※性描写を含みます。ご注意ください。




 朝目が覚めると、腕の中にネク君の姿がなかった。
 ゆっくりと身を起こしながら寝起きのぼうっとした頭で考えても、今日はまだネク君も休暇の途中のはずだ。昨日も一昨日も日がな一日一緒にいて、眠りにつくのも目が覚めたときも一緒だった。
 けれど、今日は彼の姿だけがない。
 どこかに出かけてくる、という話は聞いていないし、何か緊急の事態でも起きて出払っているのだろうか、と考えたら、段々心配になってきた。起こしてくれればよかったのに。ネク君も僕に気を使ったのか、気がつきもせずに今の今まで寝こけてしまった自分が腹立たしい。
 僕はこの部屋からはネク君の許可を得ずに勝手に出られない身だ。そう言われているわけではないけれど、ネク君の態度を見ていれば分かる。ほんの少し寝台から離れて、部屋の中を歩き回っただけで彼の機嫌を著しく損ねてしまうくらいなのだから。
 とはいえ、今日ばかりは心配でさすがにいてもたってもいられなくなってくる。時計を見てもまだ朝の早い時間だ。休暇の、こんな時間に出かけていくなんて緊急事態としか考えられない。彼の身に何かあったらだなんて、僕には想像することすら恐ろしい。今の彼は僕よりも強い力をその身に秘めてはいるけれど、身体は細く、頼りなくて、その精神も僕から見るとまだまだ子どもなのだ。
 しばらく悩んだ後、結局僕は寝台から降りることにした。普通の人間ならこれだけ動かない生活をしていたら歩けなくもなるのだろうけれど、とっくに人間などではない今の僕には関係のない話だ。
 簡単に身なりを整えて、靴を履こうとしたら見つけるのに少しばかり時間をとられた。探し回った結果、なぜかクローゼットの服の影に隠れて隅にちょこんと揃えて置かれていたのだけれど、そんなところに置いた記憶はない。
 そんなに長い間外に出ていなかったのかと苦笑しながら出入り口に向かい、扉に手をかける。
 一応この扉はコンポーザーしか開けられないことになっているのだけれど、僕は前コンポーザーだったのでもちろん開け方は知っている。本来なら、新しいコンポーザーが誕生するときには前コンポーザーが消滅する仕組みになっているから問題はないのだけれど、僕の場合は特異なケースだったのでちょっとしたミステイクといったところだろうか。
 そんなことを考えながら扉を開けた、のだが。
「あ」
「う、わ」
 なぜだか勢いよく扉が開いてしまって、それは二人分の力を込めたからだと、勢い余って僕の胸に飛び込んできたネク君を反射的に受け止めながら思い至った。
「よ、ヨシュア?」
「ネク君」
 僕よりも頭一つ分低い位置でネク君が驚いた顔をしている。素早く様子を観察してみたものの、その愛らしい表情も、細い身体も、いつも通りだ。怪我でどこかをかばっている様子もなく、無意識のうちにほっとため息が漏れてしまった。
「朝からどこに行ってたの? 心配したよ」
「どこ、って……ちょっとトラブルがあったって言うから、見に行ってきただけだけど……」
 僕を見上げるネク君の目の色が、みるみるうちに変わった。あからさまなその変化に、ああ、これは少ししくじったかもしれない、と思う。
「ヨシュア、こそ……どこ行こうとしてた?」
 これは、まずい。こうなってしまうと、ネク君はまず僕の話は聞いてくれない。
「ううん、ごめん。ちょっと寝ぼけてて」
「嘘だ。靴、ちゃんと隠しといたのに」
 ああ、だからすぐ見つかる場所になかったのかと、やけに納得してしまう。そんな場合ではないのは分かっていたのだが。
 ぱん、と渇いた音が自分の頬を打つのを、どこか遠くの出来事のように感じた。じん、と熱さと痛みが徐々に神経を伝っていく。ネク君の手が、跡がついてしまいそうなくらい強く僕の手首を掴む。それでもされるがままで動かずにいたのは、力の限り僕の頬を打った彼の小さな手が震えていることが分かってしまったからだ。

 ぎし、とネク君が動くたびにベッドのスプリングがきしむ音がする。同時にその音に被さるように、ぐちゅ、と粘膜の絡む音が生々しい。
 視界を塞がれて、ダイレクトに脳まで届く快感に思わず身を捩ろうとしても、恐らく僕の腰にまたがるように上に乗っているであろうネク君と、頭の上で耳障りな音を立てる金属に固定された腕ではどうにもならなかった。
 あの後すぐにベッドの上に突き飛ばされて、どこから引き寄せたのかわからない、いつの間にかネク君が手にしていた手錠をかけられ、ベッドヘッドにつながれた。かちかちかち、と容赦なく押し込まれた金属が手首に食い込んで痛い。思わず眉をしかめると、ネク君は無表情ながらもどこか満足そうな様子で僕のポケットからハンカチを取り出し、ぱたぱたと器用に畳んで目隠し代わりに僕の視界を覆ってしまった。
 何も見えなくなる前に、無表情なネク君の瞳の奥に見つけてしまった痛ましい色が今でも網膜に焼きついている気がする。
 奪われた視覚の代わりに、僕の耳は敏感によく周りの音を拾った。かちゃかちゃとネク君がベルトを外す音も、そのくちびると舌で僕の性器を舐める音も。
 ぺちゃぺちゃとわざとらしく立てられる淫猥な音に聴覚を犯され、ネク君の舌が敏感な皮膚を這いずり回る直接的な快感に半ば強制的に勃起させられると、そのまま慣らしたのか慣らさないのかもわからないほど狭い彼の粘膜に、無理矢理押し込まれたのがわかった。
「ね、くくん」
 被せられた布のせいで彼の表情を見ることも叶わずに、ただ腹の上に置かれた震える手の温度と、熱く僕自身を迎え入れる粘膜の感触しかわからない。
 始めは痛みしか感じないほどにぎちぎちだったそこも、今では性器から出る先走りのぬめりも手伝って少しほぐれ、ただ快楽だけを僕に与えようとしてくれている。恐らく意図的に、何度も身体を強張らせて締め付けをきつくする彼が果たして快楽を得られているのかどうかはわからないけれど。
「ふ、んく……よ、しゅあ」
 腰を揺らしながらも、先ほどからうわごとのように繰り返される言葉は、苦しそうにも、喘ぎ声のようにも聞こえる。
「ん……この、カラダが……だ、だれの、なのか……ちゃんと、わかってる……か……?」
 つう、と恐らく彼の指先が腹から胸までを撫で上げて、羽のように柔らかな感触がくすぐったい。けれど、いつもは幼い子どものような体温で温かい彼の手がひんやりとしているのが少し気になった。
「ネク、く」
「ヨシュアは、俺の、だから……」
 はぁはぁと荒い息の中で一生懸命喋っているらしい彼の声は、やはりどちらかというと苦しげに聞こえる。
「か、カラダだけ、じゃなくて……全部、俺のだからっ……」
「っ……」
「よしゅあ、ぜんぶ……俺だけの、だから……!」
 ぎゅう、と内部の屹立を引き絞るように食い締めながら、ずるずると腰を持ち上げて、そのまま強く落とす。彼の言葉も、涙まじりの声も、癇癪を起こして泣きじゃくる子どもそのものなのに、必死で僕を追い上げる動きは恐ろしく淫靡だった。何度もそれを繰り返されてはさすがにたまらずに、びく、びく、と粘膜に包まれた性器が限界をうったえて脈打っているのを感じる。
「は、はぁ……ぅ……しゅあ、の……なかで、ぁ、びくびく、してる……」
「ん、っ……」
「きもちい、んだ……も、いき、そう……? お、おれのなかで……出す、の?」
 嬉しそうな声を上げながらネク君は僕のお腹についた手に体重をかけると、そのまま鎖骨から胸の辺りをぺろぺろと舐め始めた。ぬるりと濡れた舌が這い回って、時折くちびるで強く吸い付いたり、噛みつく歯の感触と共に小さく痛みが走る。
「んく、んん……ねえ、だ、だして、よしゅあ……いっぱい、なかで、だして……!」
 濡れた感触が胸元から離れると、ネク君は粘膜を擦りつけるように思い切り僕を締め付けたまま腰を持ち上げ、抜けそうになるぎりぎりから一気に落とした。
「ぅ、く……!」
 熱く、きつく性器を包む内部の責め立てに耐えられず、溜め込んだ精液をそのまま彼の中に吐き出す。射精の余韻で思わず身体を強張らせると、動かした腕にぎり、と少しの隙間も余裕もなく閉じられた手錠が食い込んだ。
「あ、はぁ……あぅ、で、でてる……ほら、よしゅ、あ……いっぱい、でてる、ぅ……」
 ひく、ひく、と僕の上で痙攣するネク君の後孔と屹立との隙間から、入りきらなかったらしい精液がとろとろとこぼれて下肢を伝っていくぬるい感触がする。
「んっ……き、もち……よかった……? よしゅあ、目、隠れてるのに……すごい、顔……やらし……」
 はふはふと呼吸を乱しながら声を上げるネク君の方がきっとよっぽどいやらしい顔をしているのだろうとは思っても、今の僕にはそれを目にすることは叶わない。ぺたん、と力の抜けきった身体で座り込んでしまったらしい彼と腰が密着して、汗ばんだ肌の感触とさらさらと流れる髪の毛が胸元をくすぐる。彼の額が押し付けられている、のだろうか。
「ふ……ぅ、く……よしゅ、ずっと一緒って……言った、のに」
「……? ネク君?」
「い、いった……くせに……」
 先ほどまでの恍惚とした声色から打って変わって、ぽつりと落とされた呟きは頼りなく震えていた。ネク君の様子がわからずにしばらく黙り込んでいると、ぱた、ぱた、と何か温いものが胸元を濡らす。
「ネク君、泣いてる、の?」
「う、ぇ……く、うく……ど、どこも……行かなぃ、って、言った……」
 ぐすぐすと漏れる嗚咽と鼻をすする音に、確信した。咄嗟に手を伸ばそうとしたのだけれど、手首を拘束する冷たい金属が邪魔をする。
「どこ、も、行くな……他のだれも、見ちゃ、やだ……俺だけ、見てて……ヨシュア……」
 ひ、ひ、としゃくり上げる声のあまりの愛しさに、胸が苦しくなる。ネク君は何を言っているんだろう。僕をこんな気持ちにさせられるのは、目の前の彼以外にありえないというのに。
「ネク君、これ取って」
 僕の言葉に、ぴく、とネク君のゆびが動いた。そろそろと胸元の感触が離れていって、彼が顔を上げたのが分かる。
「取って?」
 がち、と頭上の金属を鳴らしながらもう一度口にした。ぴくりとも動かず、声も上げなくなってしまった彼に思わず苦笑する。どうしていいのかわからないとでもいった顔で呆然としている様子が、目には見えずとも頭の中で易々と描けた。
 ほんの少し力を込めただけでこんな手錠なんて簡単に壊すことができるけれど、彼自身の手で外してもらわなければ意味がない。
 しばらく口を閉ざして辛抱強く待っていたものの、いまだ迷っているらしい彼に追い打ちをかけるつもりでもう一度口を開く。
「ネク君が外してくれないなら手首ごと切り落とすけど、それでもいい?」
 彼の涙を拭うこともできない手なら、そんなものは僕にとって何の価値もないのだから。首をかしげながら囁くと、びく、とネク君が小さく身体を揺らした。そうしておずおずと僕の身体の上で手を彷徨わせてから、意を決したようにぎゅっとこぶしを握り締める。
 かち、かち、と何かが外れる音がしたかと思うと、僕の手をずっと拘束していた重たい金属ががしゃりとシーツの上に落ちた。未だ彼は僕と繋がったままだから、手が届かずに力を使ったのだろう。
 やれやれ、とようやく自由になった痛む手首をさすってから、ゆっくりと身体を起こした。バランスを崩したネク君の身体が後ろに倒れこまないように、回した腕でひんやりと冷えた背中を支える。両手が自由になっても、目隠しは外さなかった。これも、彼自身の手で取ってもらいたかったからだ。
 ネク君を膝に乗せるようなかたちのこの体勢になると、いつもならぎゅっとしがみつくように僕の首に回される細い腕の感触は、いつまでたってもやってこない。
 仕方なく手探りでネク君の顔を探すと、濡れた感触の柔らかな頬をそっと拭った。
「バ、カヨシュア……っそんな言い方、ずるい……」
 悪態をつきながらも、一瞬僕のゆびの感触に怯えるように逃げた頬を、今度はネク君のほうから僕の手に擦り付けてくる。
「ありがとう、外してくれて」
「う、ぅ……じょ、だんでも……そゆ、こと言うな……」
「さっきの、本当に冗談だと思う?」
 ふふ、と笑いながら額をぶつけると、ネク君の前髪が僕の鼻先をくすぐる。目の前にあるであろう、深い青色の濡れた瞳が見たかったのだけれど、今はまだもう少しの我慢だ。
「あ、あのままでいたら、おまえ、は……ホントに、やるだろ……っ」
 ぼろぼろと再びこぼれた涙が、頬を撫でるゆびごと濡らす。
「うん、やるよ。ネク君が望むなら」
「よ、しゅ」
「だから、ネク君が何も見るなっていうなら、僕の目なんて抉って捨てたっていいんだよ」
 続けて言った言葉に、ネク君が息を飲んで絶句したのがわかった。
「どこかに行くのが心配なら、足の腱を切ってくれても構わないし、腕も脚も邪魔なら取っちゃって構わない」
「ヨシュ、ア……」
「ネク君が欲しいなら、この身体のどこだって喜んで差し出すよ?」
 そう言って口元だけで微笑んで見せると、我慢できなかったようにネク君の両腕がぎゅっと僕の身体に巻きついた。
「ヨシュア……!」
 ぎゅうぎゅうとしがみつきながらも、その声はしゃくりあげる嗚咽で濡れている。
「ち、がう……っちが……おれ、そんなこと、して欲しいんじゃない……!」
「いいの? 僕の目、取っちゃわなくて」
「やだっ……ヨシュアの目、すき、だから……」
 僕の頭の後ろに回ったネク君の手が、目隠しの結び目をしゅるりと解く。覆うもののなくなった感触にゆっくりとまぶたを持ち上げると、予想と寸分違わぬこぼれそうな青を湛えた瞳が、僕のことをまっすぐに見つめていた。
「腕も、脚も、ついたままでいいの?」
 優しく、幼子をあやす声音で耳元に囁くと、揺れる頭を肩口に埋めながらネク君はこくこくと頷く。
「ヨシュア、ぜんぶ……好きだから……」
「そう……じゃあ聞いて?」
 再び視線が交わるように彼の腕を少し緩めさせると、泣き濡れていながらも無垢な青色が不思議そうに僕の顔を見下ろす。
「さっきは確かに部屋から出ようとしてたけど、どこかに行こうと思ったんじゃないよ」
「?」
「ネク君がどこに行ったのかと思って、探しに行こうとしてたんだよ」
 驚いたように見開かれた瞳が、しばらくするとぱちぱちと瞬きを繰り返して、その度にまぶたのふちに溜まっていた涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「ネク君の傍に行きたかったんだ」
 その涙を、痛くしてしまわないように優しく指の腹で拭う。
「え、う……」
「心配したって、言ったでしょ?」
「……」
 黙り込むネク君は、徐々に居心地が悪そうな、ばつの悪い表情になる。
「部屋を出て、そのままいなくなっちゃうとでも思った?」
 頬に口づけながら囁くと、困ったように、恥ずかしそうに、彼の眉尻は完全にヘの字に下がってしまった。目尻の下がったいわゆる垂れ目の彼がそうすると、何とも頼りなさそうな不安でたまらないと言った表情になる。
「そ、それなら……もっと早く、言ってくれれば」
「だってネク君、さっきみたいになっちゃったら僕の話なんて聞いてくれないじゃない」
 そう思って彼の感情の高ぶりが落ち着くまで様子を窺っていたのだけれど、効果は覿面だったらしい。せめてもの抵抗に、とでもいった体の彼の言葉をも封じ込めると、ネク君はもうその表情が見て取れないくらいにまでうつむいてしまった。頬を撫でながらその顔を覗き込むようにすると、逃げ場を失った青い瞳がゆらゆらと揺れる。
「ご、めん……ヨシュア」
「ふふ、いいよ。僕も紛らわしいことしちゃって、ごめんね」
 ちゅ、と濡れた目尻に口づけを落とすと、お返しのようにネク君も僕の目元にキスをくれた。



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