※性描写を含みます。ご注意ください。




　どれくらいの時間が経ったのかわからない。けれど、ヨシュアがずっと紡ぎ続けていた言葉を止めてしばらくすると、握っていた手に少しずつ温かさが戻ってくる。
　苦しそうなヨシュアに早く喋るのをやめて欲しいと思っていたのに、ヨシュアの声がやんだ途端、いつその呼吸が止まってしまうのではないかと気が気じゃなかった。あまりに心臓に悪くて、こちらの息が止まってしまいそうなくらいだ。ヨシュアは、きっとそんな俺を気遣ってずっと喋り続けていてくれたのだろう。こんなときなのに、やっぱり自分よりも俺のことを優先するヨシュアが悲しかった。
　それでもやわらかく握り返される手に、穏やかになった呼吸に、ずっと強張っていた身体からすこしずつ力が抜けていく。なんとか山場は越えたらしい。
　治している、というヨシュアの言葉はどうやら嘘ではなかったらしいことに、情けなくも今にも泣き出してしまいそうなくらい安心した。
「いちばんみっともないところ見られちゃったなぁ」
　治りかけがいちばんきついんだよね、とおどけた口調で言うヨシュアの声はまだ少し弱く感じる。青白かった顔色もよくなってはいるけれど、ヨシュアは痛いとか苦しいとかの弱音を俺に吐いたりしないから、まだ心の底からは安心できない。
「……いいから喋るなよ」
　それでも今の俺にできることなどあるのかわからなくて、ただヨシュアのやわらかな髪をそっと撫でる。やっとの思いで口にした言葉が未だ涙声なのは、もうわかりきったことだから諦めた。触ったことがないからわからないけれど、よく聞く絹糸のような手触りというのはまさしくこのことをいうのではないかと、ふわふわとゆびの間を通り抜ける淡い色の髪を見ながら思う。ああ、そういえばこんな風に触れるのは二ヶ月ぶりだった、と今更思い当たった。
「ネク君の手、あったかい」
　俺の言葉を聞いているのかいないのか、気持ちよさそうに目を細めて俺の手に頬を擦りつけるヨシュアに熱くなる頬をもてあましながら、その様子に少しばかり疑問を感じる。
　治りかけ、を越したということは、ヨシュアの言うところの治療は終わったのだろう。なのに、ヨシュアは俺の膝に頭を乗せたまま動かない。俺はむしろ構わないというか、普段なら俺のほうが甘やかされてばかりのところを、今の体勢だとなんだかヨシュアに甘えられているようでうれしい。けど、いつものこいつならすぐに俺に気を使って起き上がってしまいそうなのに。
　その理由に思い当たるのは、そんなに難しいことじゃなかった。
「ヨシュア、まだどっか痛いのか？」
　もしかして動かないんじゃなくて、動けないんだろうか。
　一瞬だけ、ヨシュアの瞳に動揺が走る。
「どうして？」
　返された言葉は何でもないようなそぶりだけれど、そのスミレ色が揺らいだのを俺は見逃さなかった。
「だって、動かないから」
「ああ……ごめん、重かった？」
　俺の返事を聞くまでもなくぎこちなく首を動かして離れようとするヨシュアを、慌てて引き止める。そういう意味じゃないってば！
「そうじゃなくて、ちがくて」
　なんて言えばいいのか。ヨシュアに感じる、違和感。何が足りないんだろう。ともすれば目を離した隙に消えてしまいそうなくらい希薄に感じる、今のヨシュアの存在感はどうしてだろう。
　足りないもの。何か、なにか。
「もしかして、ソウル、足りてないのか？」
　あまり確証はなかったから、自信なさげな声音になってしまったのだけれど。
　すこしだけ目を見張って驚いたようなヨシュアの表情に確信する。やっぱり、まだヨシュアは動けないのだ。ふ、とため息をついて、ヨシュアは困ったように笑った。
「ヒーリングは僕の管轄外なんだ」
　いつかどこかでも聞いた台詞だ、と頭の片隅で思う。
「慣れないことしたから、余計な分まで消費しちゃったんだよね。でも、時間が経てば消費した分のソウルも戻ってくるから。そしたら」
「そしたら？」
「ネク君のことも、帰してあげられるし」
「……」
「最低限、それまで我慢してもらえるとうれしいんだけど」
　違う。俺が聞きたいことは、そうじゃなくて。膝にかかるヨシュアの重みはうれしくて、我慢とか、そういうのじゃないから。
「俺が帰った後、おまえはどうするんだよ」
　ヨシュアの身体が調子を取り戻すまでにどれくらいかかるのか分からない。けれど、ヨシュアのことだからきっとそれこそ最低限回復したら、俺を元の世界に帰すためにそのソウルを使う気なのだろう。
　その後、また動けなくなるだろう自分をこいつは知っているのだ。誤魔化されてしまわないようにその目を睨みつけながら問い詰めると、観念したようにヨシュアが苦笑を漏らす。
「じっとしてれば、そのうち回復するし」
　またこの空間で、動けないまま一人で過ごすというのだろうか。こんな冷たい床に、何もない空間にヨシュアを置いていけって？　冗談じゃない。
「バカ言うなよ」
「だって、ここにネク君を呼んだのは僕のわがままだから」
「だから？」
「もう、十分だよ」
　その一言で、頭に血が上るのが分かった。
「ふざけるな！」
　空間を引き裂く勢いで怒鳴った俺の声に、驚いたヨシュアの目がウサギのように見開かれる。
「二ヶ月……二ヶ月待ったんだぞ、俺はっ！　おまえが会いに来ないから、寝不足は直らないし、一ヶ月って言ってたのに、全然会えないし」
「ネク君」
「やっと会えたと思ったら、ワケの分かんない場所で死にかけてるし、っ」
　こみ上げてくるものが押さえられなくて、勝手に目から涙がこぼれた。ちょうどいい、と思う。精々、俺のこの顔を見て罪悪感のひとつでも感じればいいんだ。
「なのにっ、なんでそんなこと言うんだよ」
「ネク君……」
「俺は、お前の傍にいたらダメなのか？」
　情けないけれど、自分の言った言葉に余計悲しくなって、涙が止まらない。
「ヨシュアは、俺になんて会いたくなかった……？」
　自分から問いかけた言葉なのに肯定されたらと思うと怖くて、耳を塞いでしまいたくなる。ぺた、と気がつけばヨシュアの指が俺の頬に伸ばされて、こぼれては伝う透明な水を拭っていた。
「そんなことないよ」
「ふ……」
「そうじゃなくて」
　迷っているのか、珍しく言葉を詰まらせるヨシュアが寂しかった。優しい声で、その指先で俺を傷つけるヨシュアの言葉なんて、聞きたくない。
　ヨシュアは俺に気持ちを伝えるまでに、頭の中で考えることが多すぎる。いつも俺には考える暇など与えてくれなくて、全部をさらけ出させるくせにそんなのずるいと思うのだ。
　会いたかったと、そうひとこと口にしてくれるだけで俺は安心できるのに。ヨシュアはそれを伝えていいのかどうか、いつも迷っている。それはコンポーザーという立場からだったり、本来まだ子どもである俺を庇護するオトナとしての葛藤だったりするのだろうけど、それが俺は嫌でたまらない。
　だから、俺はまだ子どもだから、そんなしがらみなど関係ないと言って存分に子どもらしく振舞ってやるのだ。
「……共有」
「え？」
「ソウルが足りないなら、俺から持ってけばいい」
「何言って」
「共有するのにいちばん手っ取り早い方法……前、ヨシュアが言ってた」
　たわいない夜伽話で記憶もおぼろげだったけれど、多分本当のことだろうと思う。
　そっと膝に乗っていたヨシュアの頭を下ろすと、俺の頬を撫でていた手首を捕まえて床に押さえつけた。
「ねく、く」
　驚いたように名前を呼ぼうとするヨシュアの声を遮るように覆いかぶさって、半開きのそれにくちびるを押しつける。
「んっ……」
　ふた月ぶりのヨシュアのやわらかいくちびるの感触に、我知らずため息が漏れてしまった。その感触をもっと味わいたくて、ゆるく息を漏らす温かな口腔に舌をもぐりこませる。
　渇いてかさついていたくちびるが、お互いの唾液で濡れていくのが好きだ。久しぶりの感触に、それだけで胸がいっぱいになる。なのに歯列をなぞって舌を絡めても、突然の俺の振る舞いについていけないのか反応してくれないヨシュアに泣きたくなって、名残惜しくくちびるを離した。
「は、ふゅ……」
　慣れないことをしたせいで、べたつくくちびるから漏れる息が苦しい。それでもなんとか呼吸を整えながら、思い切ってヨシュアの下肢に手を伸ばした。
「ちょ、ネク君っ」
　俺が何をしようとしてるのかさすがに気がついたようだ。珍しく焦ったらしい声音で押し留めるようにヨシュアに手首をつかまれたけれど、振り払った。そのままベルトを外して、ヨシュアのものを引きずり出す。
「っ……」
　まだ反応していないそれに顔を寄せると、ドキドキと心臓が破裂してしまいそうなくらいうるさい。けどここで尻込みしていたら話にならないから、無理矢理開けた口に迎え入れた。
　どうせヨシュアは動けないのだからと強気に咥えてはみたものの、こんなことをした回数は片手で足りるほどで、今更怖気づいた身体がびくつく。
　それでも歯を立てないように舌を動かせば、微かに息を漏らすヨシュアに勇気をもらって必死に舐め上げた。
「ん……んく」
　唾液を絡めるように口を動かすと、どうしてもぴちゃ、ぴちゃ、とはしたない音を立ててしまって、でも徐々に大きくなるものにそれ以上気が回らない。咥えきれずに苦しくなる息を、は、と吐き出すと、細い指が俺の前髪を掻き上げた。
「まったく」
　あきらめたようにため息を吐きながら、ヨシュアが優しく髪を撫でてくれる。
「困った子だね……？」
　本当に困ったような顔で言われた言葉に、思わずむっとした。それを言ったら、ヨシュアのほうが困ったオトナだと思うのに。
「ヨシュアが、わるい……っ」
　これじゃ俺ばっかりがしたいみたいで、ヨシュアは全然そんなつもりないってポーズばっかりで、お腹の中にむかむかが湧き上がる。
　でもそのむかむかが溜まると段々と悲しい気持ちになってきて、誤魔化すようにヨシュアのものに舌を絡めた。もう大きくなって俺の口では咥えきれないから、横から咥えるみたいにして舐め上げる。
「ふ……ぅ、く……」
「そう、思う？」
「だ、って……」
「うん」
「俺は、ヨシュアといたい、のに……」
　そっけないヨシュアが寂しくて、それとは裏腹に熱くなったヨシュアの屹立が愛しくて、泣きそうになりながら目の前のものに頬を擦りつけた。ぺた、と透明な粘液が頬を熱く濡らす感触にすら、勝手に息が荒くなる。
「ん……っん……」
　ヨシュアのものを咥えているうちに反応してしまった下肢がもどかしくて、勝手に腰が動いた。服の中でくちゅ、と音を立てるものに泣きたい気持ちになる。息が苦しくて、閉じられない口からぽた、ぽた、と唾液が零れてしまうのが恥ずかしくてたまらない。
「ごめんね？」
　落とされたヨシュアの声音が不思議で、そろそろと顔を上げた。困ったように微笑むスミレ色が俺の様子をうかがっている。
「おいで」
　そう言って頬を撫でるヨシュアの白いゆびに、そのたった一言に操られるように勝手に身体が動いた。ヨシュアの手に促されるままに身体を引き上げて、額に口づけを受ける。頬でねばつく粘液はヨシュアのゆびが優しく拭ってくれた。
「んっ……」
　そのまま滑る指先でズボンを脱がされて、ひやりとした感触が太腿から尻の肉を撫で上げる。
「あ、ぅ……よ、ヨシュア」
　急に応えてくれるようになったゆびに、身体がついていかなくて戸惑った。心の準備だって全然できてなんかない。ヨシュアに触れる覚悟はできていたけど、触れられる準備はしていなくて、太腿のきわをなぞるゆびに大げさに腰が跳ねてしまう。
「ゃ、ヨシュアっ……！」
「なあに？」
「あ、の……う、ぅー」
「ネク君のソウル、くれるんでしょ？」
　耳元で囁く声にそれ以上何も言えなくて、後孔にヨシュアのゆびが触れてもぎゅっと目をつむって耐えるしかなかった。ヨシュアの身体をまたいで立てた膝が、がくがくと情けなく震える。
　そんな俺の背中を反対の手で優しく撫でながら、くぷ、と冷たいゆびがナカに入り込んで、ゆっくりと粘膜を犯しはじめた。長いゆびが内部を探る感触は久しく忘れていたもので、圧迫感と違和感にどうしていいかわからない。
「は……ぅ、あう……や、っぁ」
　戸惑う俺に、それでもヨシュアはちゃんと俺の気持ちいいところを知っていて、ナカでゆびが動くたびに快感で息が苦しくなった。その快感はすでに恥ずかしいほどに屹立した俺のものにも直に伝わって、びくびくと腰が跳ねるたびに先走りがこぼれる音がする。
「ん、ぅ……んん……！」
　続けて内部を探るゆびを増やされて、引けそうになった腰を掴まれた。ばらばらな動きで容赦なく抉られて、逃げ場のない快感にどうすることもできず、ヨシュアの胸に額を擦りつけるしか術がない。
「は、んむ……うぅ……」
　気がつけばヨシュアの匂いに誘われるままに、白い首筋を食むようにくちびるを這わせていた。やわらかく噛みついただけで赤くなる皮膚に、ちゅ、ちゅ、と音を立てて口づける。
「ん、んっ……」
「痛くない？」
「ぅ、や……だ……っよしゅ、あ」
「いや？」
「も……ゆび、やめっ」
　ぎゅう、と内部がきつくゆびを食い締めるのが自分でもわかってしまった。ひくつく入り口をヨシュアのゆびが出入りするたびに、もどかしく腰が揺れてしまう。嘆願する声はもはや涙声になってしまっているのに、ヨシュアは悪戯にゆびを動かすのをやめてくれない
「やぁ、あ……よしゅ、あ……ゃだぁ……！」
「もう我慢できないんだ……？」
　優しく笑う声音にこくこくと必死に頷くと、ようやくヨシュアはゆびを抜いてくれた。ずる、と引き摺られた粘膜が絡みつく感触に、自分の身体のあさましさが恐ろしい。
　それでも当初の目的を果たすべく、震える腕をヨシュアのお腹について上体を起こした。
「ごめんね、まだあんまり動けないから」
　申し訳なさそうに頬を撫でるヨシュアのてのひらに、ちゅ、とくちびるをおしつける。
「ん……ヨシュア、は……動かなくてい、よ」
「大丈夫かい？」
「お、れが……するから……」
　肉体的に深く繋がることでソウルのやり取りができるのだと、いつだったか寝ぼけ半分の俺にヨシュアが話してくれた。でもヨシュアはいつも疲れているくせに、セックスはしても俺の身体を利用するようなことは一度もなかったから、多分実践するのはこれが初めてだ。
「ふ……ぅ」
　恐る恐る後孔にゆびを添わせて押し広げると、慣れない感覚に身体がびくつく。その上ヨシュアのものを押し当てただけで跳ねる腰を叱咤しながら、受け入れやすいように必死に震える膝を立たせた。
「あ、うぁ……あぁ……！」
　ゆっくりと腰を下ろしていくと、久しぶりなせいかどうしても腰が逃げてしまう。それでもヨシュアのものを受け入れたくて、力まないように気をつけながら思い切って腰を落とした。
「っ……！」
　ずるりと屹立が粘膜を掻きわけて奥まで入り込む。硬い屹立が擦れる感触に、びくん、びくん、と内部が暴れた。
「は……ふ、ぁ……あっ」
「久しぶりだから……辛くない？」
「ん、っへ、へーき……」
「ほんとに？」
　心配そうに見上げてくるスミレ色は言葉とは裏腹に熱を孕んでいて、それだけのことがうれしくて、思わずまたヨシュアのものを締めつけてしまいそうになる。
「だいじょ、ぶ……だからっ」
　ヨシュアのお腹についた手を置きなおして、ゆっくりと腰を浮かせた。震える脚でそのまま落として、浮かせて、を繰り返すと、ぐちゅぐちゅと水音を立ててしまうのが恥ずかしい。
　けど、ずっと欲しくてたまらなかったものを与えられたのに我慢なんてできるわけがなくて、気がつけば夢中で腰を揺らしていた。
「は、あぅ……よしゅ、ヨシュアっ……！」
「うん？」
「ぃ、いたく、ない？」
「痛くないよ」
「ふ、ぅ……じゃ、じゃあ……きもち、いい……？」
　俺の身体はもう快感で呂律もろくに回らないほどぐずぐずになっていたのだけれど、動くたびに眉根を寄せて堪えるように息を吐くヨシュアが心配になって、問いかけずにいられなかった。
「ふふ」
「ヨ、シュア……？」
　なかなか返らない答えに、徐々に大きくなる不安が胸を苦しくさせる。すると、俺はよほど泣きそうな顔をしていたのか、ヨシュアはそっと伸ばした手で優しく髪をなでてくれた。
「ん……気持ちよすぎて、困るなって。思ってたんだよ」
「う、あ」
　自分から聞いたとはいえまさかそんな答えが返ってくると思わなくて、恥ずかしさに思わず目を逸らしてしまった。熱でとろけたスミレ色の光はあまりに卑猥で、今の俺には刺激が強すぎる。
　ちゃんとこれでヨシュアにソウルをあげられてるんだろうか、と心配になったけれど、身体の中からずるずると何か大事なものが溶け出していくような感覚は錯覚ではない、と思う。
　そんな俺を翻弄するように、ヨシュアの指が頬を伝って耳たぶに触れた。産毛を撫でるようにゆっくりと外耳をたどられて、びくん、と身体が跳ねる。
「よしゅ、ぅ、や」
「なあに？」
　明らかに震えた身体をヨシュアは分かっていないはずがないのに、そ知らぬふりをする声音は意地悪だ。俺が耳弱いの、知ってるくせに。
「み、み……やだ……！」
「やだ？　好き、の間違いでしょ」
「や、あ……ぁっ」
　そのまま何度も何度も薄い皮膚をくすぐられて、敏感な耳の裏側を撫でられた途端、がく、と膝から力が抜けてしまった。
「あっ……ぁ……っ」
　俺の体重に任せて入り込む屹立が奥を突いて、あまりの衝撃に呼吸もままならない。
は、は、と荒い息が唾液と共にこぼれた。それでもそのまま息を整えようとじっとしていると、物足りない粘膜がひくついて内部のものを食い締める。
「っ、ぅ……？」
　その感触が我慢できなくて、再び腰を揺らそうとしたのに脚に力が入らない。
「どうしたの？」
「え、ぅ……は、んく……」
　もどかしさにヨシュアのお腹についた腕で必死に動こうとしたけれど、どうしても力の入らない脚では満足に動くことは叶わなかった。
「ぅ、や……あし、ちから……はいんないっ……」
　ヨシュアのものを締めつける粘膜の疼きは止められないのに、動かない身体にもどかしさで気がふれてしまいそうになる。
　ぐりゅ、とほんの僅かにだけ内部が擦れる感触に、焦れた身体が苦しくてたまらない。
「よしゅあ……ぉねが、うごいてぇ……！」
　もうどうしていいのかわからなくて、涙声で懇願した、のに。
「あれ？　さっきは動かなくていいって言われた気がしたけど」
　くすくすとからかう声に、嗚咽で喉が引き攣れる。ヨシュアは意地悪だ。先ほどからずるずると俺の身体から力が抜けていくのは、ヨシュアがそれをもっていっているからなのに。
　待ちきれない身体が限界をうったえて、またぎゅう、とヨシュアの熱を締めつけた。
「ひ、ぃぅ……ごめ、らさ……おねがい、よしゅあ……！」
「ふふ……別に謝らなくてもいいんだけどね？」
　優しく囁かれると同時に、ヨシュアの手に腰を掴まれる。そのまま強く突き上げられて、衝撃にがく、と身体が不自然に揺れた。
「ふ、あぁ……っ！」
　何度も奥を突かれて、自分で動くのとは比べ物にならない快感にあっという間に上り詰める。
「よしゅ、あ……やだっ……も、でちゃ……っ」
「うん……」
「……しゅ、あ……よしゅあぁ……！」
「いいよ……一緒にね？」
　言葉と共にぐりゅ、と接合部から卑猥な音がして、腰と腰が密着するくらいに深く屹立を押し込まれた。
最奥を突かれた瞬間に、びゅく、びゅく、と俺のものから吐き出された精液が白くヨシュアの腹を汚す。それから少し遅れて、ヨシュアの迸りが俺のお腹の中を濡らした。
「ん……んっ……」
　重力にしたがって咥えこんだ屹立の隙間からとろりと粘液が流れていく感触に、背筋が震える。
　はぁはぁと上がった息を整えていると、ヨシュアがゆっくり身を起こした。まだ繋がったままの接合部から伝わる振動に震える身体を、背中に回ったヨシュアの腕に支えられる。
「ヨシュ、ア……」
「ん……？」
「元気になった……？」
「うん、ありがと」
　微笑みと共に寄せられたくちびるがキスをくれて、その優しい感触に縋るようにヨシュアの首にぎゅっとしがみついた。
「もう、どこも痛くないか？」
「大丈夫だよ」
「そ、か……」
　しつこく確認する俺の頬を、何度もヨシュアの手が撫でてくれる。冷たかったヨシュアのゆびが、今はちゃんと温かい。
「よか、った」
「ネク君」
「よかった……」
　それだけのことにまた涙がこみ上げてきて、泣き出してしまった俺を、やっぱりヨシュアはぎゅっと抱き締めてくれていた。


「今日は、一緒にいてもらってもいい？」
　それからヨシュアが口にした言葉はすごく意外で、でも俺にはうれしいだけのもので、拒む理由なんか世界中のどこを探したって見つかりやしないと思う。
「ごめんね、なんか……離れがたくて」
　でも続けて言われた謝罪の言葉は俺を少しだけ寂しくさせたから、謝る必要なんてないって言う代わりに一生懸命伸び上がってキスをした。
　ＵＧに留まることはどうやら俺の身体にあまりよくないらしい。以前も、それで散々渋られたことがある。けれどどうしたって俺はヨシュアの傍にいたいのだから、謝る必要なんてこれっぽっちもないのだ。
　ここにもまだあるはずだから、とヨシュアは俺の身体を抱き上げると、真っ暗な中を淀みない足取りで歩き出した。何があるんだろう。
　しばらくヨシュアの歩調に合わせて伝わる振動に身体を任せていると、かちゃ、とドアの開く音がする。
　どこかの部屋？　だろうか。
　足を踏み入れると、やっぱり薄暗いながらもぼんやりと部屋の全容を把握することができた。数えるほどしか入ったことがないけれど、見間違えることもないと思う。ほんの気持ち程度に並べられた家具と、大きなベッド。ヨシュアの寝室だ。
　とすると、さっきの場所は審判の部屋だったのだろうか。でもいつもはもっと明るいし、あんなに埃っぽくない。この部屋もたしかにヨシュアの寝室に似てはいるけれど、ところどころ崩れているのが気になる。
「ヨシュア、ここ」
　ここはどこか、と問おうとして、やめた。視線を上げた先で見てしまった、どことなく寂しそうな微笑と、何も語らないヨシュアにそれ以上問うてはいけない気がしたのだ。
「今日は、ネク君と二人でいたいから」
　ぽつりと落とされた言葉に、もしかしてこのせかいには本当に俺とヨシュアのふたりだけなのかな、と何となく思った。
　そっとヨシュアの腕からベッドの上に下ろされると、すでに熱の引いてしまった身体が寒さに震える。温かな腕が離れるのを嫌がるようにしがみつくと、ヨシュアは苦笑しながら俺の身体を毛布でくるんで抱き締めてくれた。寝転がったベッドはやわらかいけれど少し埃っぽくて、ヨシュアの匂いがしない。
「ゲーム、どうだった？」
　ふわりと額に口づけをくれるヨシュアは黙ったままだったから、その穏やかな声を聞きたくて、たわいない質問が口をついた。普段なら絶対にこんなこと聞いたりしないのだけれど、俺とヨシュアしかいないこの空間ならそれを口にしても大丈夫な気がしたから。
「ヨシュアも、戦った？」
「うん」
「誰かを……消滅させた？」
「……うん」
　仕留めた、とヨシュアは口にしていた。うなずくスミレ色の瞳はまっすぐで、揺らぐことはない。
「消したよ、この手で」
　ヨシュアの白い指先が、ゆっくりと俺の頬をくすぐる。
「そう、か」
「なかなかてこずらせてくれたけどね」
　冗談まじりに微笑むヨシュアの表情は、どうしてか泣きそうなようにも見えた。
　誰かの存在を消すこと、それはヨシュアにとって必要なことで、住む世界のちがう俺に言えることなんか何もない。
　それでも、そんな風に言いながらヨシュアの手は優しいから。俺に触れようとするときに、いつも少しだけ躊躇うことを知っているから。
　躊躇うヨシュアの優しさが寂しくて、そんなの必要ないんだって伝えたくてぎゅっと手を握った。いつでも俺の胸を苦しくさせて、その感触に泣きたくなるのは嘘じゃないんだって、どうしたらヨシュアに伝えられるだろう。
「そっか……」
　俺をこんな風にできるのは、ヨシュアだけなのだ。
　ヨシュアの身体が冷たくなって、うずくまる床で動かなくなっただけで簡単に俺の心臓は止まってしまうから。
　だから。
「ネク君」
「うん」
「ネク君」
　ヨシュアが、俺の名前を呼んでくれるなら。そのためだけに、その喉を震わせてくれるなら。
「ヨシュア、すきだ」
　きっとどんなに罪深くとも、どうあがいたとしても、俺はヨシュアの無事だけを祈ってしまうだろうから。



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