■ 一日目
朝 起きてすぐコイン3つを投げる
3枚とも表なら、今日は特別な日になる
小さい頃からのおまじない
裏が2枚 表が1枚
まったく、気の利かないコインたちだ
こんな日くらい、すんなり揃ってくれてもいいのだろうに
なんとなく諦めきれずに、あと2回までならと
勝手に決めてコインを投げる
裏が1枚 表が2枚
これが最後とまた投げる
そして出たのが 全部裏
これはこれで特別かなと
勝手に納得して、コインをしまう
そんな朝に、ボクは生まれた村を旅立った
■ 二日目
村を背にして、王城目指して、森を歩く
寂しさとか、使命感とか、希望とか
まったくないって訳じゃないけれど、
やっとか という感慨とか
これからどうしよう という不安とか
そんなものが 胸の中にあふれていた。
いつしか、森は暗くなる
夕焼けたよりに、繁みを抜ける。
何もないと解っていても、背負った武器に手をかける。
祭りで買った、小さな魔力のこもった鎌。
持つと、なんとなく強くなったような気がして
使うあてもないのに、夜店で買った。
少しの間は手入れもしたけど、そのうち飽きて部屋の隅。
まさか、持って歩くことになるとは思わなかった。
やがて、森は終わりを告げる
満月輝く、広場に抜ける。
ここからのびる街道ふたつ
ひとつは城へ ひとつは山へ
もちろん城へといくのだけれど、今日はここらで一休み
餞別にもらった包がふたつ
ひとつは母から ひとつは姉から
焚き火をこしえら、腰落ち着けて
どちらにしようとコインを投げる
母のにせよとコインは表
なんとなく諦めきれずに、あと2回までならと
勝手に決めてコインを投げる
母のにせよとコインは表
あの煮物はもう飽きた そんな思いでまた投げる
そして、出たのが・・・
■ 三日目
まずは黒、次に赤
でも、ボクは見た、その間にあった小さな箱
まずは黒、次に赤
視界をうめる色の中で、確かにあった小さな箱
沈んでいた意識を浮かべ、眠りから覚める。
見覚えはない、そうだ、旅をしてるんだった
手を繋いだ彼を見つけて、記憶が覚める。
見覚えはない、そうだ、手を繋いだまま、飛べっこない
まずは黒、次に赤
その瞬間に、頭が覚める。
そうだ、追われて、引かれて、落ちて、喰われた
手足が震え、青ざめる。
立ち上がって、登り始めの陽ざしを頼りに、自分の体を確認していく。
異常はない、少なくとも、落ちてもいないし、喰われてもいない
顔を上げ、登り始めの陽ざしを頼りに、辺りの様子を確認していく。
誰もいない、少なくとも、追手に捕まった訳でもない
そこまでやって、恐怖が醒める。
木の幹背にして、へたりこむ
そもそも、なんで追われてたのやら
身に覚えはない、そうだ、こいつが来たからだ
顔を下げ、登り始めの陽ざしを頼りに、彼の様子を確認していく。
ぼろのお仕着せ、小柄なからだ、頭にいぬみみ、お尻にしっぽ
いぬみみ? しっぽ?
あの勇者と同じ、みみとしっぽ
憧れてやまない、初めて知った詩の英雄
その勇者と同じ、みみとしっぽ
あぁ、なんと恐ろしき東の魔王
その先触れは小さき黒の軍団 辺り全てを闇で塗り上げる
その躯体は山の様に大きく 生き物全てを飲み込んでいく
その瞳は青く燃え上がり 見るもの全てが凍りつく
奴の残した べったり黒い足跡からは 戦と病と飢えが生まれ
ここから全てが居なくなる
しかし、諸君ら 恐るるなかれ
われらの祈りは形を成した
その先触れは光の奔流 英雄の再来はここに成された
その躯体は躍動する獣 幸星さえも追いつけはすまい
その瞳は知性に輝き 隠者の秘奥も思うがまま
彼の行く先は どんより黒くかすんでいたが 勇気と正義と希望が生まれ
ついに魔王へとたどり着く
懐かしさにまかせて口をつく
不安をそらして最後まで
その詩やめろと声がする。
知らない声の、黒と赤と小箱の彼が
その詩嫌いと声がする。
知らない声の、みみとしっぽと勇者の彼が
■ 四日目
マッスルポテトは力持ち 牛にも負けない 力自慢
ぎゃーと一声 なべの中
ダンディーにんじん色男 乙女もうらやむ 肌のつや
ぎゃーと一声 なべの中
インテリオニオンとんちもの 村の長老 したを巻く
ぎゃーと一声 なべの中
みんな食べてよ やさいを食べて
のこすとあいつがやってくる ネザーシャドーがやってくる
のこす子だれだとやってくる わるい子たべにやってくる
そんな鼻歌うたいつつ 彼からはなれて辺りを巡る
みみとしっぽと勇者の彼は
長かったけど とりあえずノエル
ラノエなんとか なんとか なんとか
覚えきれないから しばらくノエル
黒と赤と小箱を聞くと
ネザーシャドウと教えてくれる
ねないとあいつがやってくる ネザーシャドーがやってくる
ねない子だれだとやってくる わるい子たべにやってくる
そんな鼻歌うたいつつ 彼からはなれて辺りを見渡す
あの人いってた 放り込まれた
あの人いってた 探していると
みんながみんな 特別そうで
みんながみんな 強そうで
あの人いってた 苛烈さもない
あの人いってた かえった方が身のためだ
みんながみんな 特別そうで
みんながみんな ボクとはちがう
なにかポツンと とりのこされて
ノエルといた広場に戻る
しっぽとみみが 特別そうな
小さい箱が 強そうな
ノエルと一緒の広場に戻る
■ 五日目
こっちへ来るなとノエルが叫び
箱から伸びて 掴んで 潰す
なにするんだとノエルが叫び
黒い手伸びて ノエルを 投げる
なんとかなったとノエルが笑い
黒が広がり 心を 潰す
炊き出しやってた城門抜けて
それでも何でか共にいる
ポテトと兵士とさかなを倒し、
それでも何でか共にいる
あいつはノエル
しばらくたったが まだまだノエル
ラノエ なんとか なんとか なんとか
覚える気もないので ずっとノエル
共に行く道 お供にと
追われた訳を聞いてみる
ぼーっとあるく道すがら
何の気なしに聞いてみる
ここから西の公爵領の そのまた西の男爵領
不毛の不名誉 背負った大地の 無名で無力な農家のせがれ
2つを植えれば1つが芽吹き 5つを間引いて3つが育つ
種と実りの合わぬ土地 そんな所で育ったこども
それから領主の男爵家 金で買われて下男の暮らし
不遇の不満を 背負った彼に 突然、突飛な幸運ひとつ
2つを託され1人でにげる いつのまにやら追われる身
手放すな 逃げ延びろ 2つを託され 1人でにげる
聞けば聞くほど ボクと変わらず
聞けば聞くほど 悔しさつのる
なんでボクはと わが身を呪い
なんで彼はと 箱を見る
そうさ彼はと 箱を見る
軽トラ潰して 疲れもひとしお
よくも あれに勝てたものだ
夜もふけて 疲れもひとしお
よもや すでに起きてはいまい
息を殺して 寝返りうって ノエルの様子を盗み見る
息を殺して 気配を消して 箱の様子を盗み見る
今なら出来る 持って 走る それだけだ
ただ それだけに 体がこわばる
痛いほど脈打つ 胸が 喉が 視界さえゆがむ
息を整え 気配を消して ノエルの箱をしっかり掴む
走って 走って 走って 走った
息ができない あしが前に出ない
走って 走って 走って 走った
見つかってない 追ってこない
やった やった これで ボクも
帰れなくても 戻れなくても
体を折って 膝に手をつき 息を落ち着かせる
立っていられなくて 地面に座って 気持ちを落ち着かせる
歯の根が合わない 震えが止まらない
ねっとりとした 吐き気みたいな 気持ちがとまらない
でも
これで ボクも 特別だ
これで ボクも 英雄だ
それは無理だ と知らない声
ここには ボクと箱しかいない
喋った? 喋った!
喋れるの!?
あぁ、そうだ
一緒に行こう?
それは無理だ
特別じゃないから?
あぁ、そうだ
特別になればいいの?
それは無理だ
そっか やっぱりあいつは
あぁ、そうだ
キミの口から教えてくれよ
それは無理だ
やっぱりあいつは勇者の
あぁ、そうだ
私は戻るぞ お前も戻れ
どうせ あいつは 気づくまい
それだけ言うと 箱は消え去り
ここには 僕しかいなくなる
言われた通り とぼとぼ帰る
やっぱり ノエルは 気づかない
やっぱり 箱は そこにある