書く上でけしていいことではないだろうと思い、悶々と沈み込む日が週に2、3あります。
雑記の書けない日はわりとそんな日が多いです。
たくさんの並行する世界を知る彼が、消滅と日々隣り合わせで死神のゲームを取りまとめる彼がどういう存在なのかと思うともはや恐ろしさに思考が停止してしまいます。
そんな立場のヨシュアさんが個人として、個として意思を持って思うことというのはまたわたしには想像もつかず、それ以上考えを進めることができず足のすくむ日々です。
わたしが根底に置いて考えるヨシュアさんは、やはり元々は人間というのが大前提なのですが、そんな中で子どもの遊び系列を書いたのは、わたしにはとても扱いきれない彼をどうにか手に届く存在にできないものかと、コンパクトにまとめる意図があったりしました。
元々がすでに人間ではない、という前提でしかやっとこヨシュアさんを捉えることができなかったというのが正直なところです。
なのでとても番外編です。ヨシュアさん個人ではなく、ヨシュネクさんの幸せを考えていったらあのような感じになりました。
でもやっぱり根底は元人間なヨシュアさんなんだよなーと思うと、まあ鬼ごっこの彼がそうなんですが、元人間である彼がコンポーザーを努めるというのは想像を絶するというか、彼の今までとこれからを考えると気が遠くなります。
多くの人間の生き返り・消滅を決定し見届け、数多の並行する世界を行き来し許容するというのはやはり人間の所業ではなく、当然のようにコンポーザーは人間でなんていられないんだろうなとか、でも元々は人間としての意識を持つコンポーザーがどんな風にそれに折り合いをつけていらしたのかなとか、何故だか涙が止まらずモニターに向かうのも休み休みになりがちです。
若年化した彼は子どもの姿ですが、本来の波動を解放した彼もゲームのグラフィックで確認する限りではとても若く(そもそもすばせかは全体的にキャラクターの年齢、とくに死神が想像よりもナナメ下を行っていいるので)年老いない身体と逆に老成した精神を抱えた彼は一体自身とどんな風に付き合って行っているのかとか。
勝手な想像ではありますが、ヨシュアさんはとても長い間コンポーザーを努めていらっしゃるようにも感じます。それこそハチ公がリアル生きていた時代から、とわたしは思っているのですが。
そんな中で様変わりする街、人、部下、幹部を見送りながら彼は過ごしているのかと思うとどうしていいのか分かりません。
彼の飄々としたあの性格は、元々がどんな方だったのかは想像するしかないのですが、そんな風に変わらない自分と変わっていく周囲を受けいれていく中で、獲得せざるを得ない処世術とでもいうべきものだったのではないかなあ、などと考えてしまいます。
周りに対して冷酷なほどに公正、公平に徹していらっしゃるのもそんな一面に思えました。
そもそもゲーム中でグラフィックがぼかされているのは、指揮者レベルですら波動を解放したコンポーザーをはっきり視認することが出来ないからではないかと深読みしています。羽狛さん、は天使だから恐らく見えていらっしゃるのだと思いますが。
レポートにははっきり力の順列として天使>コンポーザーと書かれているのですが、それでも下位次元に属するものとしてはある種異常なほどに波動が高まっていらっしゃるのではないかなーとか。それこそ天使にあと一歩で手が届くくらいに。
転じて、力が強すぎるがゆえにヨシュアさんに敵うものがいない=コンポーザーの代替わりが望めない状況だったりしたら、とか考えるとなんかもうどうしようもないです。
コンポーザーとしての自分に誇りを持っていらっしゃるとは勝手に思っているのですが、ほんの時折、消滅という名の安息を、果たしてコンポーザーが一時でも考えたことがなかっただろうか、というのは、ないと言い切ってしまうのには甚だ疑問に思ってしまいます。
たまーに思うのですが、もしかしたらコンポーザーは自分を倒してくれる誰かを待っていたりするんじゃないかなあと。
だから南師の存在に少し期待してみたり、泳がせてみたり、ゲーム最終日になっても決定的な消滅を提示することはなかったり、ネクに銃を持たせたりしてみたのかなあとか。
あのとき、ネクが引き金を引いてもそれはそれでいいってコンポーザーは思っていたんじゃないかとよく考えます。
そんなコンポーザーを受け止めるのはネクには大きく、重すぎやしないかとか、余計なことばかり考えてしまってまったくヨシュネク好きとしては失格です。
そもそもコンポーザーという方に、他の個人に対しての特別な感情を抱かせてしまうことに対して、時折疑問を感じることもあります。
人間としての自分を少しずつ時が経つごとに一つ一つどこかに置き去りにしていったであろう方が、また人としての感情を持つことが果たして幸せなのかなーとか、そもそも住む世界の違う、いずれ置き去りにせざるを得ない他人に好意を持つということはコンポーザーにとって諸刃の剣なのではないかとか、考えれば考えるほど底なし沼です。
コンポーザーにとっての幸せってなんなんだろうとか考えていたら、どうしていいのかにっちもさっちもいかなくなりました。
それでなくてもネクの成長を見届けたいコンポーザーと、ずっと共に在りたいネクの気持ちが果たして相容れることがあるのかとなんかもう溶けて消えてなくなってしまいたい…
ずっと共に在ってほしいというのはわたしの願望です。でもネクの素直な気持ちでもあって欲しい。すみません。
なんかそんなこと考えてたらすばせかのEDがFAみたいな気がして、余計沈みました。
「彼らの未来をどうするかは、彼らが決めるんですから、私たちはもう……」っていう羽狛さんの台詞はそういうことですか?最後まで聞かずに飛び立ってしまったコンポーザーはそういうことですか?上位次元の存在としてわきまえているということですか?
ずっとコンポーザーにはネクに会いに行って欲しい会いに行って欲しいと思っていたのですが、それはコンポーザーの幸せではないのでしょうか…
それぞれ別の道で幸せになるヨシュアさんとネクとか、わたし、だ、だめです…そんな…なんかもうわからない。
嫌だよー別れ別れとかそんなんないよー、全然幸せじゃないよー。
辛くたって一緒にいて欲しいよ…辛くないよ…
子どもの~でエロ、というかいちゃいちゃが少し書き足りなかったので、ぽつぽつ打っていたらいつの間にかそんなことばかり考えていて手が止まってしまいました。
エロ書きながら考えることじゃないよ…
ですがこうしてちょっとずつ吐き出してみたら少し落ちついてきた気がします。
しかしこれを萌え語りのカテゴリにしてしまっていいのかわかりません。でも他に該当するものがない…
もうなにも分からないよ…
ヨシュネクさんがいちゃいちゃしてるのが好きなんだよ…
難しいこと考えずに、二人に一緒にいて欲しいんだよ…
二人がゆびを触れ合わせたり、手を繋いだり、抱き締めあったり、くちびるで触れ合ったり、えっちなことしてるだけで心が満たされるんだよ…
どんなにヨシュアさんの波動が高くても、ネクにはちゃんと本当の姿をはっきり視認できて欲しいんだよ…
コンポーザーという役職で呼ばれるばかりになってしまった彼の名を、何度でも「ヨシュア」って呼んで欲しいんだよ…
それじゃだめなのかなぁ。
どちらにしろわたしにはそれしか考えられないので、多分これからもそんな感じでアホエロなものを書いていくと思います。
なんか、もう、ヨシュネクが好きなんだよなあ。
子どもの~系列を書き終えて、また鬼ごっこの方に戻ろうとぐるぐるコンポーザーについて考えていたのですが、コンポーザーについて考えれば考えるほどあの方の内包する光も闇もあまりに大きく深すぎて、うっかりこちらが取り込まれてしまいそうな気持ちになります。
怖いよコンポーザーこわいよ。
とてもそんな気持ちではヨシュネクが書けないので、なるべくいつもコンポーザーのことは考えないようにしているのですが、いちコンポーザー好きとしては考えずにいられず、また考えずにいることはヨシュアさんもネクも幸せにしたいと思っているヨシュネクを書く上でけしていいことではないだろうと思い、悶々と沈み込む日が週に2、3あります。
雑記の書けない日はわりとそんな日が多いです。
たくさんの並行する世界を知る彼が、消滅と日々隣り合わせで死神のゲームを取りまとめる彼がどういう存在なのかと思うともはや恐ろしさに思考が停止してしまいます。
そんな立場のヨシュアさんが個人として、個として意思を持って思うことというのはまたわたしには想像もつかず、それ以上考えを進めることができず足のすくむ日々です。
わたしが根底に置いて考えるヨシュアさんは、やはり元々は人間というのが大前提なのですが、そんな中で子どもの遊び系列を書いたのは、わたしにはとても扱いきれない彼をどうにか手に届く存在にできないものかと、コンパクトにまとめる意図があったりしました。
元々がすでに人間ではない、という前提でしかやっとこヨシュアさんを捉えることができなかったというのが正直なところです。
なのでとても番外編です。ヨシュアさん個人ではなく、ヨシュネクさんの幸せを考えていったらあのような感じになりました。
でもやっぱり根底は元人間なヨシュアさんなんだよなーと思うと、まあ鬼ごっこの彼がそうなんですが、元人間である彼がコンポーザーを努めるというのは想像を絶するというか、彼の今までとこれからを考えると気が遠くなります。
多くの人間の生き返り・消滅を決定し見届け、数多の並行する世界を行き来し許容するというのはやはり人間の所業ではなく、当然のようにコンポーザーは人間でなんていられないんだろうなとか、でも元々は人間としての意識を持つコンポーザーがどんな風にそれに折り合いをつけていらしたのかなとか、何故だか涙が止まらずモニターに向かうのも休み休みになりがちです。
若年化した彼は子どもの姿ですが、本来の波動を解放した彼もゲームのグラフィックで確認する限りではとても若く(そもそもすばせかは全体的にキャラクターの年齢、とくに死神が想像よりもナナメ下を行っていいるので)年老いない身体と逆に老成した精神を抱えた彼は一体自身とどんな風に付き合って行っているのかとか。
勝手な想像ではありますが、ヨシュアさんはとても長い間コンポーザーを努めていらっしゃるようにも感じます。それこそハチ公がリアル生きていた時代から、とわたしは思っているのですが。
そんな中で様変わりする街、人、部下、幹部を見送りながら彼は過ごしているのかと思うとどうしていいのか分かりません。
彼の飄々としたあの性格は、元々がどんな方だったのかは想像するしかないのですが、そんな風に変わらない自分と変わっていく周囲を受けいれていく中で、獲得せざるを得ない処世術とでもいうべきものだったのではないかなあ、などと考えてしまいます。
周りに対して冷酷なほどに公正、公平に徹していらっしゃるのもそんな一面に思えました。
そもそもゲーム中でグラフィックがぼかされているのは、指揮者レベルですら波動を解放したコンポーザーをはっきり視認することが出来ないからではないかと深読みしています。羽狛さん、は天使だから恐らく見えていらっしゃるのだと思いますが。
レポートにははっきり力の順列として天使>コンポーザーと書かれているのですが、それでも下位次元に属するものとしてはある種異常なほどに波動が高まっていらっしゃるのではないかなーとか。それこそ天使にあと一歩で手が届くくらいに。
転じて、力が強すぎるがゆえにヨシュアさんに敵うものがいない=コンポーザーの代替わりが望めない状況だったりしたら、とか考えるとなんかもうどうしようもないです。
コンポーザーとしての自分に誇りを持っていらっしゃるとは勝手に思っているのですが、ほんの時折、消滅という名の安息を、果たしてコンポーザーが一時でも考えたことがなかっただろうか、というのは、ないと言い切ってしまうのには甚だ疑問に思ってしまいます。
たまーに思うのですが、もしかしたらコンポーザーは自分を倒してくれる誰かを待っていたりするんじゃないかなあと。
だから南師の存在に少し期待してみたり、泳がせてみたり、ゲーム最終日になっても決定的な消滅を提示することはなかったり、ネクに銃を持たせたりしてみたのかなあとか。
あのとき、ネクが引き金を引いてもそれはそれでいいってコンポーザーは思っていたんじゃないかとよく考えます。
そんなコンポーザーを受け止めるのはネクには大きく、重すぎやしないかとか、余計なことばかり考えてしまってまったくヨシュネク好きとしては失格です。
そもそもコンポーザーという方に、他の個人に対しての特別な感情を抱かせてしまうことに対して、時折疑問を感じることもあります。
人間としての自分を少しずつ時が経つごとに一つ一つどこかに置き去りにしていったであろう方が、また人としての感情を持つことが果たして幸せなのかなーとか、そもそも住む世界の違う、いずれ置き去りにせざるを得ない他人に好意を持つということはコンポーザーにとって諸刃の剣なのではないかとか、考えれば考えるほど底なし沼です。
コンポーザーにとっての幸せってなんなんだろうとか考えていたら、どうしていいのかにっちもさっちもいかなくなりました。
それでなくてもネクの成長を見届けたいコンポーザーと、ずっと共に在りたいネクの気持ちが果たして相容れることがあるのかとなんかもう溶けて消えてなくなってしまいたい…
ずっと共に在ってほしいというのはわたしの願望です。でもネクの素直な気持ちでもあって欲しい。すみません。
なんかそんなこと考えてたらすばせかのEDがFAみたいな気がして、余計沈みました。
「彼らの未来をどうするかは、彼らが決めるんですから、私たちはもう……」っていう羽狛さんの台詞はそういうことですか?最後まで聞かずに飛び立ってしまったコンポーザーはそういうことですか?上位次元の存在としてわきまえているということですか?
ずっとコンポーザーにはネクに会いに行って欲しい会いに行って欲しいと思っていたのですが、それはコンポーザーの幸せではないのでしょうか…
それぞれ別の道で幸せになるヨシュアさんとネクとか、わたし、だ、だめです…そんな…なんかもうわからない。
嫌だよー別れ別れとかそんなんないよー、全然幸せじゃないよー。
辛くたって一緒にいて欲しいよ…辛くないよ…
子どもの~でエロ、というかいちゃいちゃが少し書き足りなかったので、ぽつぽつ打っていたらいつの間にかそんなことばかり考えていて手が止まってしまいました。
エロ書きながら考えることじゃないよ…
ですがこうしてちょっとずつ吐き出してみたら少し落ちついてきた気がします。
しかしこれを萌え語りのカテゴリにしてしまっていいのかわかりません。でも他に該当するものがない…
もうなにも分からないよ…
ヨシュネクさんがいちゃいちゃしてるのが好きなんだよ…
難しいこと考えずに、二人に一緒にいて欲しいんだよ…
二人がゆびを触れ合わせたり、手を繋いだり、抱き締めあったり、くちびるで触れ合ったり、えっちなことしてるだけで心が満たされるんだよ…
どんなにヨシュアさんの波動が高くても、ネクにはちゃんと本当の姿をはっきり視認できて欲しいんだよ…
コンポーザーという役職で呼ばれるばかりになってしまった彼の名を、何度でも「ヨシュア」って呼んで欲しいんだよ…
それじゃだめなのかなぁ。
どちらにしろわたしにはそれしか考えられないので、多分これからもそんな感じでアホエロなものを書いていくと思います。
なんか、もう、ヨシュネクが好きなんだよなあ。