こんこん。
 起きていればぎりぎり聞こえて、寝ていたらたぶん気づかないだろう絶妙な加減のノック。
 ふと、ひやり、と夜風が入り込んでくる。
 寝る前のこの時間はいつも戸締りをしているが、今日は不法侵入者が来たらしい。
 いつもながら手品のように、音も立てずに開錠された窓が開いて、あいつが顔を見せる。
 夜風に無防備なカーテンの淡い黄緑がはたはたと揺れた。


 あの日以来こいつは週一程度、日付の変わる少し前に俺の部屋に来るようになった。
 こいつのことだからまた半年くらい会わないつもりなんじゃないかとあの時は思ったが、律儀に充電の切れたヘッドフォンを持ってはさほど日を空けずにここに来る。
 まあヘッドフォンの充電など2・3日フルで使えばすぐ切れるものだが、こいつがこんなにこまめに約束を守るとは思わなかった。
 充電なんて口実で、お互いに会うための約束だってことは思っていても俺からはとてもそんなこと明言できないし、本当はこいつがどういうつもりなのか分からない。
 俺には定期的に会える約束ができてうれしいと思うけど、こいつはどうなんだろう。
 何かと面倒くさい立場のこいつがくだらない理由をつけてまで俺に会いたいと思っているのか、それともただの気まぐれなんだろうか。
 分からないまま、それでも俺は結局いつもベッドの上で膝を抱えてそわそわと待ってしまう。
 まだ寒いので掛け布団を抱え込んで万全の態勢だ。
 何度かヨシュアの来る日を迎えて、どうやら休みの前日あたりを狙ってくるらしいことがわかってから、週末近くになると日付が変わるまで窓が開くのを待つクセがついてしまった。
 時折、こいつは向こうでの用事が忙しいのか来ない週がある。
 そのときは自分でも驚くくらい落胆して、こんなに相手をひたすら待つなんて忠犬ハチ公も顔負けだと思う。
 まあRGとUGという境界にさえぎられて、俺からは会うことができないから仕方ないのだけれど。
 そういえばハチ公の話をこいつにされたことがあったな。
 ハチ公は主人を待っていたのか、ただエサの焼き鳥が目当てだったのか。
 俺にとってはあいつ自身がエサみたいなものだから、どっちでもいいと思った。
 どちらにしろあいつにつられて、すっかり振り回されているのだ。
 もっと厄介なのは、この状況をそこまで嫌だと思っていない俺自身だ。重症だ、絶対。


 ちょうど先週はこいつが訪れることなく、待ちぼうけをくらったところだった。
 今週も現れないんじゃないかと思っていたから、心の中でものすごく安心してしまった自分が悔しい。
 今日は少し冷えるせいか、揺れるカーテンを押さえながらぴしゃりと窓が閉められる。
 律儀に靴を脱いで室内に入り込むと、いつもなら無駄口交じりの挨拶くらいはよこすくせに、今日はだいぶ様子が違った。
 すたすたとベッドに座り込んでいる俺の傍らまでくると、そのまま抱き締められた。
 抱き締められた、というより倒れ込まれてそのまま勢いでしがみつかれた、とでも言うべきだろうか。
 突然のことに驚いて対処しきれず、支えきれなかった重さのまま背中から枕に沈み込む。
「お、おいっ」
 ベッドの上で押し倒されたような格好になって、あまつさえぎゅうぎゅうとしがみついてくる手は離す気など毛頭ないといわんばかりで、焦った。
「ヨシュアっ」
「……」
「っ、おい」
「……ご、めん……ネク君」
 俺の腹の少し上くらいに顔をうずめたこいつの、くぐもった声がようやく届く。
 それにしても、全然こいつらしくない声音で、弱々しい。
「な、んだよ……具合悪いのか?」
「ん……ちがくて……」
「ちがくないだろ、具合悪いならこんなとこまで来てないで大人しくしてろよっ」
 こいつの弱ってるような姿なんて全然見慣れてなくて、どうしていいのか分からず乱暴な言い方になってしまった。
 フォローしようにも言葉が見つからず、おろおろするしかできない自分が情けない。
「じゃなくて……ひさしぶりに、こっちに同調したら……眠くて……」
 眠い?
 そういえばいつも体温の低いこいつの身体が、普段より温かい。
「あっちだと……あんまり睡眠の概念がない、から……」
 いつもすらすらとつむがれるこいつの言葉が、なんだか頼りない。
 まだ続けて何かしら説明を試みていたようだが、聞き取れないほどに弱弱しい。
「ごめん……」
 結局諦めたのか、そう一言残すとすぐに静かになってしまった。
 ふっと力の抜けた両腕と一定間隔の呼吸音に、本当に眠りについてしまったらしいことを確認する。
「……ん、だよ」
 本当にただ眠かっただけらしい。慌てて心配してバカみたいだ。
 なんとなく悔しかったので、く、と目の前にある色素の薄いやわらかな髪を引っ張ってみる。
 ゆるい曲線を描く髪は見た目どおりゆび通りが良くて、たまにさりげなく触っては堪能するのがひそかな楽しみなのだ。
 金のような銀のような不思議なその色合いはなんと言う名前なのか、今度調べてみようと思う。
 俺の部屋のカーテンはこの間また変わって、こいつの瞳を連想させるスミレ色ではなくなってしまったのだけれどなんとなくこいつの髪は光の加減でうっすら黄緑混じりにも見える。
 ああ、なんだ、今度はこいつの髪の色だったんだな、とか思ってしまって、もはや重症だ。相当重症だ。
 医者もお手上げだろうと思うのは、これであのカーテンを見るたびにこいつのことを思い出すだろうことが簡単に想像できるからだ。
 とりあえずこいつをこのまま腹の上に乗せていると身体が痛くなりそうだったので、ずるずるとベッドの上で寝やすい体勢を探す。
 ついでに腹にくっついたままのヨシュアも引っ張り込んで、掛け布団も被った。
 おっと、こいつが付けたままのヘッドフォンも邪魔だから取っておいてやろう。
 充電器は枕元に置いているので、めいっぱい腕を伸ばせば届いた。
 充電器にヘッドフォンを差し込んで、ほっと一息つく。
 動いている間に起きるかと思ったが、そんなそぶりは欠片も見せずに絶賛睡眠中のヨシュアの顔を眺めた。
 こいつの顔が恐ろしく整っていることなんて、とっくに分かりきっているのだから今更だが、やっぱり改めて近くで見ると未だにドキドキしてしまう。
 ふと睫毛の長さが確認できるほど近い今の距離に気づいてしまって、余計に心臓の音が早くなった。
 こっちに同調して、眠いとか言ってただろうか。
 どうやらRGにいる俺がUGに存在するこいつを視認・接触するためには低位同調とやらが必要らしいのだが、難しいことはよくわからない。
 でも今までこちらに来ていたこいつは普段どおりでしかなくて、こんなことは初めてだ。
 あっちには睡眠の概念がないってことは、こいつはいつも寝てないんだろうか。
 そういえば俺がゲームに参加してたときも、寝ている感覚はなくて気がついたら日付が変わったりしていた。
 まあ参加者の俺とUGが本籍みたいなコンポーザーのこいつじゃ、色々違うのかもしれないけど。
 どちらにしたって、相当疲れがたまりでもしないかぎり、人の部屋に上がりこんでろくな挨拶もしないうちに眠り込むなんてありえないじゃないか。
 先週は俺の部屋に現れなかったくらいだから、相当忙しかったのかもしれない。
「色々大変なんだな、えらいやつって」
 よくよく考えたらこいつの寝ているところなんて初めて見る気がする。
 物珍しさにしばらくまじまじと寝顔を眺めた。
 こいつは俺に寝首をかかれるとか考えないんだろうか。
 俺、一応恨んでも仕方ないくらいのことこいつにされたんだけど。
 考えないだろうな、うん。
 最後のゲームでわかった通り俺にはとてもそんなことできないし、俺の考えることなんてこいつにはきっとお見通しなのだ。
 なんとなく悔しいような、信頼されているようで嬉しいような。いや、やっぱり悔しいな。
 手持ち無沙汰に、ふわふわの髪を弄ったり白い頬をつついてみる。
 とはいえそれ以外とくにすることもなかったので、時間も時間だし俺も眠ってしまうことにする。
 なんとなく高めのこいつの体温にも安心して、目を閉じた。


「……何してるんだ」
「あれ、おはよう。随分早起きだね」
 髪を弄られるくすぐったい感触に、名残惜しく睡魔に別れを告げて目を開けると、案の定にやにやと笑いを浮かべたヨシュアの顔があった。
 早起きも何も、こんな風にべたべたと頭を触られていれば誰だって起きるだろう。
 とは思いつつ部屋のデジタル時計に目を向けると、3:00という数字が発光している。
 15:00じゃないってことは、朝の3時だ。本当に早起きだなおい。
「……お前、ちゃんと寝たのか?」
 こいつが来るのがいつも日付が変わる少し前だから、眠りについてから3時間しか経っていない。
 ろくに言葉も交わさないまま、それこそ泥のように眠ってしまったくせに十分な睡眠時間ではないことは確かだ。
 しかもこいつのほうが先に起きて人の頭で遊んでいたのだから、絶対3時間も寝てない。
「うん、おかげさまで。寝床と湯たんぽの提供ありがとう」
 湯たんぽって俺のことか。
 起きた途端いつもの飄々とした様子に、寝る前のぐったりした姿が嘘のようだ。
 本当にこいつの疲れがきっちり取れたのかどうか怪しいところだが、本人が言うのだから渋々にも、そうか、と納得してやるしかなかった。
「いきなり悪かったね。ちょっとここのところ色々と立て込んでてさ」
 何がどう忙しいのか具体的に知りたくもあったが、俺が聞いても分からない気がしたので問い詰めるのはやめた。
「いつもなら向こうでちゃんと休んでから来るんだけど、今回はちょっと余裕なくてね」
 休む余裕もないのに、わざわざ俺に会いに来たんだろうか。
 俺のことなんて一ヶ月やそこら平気で忘れてほっぽり出しそうなのに、そういえば約束してからそんなにこいつが間を空けたことなんてなかった。
 なんか、全然、こいつらしくない。
 なのに顔が火照る気がするのはなんでだろう。
「まあ何とかなるかなーと思ったんだけど、低位同調するとやっぱりこっちの波長に影響されるから。同調した途端、眠気がわーっと」
 わー、と言うところで俺の髪が引っ張られる。ええい、俺の髪までわーっとしなくていい。
「向こうは睡眠の概念がないとか言ってたな。いつも寝てないのか?」
 なんかそれって寂しくないか。
 寝る前のあの布団にくるまる暖かい感じとか、幸福感とか、損してないだろうか。
「うん、もちろん休息はとるけどね。こっちの人たちみたいに長時間取らなくていいし、眠る、っていうより自分で電源を落とす感じかな」
 ゲームで体験したような、気が付いたら日付が変わっていたあの感じだろうか。
 そう問えば、大体そんな感じ、と頷かれた。
 ということは、やっぱりそんなに気持ちよくはなさそうだ。
「ネク君たちの場合、あのときはまだRGの波長から抜けきれてなかったから大分長時間だったけど」
「ふーん……」
 聞きながらなんとなく寒くて、無意識にこいつの体温に身を寄せる。
 嫌がられるかと思ったがそんなこともなく、伸びた腕に抱き寄せられた。
 この暖かさとか、眠いときのふわふわした感じとか、こいつはやっぱり損してるなーとおもう。
「ネク君、眠い?」
「んー」
「いいよ、寝ちゃって。まだこんな時間だし。邪魔なら僕はお暇させてもらうけど」
 言うが早いか、さっさと離れようとする腕を慌てて引き留める。
 受け入れたと思えば突き放して、なんて気まぐれなやつなんだ。
「待、てよっ。寝るだけ寝といて帰る気か?」
「んー、それは本当に悪かったと思うけど……だって、ネク君が眠いなら僕邪魔でしょ?」
 呆れたやつだ。こっちは二週間待ちぼうけを食らったと言うのに。
「お前がいるのに寝たりしないし、邪魔だなんて誰も言ってないっ」
 誰が逃がすかと、ヨシュアの服を掴んで握り締める。
 驚いた表情を見せたと思えば、すぐにくすくすと笑われた。
「なんか、見かけによらず結構大胆だよねネク君て」
「何が」
「真夜中にベッドの中で二人きりなんて、おあつらえ向きだと思わないかい?」
 意味ありげな視線と、言葉の意図にはたと気付いて、かーっと首から上が熱くなる。
「べ、つにそういう意味じゃ……っ」
 自分でも分かるくらい狼狽えた声が出てしまって、ものすごく恥ずかしい。
 そういう意味じゃなかったけど、別にそういう意味でもいいんだけどっ。
 じゃなくて!
 わたわたと慌てる俺を見つめる視線は明らかに面白がっている。
 くそ、完全にからかわれてる。
「冗談だよ。ふふ、ネク君変な顔」
 こいつが俺にこう言うときは、絶対にろくな顔をしていない。
 こいつの視線にさらされていることに耐えられなくて、うつむいた。
 火照った顔が冷めるのを待つ。
 すると俺が一人で焦っている間に、また起き抜けと同じように髪を撫でられた。
「む……」
 うつむいたせいでつむじが見えているのかもしれない。
 それにしてもこいつも何かと俺の頭をいじるのが好きだな。まあ、俺も人のことは言えないんだけど。
 そりゃこいつの髪なら不思議な色合いもふわふわで柔らかそうなのも見てるだけで触りたくなるけれども、俺のは触ったって楽しいことなんてないだろうに。
 なんの変哲もないと思う、のだけれど。
「ネク君のこの色って地毛?」
「そう、だけど」
 特に深く考えずに答えると、予想外に驚かれた。
「へー、そうなんだ。美咲君の友達みたいに染めてるのかと思った」
「まあ、あれが地毛だったらそっちの方がびっくりだな……」
 物珍しげにくるくると毛先を弄られる。
 今のご時勢茶髪なんて珍しくも何ともないと思うが、確かに地毛となるとこの明るさは珍しいのかもしれない。
 俺も大抵は染めてると思われるし。
「お前のも……地毛?」
 自分ばかり弄られているのも落ち着かないので、ヨシュアの髪に手を伸ばす。
 相変わらず不思議な色合いだ。
 明かりのない暗い部屋の中で、今は白く光って少し浮き上がって見える。
「よくわかったね。ほとんどの人が染めてるのかって聞いてくるんだけど」
 あ、また驚いてる。なんだ、今日はびっくり顔の大セールか?
「別に……なんとなく、染めてたらこんな綺麗な色にならないだろうと思って」
 そもそもこいつは日本人じゃなさそうだし、そう言われたほうが驚く。義弥って名前も偽名なんだっけ。
 指どおりのいい柔らかな髪をいじくっていると、なんだか今度は黙り込まれてしまった。
 俺、なんか変なこと言ったか?
「ヨシュア?」
「……ネク君って、たまーにものすごく天然に口説き文句寄越すから、こっちが困るよ」
 なんだそれ。
 そんな風に言われても、それこそこっちが困るのだが。
 その台詞そのままそっくり返してやりたいところだ。口説き文句なんて、こいつの得意分野に見えるけど。
「まあ自覚ないのがいいところ……なのかな」
 何をぶつぶつ言ってるんだ。
 どう返したらいいのかもわからなくて、居心地が悪い。
 まあいいけど、と溜息が聞こえた。
「こんな色でも別に驚かれないところが、渋谷らしいけどね」
 話の矛先が俺から逸れてほっとする。
 まあ、この街じゃそうだろうな。染めてればもっと突拍子もない色のやつもいるし。
 ふと、こいつ自身は自分の髪の色を何と呼ぶのか、知っているだろうかと疑問が頭をもたげる。
 わざわざ調べなくても、こいつに聞いたらいいじゃないか。
「お前は、自分の髪の毛何色だと思う?」
「これ? んー、普通に銀髪とかじゃないのかな。白髪じゃないとは言い張っておきたいけど」
 自分の頭のことわざわざ考えたことないから分からないや、となんとも適当な返事だ。
 そんな単純な色ではないのだけれど、本人だと逆に分からないものなのだろうか。
「お前の髪、光の加減で色んな色に見える」
「へぇ、そうなの?」
「ああ、金とか銀とか。時々黄緑っぽい気もするな」
 あまりに関連なさそうな色ばかり上げてしまったせいか、それじゃ何色か分からないね、と笑われた。
 しょうがないだろ、本当にそうなんだから。
 でも俺の言葉で興味を持ったのか、へーとかふーんとか言いながら自分の髪を引っ張っている。
 なんだかその姿が妙に子供っぽく見えて、同い年なのに時折ひどく大人びて見えるこいつのそんな一面が妙に嬉しい。
 考えれば考えるほど俺はこいつのことをほとんど知らなくて、こいつの髪の色に付けられた名前すら分からない。
 こんな風に他愛ない話をするようになったのだって、こいつが部屋に訪れるようになってからだ。
 だからこの近い距離が嬉しくて、欲張るならばまだもう少し近づければいいとおもう。
 なんとも言葉に出来ない感情に胸が覆われて、衝動に任せてこいつの胸に額を摺り寄せた。
「どうしたの?」
 柔らかい声が落ちてくる。
 とても満たされたような苦しいようなきもちに、息がつまった。
 ふと、今日は何もしないのかと思う。
 いつも何となく流れでそんな雰囲気になって、行為に至ったりはするのだが。
 会える回数も時間も限られているのだから、そうなるのも当然といえば当然だ。
 けど、今日はそんなそぶりは全然見えない。
 さっきそれとなくそんな言葉は出てきたけど、冗談で流されてしまった。
 こいつは、こんな風にベッドの中で一緒にいて、くっついて、俺に何かしたいとか思わないんだろうか。
 悲しいことに柔らかくもなんともないこんな身体では、思わないと言われればそれまでだが。

 正直な話、俺は今すごくしたいのだけれど。

 伺うようにスミレ色の瞳を覗いてみても、こいつの感情は読めない。
「ヨシュア」
「なあに」
 近い距離に、直接響くように声が聞こえてぎゅ、と目を瞑る。
「今日は、その」
「うん」
「し、しないのか」
 ふ、と漏れる吐息を感じた。笑われたのだろうか。
「ネク君はしたいの?」
「そ、れは……」
 そうストレートに聞かれると、真正面には答えづらい。
「したいならしたいって、ちゃんと言わないと伝わらないよ」
 子供に言い聞かせるような口調に、なんだかもやもやとしたきもちになる。
 まあ、それもそうだけど。何も言わないままで相手が分かってくれないといじけるのは俺の悪いクセだ。
「し、したい」
「そう」
「……」
「ふふ」
「なんだよ」
 こっちはちゃんと言ったのに、なんだかはぐらかされている気がする。
 ずるいだろ、こんなの。
「ううん、ただ、案外ストレートだなと思って」
 なかなか返らない答えに、居心地の悪さに顔をうつむける。耳が熱い。
 こいつが言ってくれないと、俺の気持ちは宙に浮いたままでどうしていいかわからない。
「よ、ヨシュア……」
 すがるようにぎゅ、と服の裾を掴む。
「お、お前は」
「うん」
「お前はどうなんだよ」
「うん」
 ふふ、と空気を揺らす笑いが俺の気持ちも揺さぶる。
 もう、勘弁してくれ。
「いいよ、しよっか」
 言葉のあとに額に触れるくちびるを感じて、許しを与えられたようでほっと握り締めた手の力が抜ける。
 安堵に溜息が口をついた。
 頬にかかる髪を掻き上げるゆびの優しさに、泣きそうになる。
「んな、変な気の持たせ方すんな」
「心配した?」
「うるさい」
 くすくすと穏やかな笑いが鼓膜を揺らす。
 それだけで身体が震えそうになって、またぎゅっと手に力を入れた。
 宥めるようにぽんぽん、と背中を叩かれる。
「本当はネク君の寝顔が可愛くて、悪戯したくてうずうずしてたんだよ」
 嘘吐き、と思いながら、本当にそうならいいのにとぼんやり考えた。