■ 一日目
そう広くない馬車の中で2人きり。
4頭立ての豪勢な馬車で試験とやらの会場に向かうらしい。
最悪だ・・・ 何もかも気に食わない。
腕を拘束する手枷も、無理やりはめられた首輪も、そこから延びる鎖も、それを持って隣に座ってるやつも、そいつが読み上げてる書類も、何もかもが最悪だ
「あれ、罪状とかは載ってないんですね、この紙」
意味わかって言ってんのかねコイツ・・・
「……あ、ご、ごめんなさい、その……普通、罪を犯した場合って死罪になることが殆どだって聞いてたから、どんな罪状だったのかなって思って……」
なるほどな、言ってから気づくタイプか。
しかもフォローのつもりで悪化させてやがる。
災難を呼び込む資質があるな。
手綱を握ってるのがトラブルメーカーとはな、俺の前途も明るいぜ、最悪だ。
「婦女暴行未遂」
「……え?」
ぽかんとしてるな。
まぁ、そうだろう。これを聞いたら、冗談と思って笑うか、あっけにとられるか、からかうなと憤慨するかのどれかだろうさ。
すくなくとも俺だったら、調子くれてんなって蹴り入れてる所だな。
さて、コイツはどう思ったんだろうね?
ためしに、ニヤついてみるか。 なんならお前も喰っちまうぞってな具合で・・・
おぉー 逃げやがった。泣きそうなツラしてやがる。
最悪だ、コイツ信じやがった。
お人好しにもほどがあんだろう。
刑を執行された本人だって耳を疑ったってのに、どうしてそうすんなりと信じれんのかねー。
『この者を婦女暴行未遂罪を犯したと定め、能力封印刑、及び、強制従属刑に処する』
忌々しい、ジジィたち思い出しちまった・・・
大体、強制従属刑ってなんだよ、初めて聞いたぜ、そんなの。
ていうかよ、ちんけな盗みでも首はねだって恐れられてる天下御免の即決裁判がこんなんでいいのかよ。
あーぁ
なんで俺、生きてんだろうね・・・ 最悪だ。
■ 二日目
最悪の街だった。
何せ人狼は魔物扱いだったしな。
街が街なら、人間側だってのに、あの街の奴らの頭の固い事ときたら・・・
最悪な街だった。
魔物扱いの癖に、規律やら法律やらに従えってんだぜ。
みんなあいつのせいだ。何が魔物の王だ。何が御霊様だ。
最悪の街だった。
特に俺の居たところはひどかった。
人間どもの里の街は、いっちょまえに壁なんかで囲いやがって山の手気取り。
魔物どもの森の街は、御霊様とやらの言いつけ守ってお上品にスカシてやがる。
その間の緩衝地帯に出来ちまった、吹き溜まりのゴミみてぇな街が俺の街だった。
元々が闇市で、計画も何もなく勝手に広がった街だ。
グネグネ曲がった路地ばかりの通りに、増築の繰り返しでむやみに膨らんでいく建物。
当然日当たりなんて考えちゃいないから、真っ暗な行き止まりなんてあちこちにあった。
お世辞にも清潔なんて言えない道には、酔っ払いか、薬中か、とにかく誰かが転がってたっけな。
そんな最悪の街の最底辺の最悪な場所が俺の街で、俺はそこが最高に気に入ってたんだ。
里や森の奴らが下街と呼ぶ俺の街は、本当に最高だった。
あの迷路みたいな路地や建物も、追っ手を撒くにゃ好都合。
あそこにいる連中には、人間も魔物関係ない。
人間が開いた飲み屋の魔物が用心棒やってるし、魔物が経営する娼館の客引きは人間だった気がする。
周りに居てくれた奴らも、色々いたな。
筋金入りのウルリヒ、のんべぇのエド、逃げ足のハリー、はねっかえりのブリギッタ、巨漢のオリバー、鍵開けジョニー、抜け目ないヴォルフ、鉄壁ミュラー、肝っ玉ハンナ
どいつもこいつも、一筋縄じゃいかねぇバカどもだったが、気のいい、胸のすく連中だった。
溜まり場を寝床にしてた俺は、よくあいつらに起こされて1日を始めたもんだ・・・
「ナイン、ナイン」
そう、こんな具合で・・・
「ナイン、起きてください、ナイン」
「うるせぇ、疲れてんだ、今日は他で集まれよ・・・」
言ってからはっとして目を覚ます。
どこだっけな?ここは?
「……もしかして、夢を見てたんですか? 依頼の説明終わっちゃいましたよ?」
あぁー あれだ。
クテラの奴が依頼の説明受けるとかいうんで、協会の会議室に移動したんだった。
これがホームシックってやつかね。
夢にまで見るとは、俺も意外に女々しいな・・・
■ 三日目
暇だ。
依頼をこなして宿に戻ったはいいが、やることが無い。
どうにも、クテラには夜の街に繰り出そう、なんて発想は微塵もないらしい。
まぁ、それならそれでありがたい。
どうせ街に出たところで、この有様では何もできやしない。
クテラが余計なトラブルを連れてくるのがオチだろうさ。
そんな感じで、ありがたくはあるんだが・・・
「暇だ」
ベッドに転がりながら、備え付けの机で日記を書いているクテラに聞かせるでもなくうめく。
そういえば寝床がベッドというのも気に食わない。
そもそも、急に環境が変わり過ぎなんだ。
木偶人形を殴り飛ばしたぐらいでは、このモヤモヤした感覚は晴れなかった。
暇に耐えかねて、宿の親父に持ってこさせた本を開く。
『良い子の算数教室』
なめてんのか?と怒鳴りつけてやろう思ったが、青い顔をした親父が、これしかないと震えながら差し出してくるものだから、しょうがなく受け取った。
「こりゃいい、これは難問だ」
本を眺める事数分、思わず笑わずにはいられなかった。
「どうしたんですか、ナイン?」
突然笑い出した俺を怪訝に思ったのか、こちらに向き直るクテラに問題を見せてやる。
「どうだい、あんたはこの問題わかるか」
『木にリンゴが一つなっていました。
そこへ小人さんが来ました。
リンゴは木の上になっていますので小人さんでは届きません。
次に巨人さんが来ました。
巨人さんは腕を頭のうえより高くに上げなくても、楽々リンゴを取る事が出来そうです。
小人さんは人間の半分の身長しかありません。
巨人さんは人間の1人と半分を足しただけの身長があります。
小人さんは何人いればリンゴを取ることができるでしょうか?』
「僕をバカにしてるんですか?」
「いいや、良い問題じゃねぇか、で何人なんだよ?」
怪訝そうを通り越して、不機嫌になってきやがったか。
「そんなの3人に決まってるじゃないですか」
やっぱりそう答えるよな・・・
「そうか?俺は六人位じゃねぇかと思うんだがよ」
「何言ってるんですか、だって小人が3人で巨人と同じ高さなんですよ?」
「お前こそ何言ってんだ、小人と巨人は1つしかないリンゴをお互い欲したんだぞ?」
そう、1つしかないもの2人で欲しがれば、先にあるのは争いだ。
本当に欲しいんだったら勝ち取らなけりゃならない。
「ナインはずるいですね・・・ そんなこと言うんだったら小人は1人で十分です」
あぁ、これはまずったな、泣きそうだ。
「だって、小人がきちんとお願いすれば、巨人がリンゴを取ってくれるはずですから・・・」
■ 四日目
「あーぁ やっぱりもたねぇか」
膝を抱えて隠れるように泣いていたクテラは、そのまま寝息をたてはじめた。
まぁ、初めての野宿だ、無理もねぇか。
いや、街の外を歩くこと自体初めてなんだろうしな。
長く歩いて足は痛むだろし、食事にも寝床にも馴染めず、まさに疲労困憊
そりゃ、泣きたくもなるか・・・
解らないでもない。
金の出し方、話の聞き方、夜の街の歩き方、そのたんびに随分と高い授業料を払わされたもんだ。
その甲斐あって、随分とましになってきたはずだったんだが。
「色々やり直しだな、こりゃ」
火を絶やさぬように、焚火の面倒を見る。
暖と視界の確保、そして、野生動物への警戒を可能とする夜営の基本行動。
今までなら、こんなもん必要なかった。
夜でも見通せる目、些末な音も逃さぬ耳、牙を病を寄せ付けぬ体。
しかし、今は・・・
「なさけねぇな 怖くてしかたねぇ」
視界を閉ざす闇が、静けさに響く物音が、夜の向こうにある危険を想像させる。
もし・・・ なんて考えがちらついてはなれない。
どう戦う?
どう守る?
どう逃がす?
だめだ、どうにもらしくねぇ。
・
・
・
「よぉ、交代だ、ご苦労だったな」
気が付けば、そんな時間か。
隊商の一人だろう男が声をかけてきた。
「まだ、多少寝れるぜ、嬢ちゃんつれてテントへ引っ込みな」
「いや、ここでいい。あんたも話し相手がいた方がいいだろ? あいつもようやく眠れたところだしな。」
そう深い眠りとも思えない。
下手に動かせばおきるだろう。
それに、今は、眠ってる場合じゃねぇ。
「なぁ、あんた、夜番の間の暇つぶしでいい。俺に旅の基本を教えてくれねぇか」
ガバっと頭を下げる。
形振りなんてかまわねぇ。
俺は知っとかなきゃならねぇんだ。
「頼む、このとおりだ」
「いいぜ、じゃぁまず、嬢ちゃんに毛布かけてやんな。これから朝露の時間だ。あんなもんでも体力を奪っていくもんさ」
■ 五日目
ベットに横になる※
本を読み始める
徒歩で部屋を5往復する
時計を見る※※
(※から※※を3度繰り返す)
おもむろに計算を始める
知り合いの顔を思いうかべる
廊下へ出る
部屋に戻る
時計を見る
(最初に戻る)