※性描写を含みます。ご注意ください。




　帰り道、ヨシュアは珍しく黙り込んでいて、俺が話しかけたときくらいしか返事をくれなかった。いつもなら会話を途切れさせないようにヨシュアの方が話を続けてくれるから、口下手な俺にはそんな器用な真似はとてもできなくて、結局電車の中でも殆ど二人揃って黙っていた。ヨシュアが何を考えているのかわからなくて、とてもその端正な顔を見上げることができずに、きょろきょろと電車の中吊りや浴衣の乗客たちばかりを見てしまう。
　今日見ていたら、カップルや親子連れなどで男物の浴衣を着ている人が意外に多いことに気がついて、浴衣は女の子が着るものだと思っていた俺にはなんだか新鮮だった。せっかくのお祭りなのだから普段着ではなくて、次は浴衣を着てみるのもいいかなと思う。ヨシュアも日本人離れした顔立ちをしているけれど、なんとなく似合いそうな気がした。来年も、見に来るって言ってたし。
「ヨシュア、浴衣持ってる？」
「うん？　んー……どこかにしまってあったような気は、するけど」
　聞いておいてなんだが、その答えはなんとも意外だった。でも、もしなくても、俺の分と一緒に買いにいけばいいし。
「ホントか？」
「……どうして？」
「んん、ただ、来年は浴衣着てくるのもいいかな、と、思って」
「そう」
　なんだよ、そうって。ああほら、また会話が途切れてしまった。心ここにあらずといった様子のヨシュアが面白くなくて、子どもみたいな対抗心で結局俺も押し黙った。ヨシュアのばか。
　長いこと電車に揺られてようやく渋谷駅に到着したころには夜空の高い位置に煌々と月が輝いていて、随分と遅い時間になっていた。相変わらずヨシュアはあまり口を利かなかったけれど、駅から帰る道すがら人通りの少なくなったところでそっと手をつないでくれたので、なんだかんだ言いながらも俺の機嫌は簡単に直ってしまった。ヨシュアに単純なやつだと思われるのは嫌だけれど、直ってしまったものはしょうがないではないか。
　送るよ、と短く一言だけ告げてヨシュアは歩き出したけれど、この後はどうするのだろうか。もうそろそろ、いつもヨシュアが俺の部屋を訪ねてくる時間になるのだけれど、今日は早く来た分早く帰ったりするのだろうか。顔色を窺っても月明かりに照らされたキレイなくちびるは閉ざされていて、その瞳からも感情が読み取れない。でも駅から俺の家までは大した距離がなくて、家についてしまうまでの短い時間になんとか聞きださなければ。だってそうでなければヨシュアは何も言わずに帰ってしまうだろうし、俺はなるべくならヨシュアと一緒にいたいのだと、思っているのだから。
「おまえ、今日は、さ」
「うん？」
「お、俺の部屋、寄っていかないのか」
「えっ」
　しまった、もう少し柔らかい言い方をするつもりだったのに、これでは直球ストレートど真ん中ではないか。自分で言っておいてかーっと耳が熱くなるのが分かって、咄嗟にうつむいた。戸惑うようなヨシュアの声にも、どう反応していいのかわからない。
「寄っても、いいの？」
「う、だ、だって、今夏休みだし、それに俺、ダメだなんて言ったことない、だろ」
　その口ぶりだと、どうやらこの後に仕事が詰まっている、というようなことはないようで密かにほっとした。
「今日は色々あったから、疲れさせちゃったかな、って思ってた……んだけど」
　困惑した様子で、いつも淀みなく喋るヨシュアの口調も珍しくなんだか歯切れが悪い。先ほどまでの黙り込んでいた姿から一転したヨシュアの様子に、こちらの方が戸惑ってしまう。もしかして帰り道ずっと無愛想だったのは、今日の出来事を思い返してヨシュアなりにへこんでた、んだろうか。ヨシュアのソウルがどうとか、瘴気がどうとか言っていたけれど、別に全部が全部ヨシュアのせいではないというのに。
　ああもう、ヨシュアがそんなだから、俺のほうが得意でも何でもない言葉を募らないといけないんじゃないか。
「多分、まだ母さんたち起きてるから……先に窓から俺の部屋行ってろ」
「うん」
　そうこう言っているうちにいつの間にか俺の家の前に着いてしまっていた。俺の言葉に素直にうなずいたヨシュアは、早々にふわりとその身体を浮かせて屋根伝いに俺の部屋へ上がっていく。ヨシュアのことを玄関から迎え入れられないのはいつも心苦しいのだけれど、親の目があるうちは俺にはどうすることもできない。いつか遠くない未来に、それが叶う日がくるといいのに。
　居間でテレビを見ていた母親にただいま、と声をかけ、テーブルの上にリスのぬいぐるみを除いた土産のお好み焼きを置いてから急いで自分の部屋へ向かう。早めにお風呂入っちゃいなさいよ、と呟く母親はあくびを噛み殺していたから、もうそろそろ寝室に引き上げるのだろう。ごめんなさい母さん、恐らく今日は俺お風呂には入りません。
　ばたばたと階段を上がって部屋に戻ると、ヨシュアは行儀よく足をそろえて俺のベッドに腰掛けていた。首もとにかかっていたヘッドフォンは既に充電器に差し込まれている。
　その姿にほっと息をつきながら音を立てないようにドアを閉めて、がちゃ、と念のため鍵をかける。箱に入ったままのリスのぬいぐるみは、机の上の充電器の隣にヘッドフォンと並べて置いた。ヨシュアといるときに俺がどんなに声を上げてしまっても階下の母親たちにそれが聞こえてしまったことも、ヨシュアが訪ねてきているということがばれたこともなくて、不思議に思っていた。けれど日を重ねるごとに、恐らくヨシュアが階下に声が届いてしまわないように何か壁のようなものを作ってくれているのだろうことに気がついて、でも部屋の鍵が開きっ放しというのはあまりに無防備すぎるから、この鍵は俺の心の安全帯のようなものだ。
「親御さん、まだ起きてた？」
「ん、母さんはテレビ見てた。でもあくびしてたから、もう寝るんじゃないかな」
「そう」
　ドキドキと高鳴る胸を押さえながら、それでも何でもないような顔を一生懸命取り繕ってヨシュアの隣に腰掛けた。ぎ、とベッドが窮屈そうに鳴っても、ヨシュアは無垢な瞳でこちらを見つめているだけで何もしてこないから、俺からしてみればそんなのはたまらなくて、仕方なくそっと肩を寄せて、薄く開いたくちびるに恐る恐るキスをする。
「ふふ……なんか、さ」
「……なん、だよ」
「親御さんのいる一つ屋根の上でなんて、悪いことしてるみたい」
　そんなこと、今更。わざわざ聞き返して損した。
「悪いこと……しに来てるんだろ」
「まあ、そうなんだけど……ね？」
　細められたスミレ色が悪戯っぽく微笑んで、それからようやくヨシュアの手が俺の肩に触れてくれて、ゆっくりとシーツの上に押し倒された。こんなときの駆け引きなんて俺にはまだまだ上手くできるはずなんてないのに、リードしてくれるはずのヨシュアはただ見ているだけなのだから、ヨシュアはつくづく悪い大人だと思う。
　する、と肩を掴んでいたヨシュアの手が俺の胸元に滑って、シャツのボタンをゆっくりと外していく。その緩慢な動作から生まれる奇妙な時間がやけに恥ずかしくて、うろうろと視線が泳いだ。
「あれ」
　と、小さく落とされたヨシュアの呟きに、反射的に顔を上げる。ウサギのようなスミレ色はしばらく不思議そうに瞬いて、それから少しだけ嬉しそうに笑ったのがなんだか不自然だった。
「な、に」
「ううん、ネク君の、ココさ」
　言われてヨシュアの滑らかな指先が指し示したのは、俺の胸の、ちょうど心臓あたり。
「傷、もうほとんど消えちゃったね」
　言われた言葉が理解できなくて、うつむくような格好でぐるりと自分の胸を見渡す。ヨシュアのゆびが置かれた場所に、火傷のように残っていたはずの傷が、ない。ヨシュアの弾丸が俺の胸を貫いたという証拠の傷。ぐるりと隆起するように引き攣れていた皮膚はつるんと滑らかになってしまっていて、辛うじてアトと言えるものはわずかに残った皮膚の色の違いくらいで。徐々に眼球を通して脳に染み入ってくる情報を理解した瞬間、頭が真っ白になった。
　傷が、ない。
　ちょうど去年の今頃不自然に俺の身体に現れて、それでも今ではすっかり馴染んでしまった、あの傷アト。
「や、だぁっ」
　嘘だ。ちゃんと残ってたはずなのに。日を追うごとに少しずつ薄くなってはきていたけれど、それでも昨日までは、ちゃんとあったはずなのに。
「ネク君？」
「うそだ……ウソだ、嘘だっ」
「っ、ネク君！」
　やだ、そんなのやだ。やだ、やだ、やだ！
　がり、と嫌な音がして、気がつくと自分の指先がぬめる何かで赤く濡れていた。鋭い痛みが胸元に走ったけれど、でもそれを止めることは俺にはできなくて。
「やだ……消えるな、きえるなっ、きえるなっ」
　がり、がり、と爪が皮膚を突き破って肉をえぐる感触がして、ものすごく気持ち悪い。でも、だって、消えるなんて、あれはヨシュアの、ヨシュアが。
「ネク君！」
　ぱし、とヨシュアの華奢な手に両手を掴まれて、傷がつけられないようにシーツの上に押さえ込まれた。どうしてヨシュアが止めるのか分からなくて、闇雲に暴れる。だって、あれは、ヨシュアがつけた傷なのに。ヨシュアが、俺にくれたのに。
「は、ふ……う、く、うぅ……あうぅ……」
　なのに、ヨシュアの細い身体からは考えられないくらいの力で難なく押さえ込まれて、どうしていいのか分からずに、ただ勝手にこみ上げてくる涙がぽろぽろと頬を転がって行って、ひどく悲しい気持ちで泣きじゃくった。
「大丈夫だよ。大丈夫だから、ね」
　何が大丈夫なのかわかんない。だって、ヨシュアは何にもわかってない。あれは。
「って、だ……って」
「うん」
「ヨシュアが、最初にくれた、しるしだから」
　治ったらダメなのに。消えたら、ダメなのに。
「あれはホントの銃創じゃなくて、ネク君の心の傷だから」
「へ、う」
「ずっと心残りだった彼のことが解消されて、その反動で消えちゃったのかな。直接は関係なくても、ネク君の心に重く残ってたのは一緒だから」
　一人だけ冷静なヨシュアの声が遠くて、俺だけがこんなに心掻き乱されてるみたいで、こみ上げてくる涙が止まらなくなる。
「ふ、ぅ……ぇ、でも、でもっ」
「ああ、ほら……お願いだから、泣かないで」
「うぅ……や、だ……やら……」
　俺の腕を押さえつけたまま、ヨシュアは赤く汚れた俺の指先を口に含んで丁寧に拭ってから、ぺろ、とその舌で胸の引っ掻き傷を舐め始めた。労わるような優しい感触に、ヨシュアのキレイなくちびるで癒されたならそれこそ跡形もなく消えてしまいそうで、それが怖くて咄嗟に身をよじる。
「やだ……ヨシュア、おれ……やだっ……治んなくて、いい……ぁ、おれ、治んなくてい、から……！」
　それでもヨシュアに押さえられてる手は微動だにせず、代わりにヨシュアの舌が傷口をなぞるたびにじくじくと背筋が震えるような疼きが身体中を這い回った。
「ん、んく……んく、ぅ」
「ネク君、勃ってる」
「う、ゃあ……やだ、やあぁ……」
　恥ずかしい言葉を顔色一つ変えずに呟きながら、ヨシュアは掴んでいた俺の両手を片手でまとめて押さえ込むと、する、と俺の下肢に手を伸ばした。そんなことあるわけないと思ったのに、ヨシュアが触れたそこは確かに熱を持って既に硬く形を成していて、泣きたくなる。
「は、ぁ……ちが、こんな、の……」
「前もココ、きもちよさそうだったもんね」
「ちが、ちがぁ……っ」
「ホントに？」
　かり、と生乾きの傷口に柔らかく歯を立てられて、びくん、と身体がしなった。ヨシュアは俺を傷つけるつもりなんて毛頭なくて、それこそごくごく些細な刺激だったはずなのに、勝手に痙攣する身体は全然俺の言うことを聞いてくれない。
「さわ、ちゃ、やあぁ……！」
「ほらぁ、ここももう窮屈そう」
「や、あ、あっ……はぁ、はふ……はうぅ……」
　洋服に勃起を阻まれた屹立は既に痛いほどで、その上ヨシュアのゆびが布越しにそこをぐりぐりと悪戯するものだから、もはや嗚咽交じりの声が勝手に漏れてしまう。
「い、たぃ……しゅあ、も、やだぁ……っ」
　ぐすぐすと先ほどから涙が止まらないまま、掠れた喉で叫び声のような声を上げると、ようやくヨシュアは俺のベルトを外して下着をずり下ろし、屹立を解放してくれた。濡れた性器が外気に触れる感覚に、ふる、と腰が震える。
「腰揺らして……やらしいんだ」
「ふ、ぇ……ち、がぅ……」
「違わないよね？　ほら」
　つう、とヨシュアの冷たい指先が内腿を伝って後孔を丸く撫でると、そのままなんの遠慮もなく俺の体内に押し込まれた。咄嗟に上げようとした声すら上手く機能してくれない喉から発せられることはなくて、抵抗しようとしてもヨシュア自身に馴らされた身体はやすやすとその細い指を飲み込んでしまう。
「は、ぅ……あうぅ……」
　先ほどからヨシュアらしくない、わざと嬲るような口調で俺の羞恥と性感を煽りながら、性急に責め立ててくるのはどうしてなのかわからなかった。けれど、今はなんとなくわかった気がする。こうやって快楽で俺のことをぐずぐずにして、自傷行為なんてできないようにするためだ。現に、今や俺の両腕は完全に意思を無くしてしまっていて、ヨシュアに捕まえられていなくても思うとおりに動かすことはできないだろう。
「ね、ナカすごくやわらかくて、僕のゆび、ぎゅ、ぎゅ、ってしてくる」
「う、く……やだ、そ、なの……てな……」
「嘘だよね？　だって、ほら、さっきからずっとだよ？」
　必死に首を振って否定してもヨシュアが悪戯にゆびを動かすから、どうしたって内部は勝手にうごめいてしまって、物足りなさに焦れる身体の痙攣は止まらない。かちゃ、と聞きなれた金属音がして、閉じたがるまぶたを持ち上げてヨシュアを見ると、とっくに抵抗の色をなくした俺の腕を離して、その手でファスナーを下ろし自身の性器を取り出しているところだった。
「だって、これが欲しいんだもんね……？」
　華奢な白い手がゆっくりとまだ半勃ちの性器を擦り始めて、は、と形のいいくちびるからやわらかく息が漏れる。そんなヨシュアの痴態を見つめていることはひどく悪いことをしているように思えて、でも目を逸らすなんてできなかった。どくどくと早くなる鼓動が喉元までせり上がってくる錯覚を覚えて、それだけで疼く身体が切なくて、呼吸もうまくできなくなる。
「ふ、ゃ……！」
　そのままヨシュアが身を屈めると、片手で扱いたまま屹立の先端が俺の太腿に押し付けられて、反射的にびくりと身体が跳ねた。
「うぅ、や、あうぅ……」
「ふふ、腰動いてる。かわいい」
「いや、やぁっ」
　完全に勃起した性器から手を離すと、漏れ始めた先走りでぬめる先端を太腿から会陰に滑らせながら、ヨシュアはひくつく俺の後孔に屹立を押し当ててくる。それだけで勝手に熱くなる息が漏れてしまって、自分でもわかるくらい身体は限界だった。ヨシュアが欲しくて、いつもみたいにたくさんして欲しくて、ぎゅう、とゆびを咥えこんだままの内部がうごめく。
「ゆびじゃ、やなんだよね？　もう、我慢できないんだ……？」
「しゅ、あ……よしゅあ……っほし、ぃ……おねがっ……」
「あは、そうなんだ。じゃあ、ちゃんと言わないとね？」
　羞恥に耐えながらはしたない欲望を口にしたというのに、嬉しそうなヨシュアの声に、まだ何か言わなくてはいけないのだろうかと不安になりながら熱で蕩け始めたスミレ色を恐る恐る見上げた。
「僕がネク君につけた傷、全部キレイに治してくださいって」
　残酷な言葉に、見開いた目から勝手にぼろぼろと涙がこぼれていく。
「や、だぁ……っやら、しゅあぁ……」
「そう？　でもちゃんと言わないと、ネク君が欲しいのあげられないよ」
　内部を探っていたゆびが抜けそうになったかと思うとそのままぐにゅ、と後孔のふちを押し広げて、硬く勃起したヨシュアの性器が入り口をくすぐり、身体のどこかが壊れてしまったかのように何度も腰が跳ねる。
「いつもみたいに、上手におねだりしてごらん」
「い、ぁ……して、ゆるして、ぇ……」
　治したくないって言ったのに。消えちゃやだって、何度も、さっきから何度も言ってるのに。ヨシュアは艶然と微笑んで、そのいやらしいくちびるで唾液にまみれた俺の口元にしつこくキスを繰り返す。
「ん、く……んん、んぅ」
「ねえ、言って？」
　そんな風にされたら、俺がヨシュアを欲しがらずにいられるわけがないのに。いつだって、何度されたって、またヨシュアを求めてしまうのに。
「ふぅ……う、く……き、きれい、に」
「キレイに？」
　ヨシュアのくちびるから注がれる毒を飲み込んでしまったかのように、俺の口はいつのまにか俺自身の意思とは関係なしに勝手に動いていた。
「ふぇ……ぜんぶ、アトも、の、のこらないくらい、きれぇに、なおしてくらさいぃ……！」
　こんなこと言いたくないのに。こんなの、全然気持ちよくない。ヨシュアのバカ。気持ちよくなんか、なるはずないのに。
「うん、いい子だね」
「ふあ、っ……あぁぁ……！」
　頬にやわらかい口づけを受けながらずっと欲しかったものを押し込まれて、俺の欲しがる通りに何度も内部を擦られては、抵抗なんてできるはずない。
「ば、かぁ……バカ、よしゅあ……っ」
　俺のためだって言いながら、いつでも俺の気持ちなんか無視して、自分の都合のいいように動かして。ヨシュアなんか、ヨシュアなんか。
「ネク君、かわいい」
　大好きだ。



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