※性描写を含みます。ご注意ください。 何やらおかしい。 もう外では夕方にさしかかる時間だというのに、ネク君が寝室から出てこない。 いつもなら僕と一緒に起き出してそのまま彼は街の散策などに出かけるのだけれど、今日は僕が横でごそごそと着替えなどの準備をしていても目を覚まさないくらい熟睡していたので、もう少し寝かせてあげようと思いそのままにしてきたのだ。昨晩の疲れが少し溜まっているのかもしれない。 最初の頃こそ、人の道を外れた罪悪感からか、違う次元を目の当たりにする恐怖からか、ネク君は表に出ずにずっとここ渋谷川にこもっていた。けれど、僕や指揮者がごく普通にこちらとあちらを何度も行き来するのを見てそんなに気負わなくてもいいのだということに気がついたらしく、最近は外に出て街中を歩き回ったり、死神の子たちに遊んでもらったりしているようだ。 一応低位同調の方法も教えてあるのだけれど、まだRGまで出て行く勇気は出ないようで、UGの中とステッカーのついた店をうろつく程度に留まっている。まあそれも今のうちだけで、すぐに慣れてRGまで出て行けるようになるだろう。どちらにしろRGではUGに縁のある者以外でネク君の存在を知るものはいなくなっているので、問題はない。 と、いうような余談はさておき、そんな彼が珍しく寝坊したときでも、いつもならお昼前にはこちらの審判の部屋まで来て僕の隣に座っているか、出かけたときならそろそろ帰ってきてもいいくらいの時間だというのに。 昼過ぎにおかしいなと思った時点で一度ネク君の様子を見に行こうかと思ったのだけれど、ちょうど運悪く仕事が立て込んでしまい、今の今まで気にはなりながらも一度もネク君の顔を見られていないのだ。 その仕事もなんとかひと段落したので、ようやく彼のところまで戻ることができる。ずっと手にしていた書類の束をサイドテーブルに置くと、やれやれと伸びをしながら僕は立ち上がった。ここに置いておけばあとはメグミ君がなんとかしてくれるだろう。 寝室までの十数歩の距離をのんびりと歩いて、僕はまた新しい違和感に気がついた。 寝室の扉が閉まっている。 この部屋は特別な位置に属していて、RGともUGとも違う空間に存在しているので、僕以外開けることができない。もちろん、扉を開けばきちんとこちらと地続きの普通の部屋なのだけれど、まあこれは上位次元の感覚でないとわからないかもしれない。 そんな部屋をネク君と共同で使うことになったので、いつもは扉の間につっかえとして本を挟んでいた。そうすれば僕がいなくてもネク君も自由にこの部屋に出入りすることができる。 けれど、今はそれがない。 いつの間に閉まっていたのだろうか。玉座に座るとちょうど死角になってしまう位置にあるので、気がつかなかったのか。 なんにせよ僕はきちんと今朝も本を挟んで出てきたので、何らかの不可思議作用が加わったのでなければこの扉を閉めたのはネク君ということになる。何か、僕がこの部屋に入ると不都合なことができたのだろうか。部屋の主である僕が入ると不都合がある、というのもおかしな話だが。 首をかしげながらも、念のためこんこん、と軽く二回ノックをした。数秒待ったものの、返事がない。 この部屋を出て外に行くには必ず審判の部屋を通らなくてはいけないから、中には必ずネク君がいるはずなのだけれど。 「ネク君、入るよ?」 もう一度ノックをしてからそう声をかけると、今度はすぐに返事があった。 「は、入るな!」 久しぶりに聞くネク君の声に、知らず知らずのうちに安堵の息が漏れる。寝ぼけた様子の声でもないので、きちんと起きているらしい。それにしても入るなとは、随分なご挨拶ではあるが。 「ネク君?」 「開け、ないで……」 先ほどの語気を強めた口調とは打って変わって、弱々しい声にますます首をかしげて、身体が斜めになりそうだ。一体どうしたというのだろう。 「どうしたんだい? 朝からずっと出てこないから、心配したよ」 「……い、今、は……ヨシュアと……会いたくない」 「え?」 「あ、会え、ない」 どうしたのか、という僕の質問には全く答えてくれていないけれど、とりあえず今ネク君は僕と会いたくないらしいことはわかった。わかった、というか、扉のつっかえが外されてしまっている時点で恐らくそうなのだろうと言うのは予想がつく。なので、やはりこれはネク君が意図的に行ったことで、ネク君の意思で僕を部屋に入れたくないらしい、ということが予想から事実に変わっただけだが。 「どういうこと?」 「……」 「どうして、会いたくないの? 僕、何かした?」 自分で言いながら、恐らくネク君は僕が原因であるならこんな風な手段はとらないだろうと内心思っていた。よっぽどのことなら分からないけれど、ある程度ならネク君はきちんと自分で口にできる子になった。彼がここまで頑なになってしまうのは、自分に原因があるとネク君自身が強く思い込んでいるときなのだ。 「会い、たくない……」 頑なに理由を明かそうとしないネク君に、ついため息が漏れてしまう。そんなに気の短いほうではないのだけれど、このままでいても一向に事態は進展せず、堂々巡りである。 ネク君がこんな風になってしまったときは、多少乱暴になってしまっても、荒療治くらいがちょうどいい。 「それだけじゃわからないよ。もう、いいかな? 入るよ?」 理由を話してくれればそれなりに僕も身の振りようがあるけれど、そうでないなら僕がやることは一つだ。 だめ、とか、やだ、とか子どものような声を上げるネク君の制止は気にせず、扉横のパネルを操作して開錠する。 ここまで頑なに僕が入るのを拒んでいたネク君のことだから、中から扉を押さえるくらいの抵抗はするかもしれないと思っていたけれど、ドアノブを回すと予想とは裏腹にあっさりと扉は開いた。 中に足を踏み入れると、いつも通りの部屋に、いつも通りのベッドがあって、その上の掛け布団が丸く膨らんでいる。 布団に隠れるだなんて随分可愛らしい抵抗だと思わず笑いが漏れてしまいそうになったけれど、さすがにこれ以上ネク君の機嫌を損ねて事態を悪化させることもないなと思い我慢した。まあこの部屋には布団以外隠れられそうな場所がないので仕方ない。 「ネク君、もう起きないと。日が沈んじゃったよ?」 「……」 「いつもはそんなにお寝坊さんじゃないでしょ」 ぎ、とスプリングの軋む音を聞きながらベッドの端に腰を下ろして、軽い口調で話しかけてみても返事はなかった。 ただひたすらに縮こまって沈黙を守るネク君の反応は予想通りのものだったので、気にせずにネク君を隠すやわな防壁を引き剥がそうと掛け布団の端を掴んだ。 「さあ、起きて」 「っ……や、だ……!」 そうするとやはり予想通りに布団を引っ張るネク君の抵抗に、このままではカバーが伸びてしまいそうだとどうでもいいことを考える。 「お、ねがい……だめ、ってば……ヨシュア……!」 「やだ、だめ、だけじゃわかんないでしょ。ほら、いい子だから」 カバーが伸びるのを気にしなければ、力比べでネク君が僕に勝てるわけがない。彼もそれがわかっていてのなけなしの抵抗だったのだろうけれど、それなりにてこずらせてくれた末にようやく彼を守る布団を引き剥がすことができた。 再び奪い返されることのないようにぽい、と掛け布団をベッドから落とすと、膝を折り畳んで丸まるように枕に顔を埋めているネク君に目をやる。 彼がこちらに着てから寝巻き代わりにしている僕のワイシャツ一枚という寒そうな格好に、膝を折り畳んでいるせいで太腿もお尻も丸見えだ。 けれどそんな下半身が露出した格好のせいで、ネク君に何が起きたのかはすぐに察することができた。 標準よりは痩せているものの、いつもより肉付きのいい太腿。丸みを帯びた身体のライン。何よりも腰つきですぐに分かってしまう。 「ネク君、きみ……」 「っ……!」 知らず知らずのうちに漏らしていた僕の声に反応して、ネク君の肩がびくんと跳ねる。それからますます身体を丸めてうずくまると、くぐもった涙声が聞こえてきた。 「だ、から……会いたくない、って……」 目の前で身体を縮めるネク君は、どこをどう見ても女の子の身体になっていた。以前にも同じことがあったお陰でさほど驚きはなかったけれど、今回はどうやらそのときとは様子が違うようだ。 「もしかして、また……?」 僕の言葉の先に何を想像したのか、言い終える前にネク君はがばりと身体を起こして、涙で濡れた青い瞳をまっすぐにこちらへ向ける。 「ち、ちがう……! 俺が、やったんじゃなくて!」 けれど改めて僕と顔を合わせると、ネク君はどうしていいのかわからないように言葉を途切れさせて、しどろもどろになりながらよくわからないうめき声を上げて俯いてしまった。 「ネク君がやったんじゃなくて?」 そのまま言葉が見つけられずに黙り込むネク君に苦笑しながら、このまま向かい合っていても仕方がないので助け舟を出すつもりで先を促す。 「おれ、が……やったのかもしれない、けど……」 「うん」 なるべくやわらかい声音で子どもの話を聞くように相槌を打つと、ぽつりぽつりとネク君は話し始めた。 「お、おれにも、よく、わかんなくて……」 「うん」 「あ、朝起きたら……こうなってたんだ……」 忙しなく視線をうろつかせながら小さく震える細い肩が痛々しくて、今すぐ彼を抱きしめたいような気分になったけれど、今の状態で軽々しくそんなことをするわけにもいかずにただネク君の言葉が終わるのを待った。 「びっくりして、おれ……で、でも、前みたいに自分で戻そうと思ったんだけど、なんか、できなくて」 「うん……」 「こんなの、ヨシュアに見せられない、から……へ、部屋から出られなくて……こ、こわ、くて……おれ……っ」 ついたった今、軽率な行動は控えるべきだと思っていたのだけれど、残念ながらもう限界だ。目尻に涙を溜めて震える声音が嗚咽に飲まれないよう必死に堪えているネク君の姿を見ていることができずに、目の前の小さな身体に腕を伸ばして強く抱き寄せた。 「う、っえ……」 「ネク君のせいじゃないっていうのはわかったから、泣かないで」 「っ……ふ、ぇ……よ、しゅあ……」 「大丈夫だから」 宥めるようにぽん、ぽん、と優しく背中を撫でてやると、ネク君の身体はもう我慢しなくてもいいのだということを理解したのか、夜色の瞳からぽろぽろと星屑が流れ落ちるように透明な雫をこぼした。 「うぅ……だっ、て……よしゅ、あ……やじゃない、のか……」 「何が?」 それでも僕の腕の中で居心地悪そうにもぞもぞと身じろぎを続けるネク君に首をかしげながら問い返すと、思いもよらない答えが返ってきた。 「お、男の俺じゃないと……や、やだって……前、言ってた、だろ……」 たしかに以前、ネク君が今と同じように女の子の身体になった時分に全く同じことを言ったけれど、あのときと今では状況が異なるというのに彼は何を言い出すんだろう。前回ネク君を安心させるために言ったはずの言葉が、完全に裏目に出てしまったようだ。 「うん、僕が好きなのは男の子のネク君だよ」 「っ、じゃあ……なん……で……」 「でも、今こうやって泣いてるのだってネク君でしょ。目の前で好きな子が泣いてるのに、放っておけないよ」 そんな簡単なことなのに、変に難しく考えてしまっているネク君がどこか可笑しかった。安心させるように抱きしめる腕をぎゅっと強くすると、往生際悪く身じろぎを繰り返していた彼がようやく大人しくなる。 「それに、女の子になりたくてなったわけじゃないんでしょ?」 「……う、ん……」 「だったら、早く戻れるように原因を見つけなくちゃ」 ぴたりと大人しくなったネク君に、これでようやく落ち着いて顔が見られる、と少し腕を緩めて向かい合う。未だ不安で揺れている瞳を安心させてあげたくて、寝癖であちらこちらに向いてしまっている髪を何度も撫でると、ネク君は少しほっとした様子で気持ちよさそうに目を細めた。 「少し、ネク君のソウルを探るよ?」 「あ、ああ……」 「目、閉じて」 そう言うと素直に瞼を下ろすネク君のおでこに自分の額をこつん、とくっつけて、腕の中の存在を構成する要素そのものに集中する。 ほんの少し探っただけで、彼の身体を構成するソウルの結合規律が随分乱れてしまっていることが分かった。本来あるべきところにあるべきものがなく、混迷している。 この状態を解消して元の正しい規律にリセットするためには、と考えて、一番手っ取り早く、簡単な方法があるにはあるのだけれど。 「うーん……」 「も、戻せそう……か……?」 思わずうなり声を上げてしまった僕は随分と難しい顔をしていたのか、目を開けたネク君はじっと僕の顔を見て不安そうにこちらを窺っている。 実際に身体に変調をきたしているネク君が一番心細く思っているというのに、これ以上不安にさせてはいけないと努めて明るい声音で告げた。 「大丈夫、ちゃんと戻るよ」 「そ、そう、か……」 途端に安堵した様子で身体の力を抜くネク君に、果たしてどうこのことを伝えようかと考えあぐねる。 「ただ……」 「ただ?」 確かに、方法はあるにはある、のだけれど。 「あんまりまだ低位同調とかの規律の組み換えをしたことがないうちに、この間規律を作り変えちゃったでしょ?」 「う、うん」 「慣れないことしたせいで、ネク君のソウルが混乱して、反動が来ちゃってるみたいなんだよね。だから……」 すごく、非常に言いづらいのだが。 「今のネク君の身体を構成しているのは元々僕のソウルだから、それを改めて注いであげれば、元に戻れる……と思うんだけど……」 とても遠回りな言い方をしてはみたものの、ネク君はその意味を一度で理解したようだった。驚いたように目を見開いてから、見る見るうちにネク君の表情は沈んでいく。 「それって、ヨシュアとえっちしないといけない……ってことか……?」 「まあ……簡単に言うとそうなるね」 普段のネク君となら肉体交渉に至るくらい、どうということはない。いつものことだ。 けれど。 「今の、身体、で?」 「う、ん……」 「ヨシュア、女の子の身体、抱く、のか……?」 また今にも泣き出してしまいそうなくらい、か細く声を震わせるネク君にどうしようもなく胸が痛む。 「や、だっ……」 「ネク君……」 「やだ!」 き、と僕を睨むように顔を上げたネク君は、痛々しいくらいに濡れた瞼をぎゅっと閉じてから子どものように首を振った。 「お、おれ、そんなの……っやだ、ぁ……」 「ネク君、落ち着いて」 「うぅ、ふ……ぇ……そ、なの……お、おれ……おれぇっ……耐えらん、な……」 そのままひ、ひ、と嗚咽を上げ始めるネク君の背中を撫でて宥めてやりながら、僕自身途方に暮れていた。 女の子のネク君を抱くということは、その一部始終を彼に見せつけるのと同義だ。見せつけるどころか、感覚全てで彼はその行為そのものを受け入れなくてはいけない。 できることなら僕もやりたくはないのだけれど、一番確実で、簡単な方法がそれだと言うのも事実だ。あまり危ない橋は渡りたくないし、どうしたものかと頭をひねる。 悩みに悩んで、それからふと思いついた。 女の子の身体だからといって、何も女の子の部分を使わなくてもいいではないか。 「ネク君」 「ふ、ぅ……な、ん……だよ」 「別に女の子の身体だからって、いつも通りにしたらダメっていうことはないんじゃない?」 僕の言葉にまさしくきょとん、とした表情でこちらを見上げてくるネク君の脚にそっとゆびを滑らせると、身体を開かせるようにその膝を掴んで軽く持ち上げた。 「や、よしゅ、あ」 「ここじゃなくてさ」 「ひ、ん……っ」 露になった下着の上からつい、と女性器の割れ目を撫でて、そのままお尻のほうへ辿る。 「あ、う……やだ、なにっ」 「こっちなら、いつもと一緒でしょ?」 「ん、んんぅ……!」 布越しにくるりと後孔のフチを撫でると、ネク君は怯えたように僕の服をぎゅっと掴んで引っ張った。 「う、えっ……あ、の……その……」 「いつもみたいに、男の子のネク君だって思って抱くから……」 「は、わ……あぅ……」 「それでも、ダメかな?」 くに、くに、と後孔を押すたびに、ぴくん、ぴくん、と跳ねる肩はいつものネク君のものよりも丸みを帯びている。 やはりそのことにどうしても違和感は拭えないのだけれど、このままいつまでもネク君を不安な気持ちでいさせたくはない。 「ん、んく……んぅ……っ」 「ね」 「んぅ、は、う……くにくにしちゃ、あぅ、やぁ」 「ダメ?」 びくびくと身体を震わせながら、僕の肩に額を押し付けてネク君は何度も首を振っていたけれど、念を押すようにもう一度問いかけると、はくはくと呼吸を乱しながらぽつりと呟いた。 「……だ、め……じゃ、ない……」 そう言ってネク君は瞳を潤ませると、恥ずかしそうにまた俯いてしまう。 「そう、よかった。もうこれ以上できないって思ったらすぐやめるから、ネク君もすぐに言ってね?」 「う、う……ん」 その言葉で僕も不安に思っているのだということが伝わったのか、逆にそのことでネク君は勇気を得たかのように、声は震えていたもののしっかりとうなずいてくれる。 なんとかネク君の了承を得られたことにほっとため息を吐きながら、陽だまりの光を集めたようなやわらかい髪の毛をゆっくりと撫でた。 →次へ |