※性描写を含みます。ご注意ください。 その日は何でもないいつもどおりの時間が過ぎて、でもネク君に変化が訪れたのは無慈悲なほどに唐突だった。 「ヨシュア、今日誰か来てる?」 玉座に腰掛けた僕の膝の上で、さらさらと流れる髪を梳く手を大人しく受け入れていたネク君が、急にそわそわと動き出したのを見て首をかしげる。 「うん? どうして? 誰もいないよ」 おかしなことを言うものだ、と傾けた首の角度がますます斜めになった。僕ら以外でよくこの部屋に訪ねてくるのと言ったら指揮者であるミツキ君くらいだけれど、その彼女も既に定時で退出している。 「人の声が、する……」 不安げに揺れるネク君の青い瞳は、何よりも雄弁に彼の心の内を物語っていた。けれど、ふと口を噤んで耳を澄ませてみたものの、自分と彼の呼吸音以外には何も聞こえない。 「……? 何も聞こえないけど」 「最初は男の人の声だけだったんだけど、今は女の人と、また別の男の人と……ううん、どんどん増えてて、みんな、独り言みたいで」 ぽつぽつと、それでも冷静に説明をしてくれていたネク君の表情がみるみるうちに青ざめて、その変わりように思わず息を飲む。 「なんだよ、これ、すごい、いっぱい聞こえ、る……よしゅ、ヨシュアっ」 「ネク君?」 「声が、色んな人の声が……っこわ、こわい、何これ、ヨシュアっ……!」 突然取り乱して声を荒げるネク君を諫めるように、咄嗟にその身体を引き寄せて抱き締めてはみたものの、腕の中で何度も何度も首を振りながらカタカタと震える小さな身体をどうしてやればいいのかわからない。 「ネク君、落ち着いて」 「ヨシュア、やだ、いやだぁっ! 助けて、よしゅあ、やあぁ……!」 「ネク君……」 「うぅ……や、ぁ……頭が、割れ、る……ぅ」 そんな風に言われたら僕だって助けてあげたいのはやまやまだけれど、内心何が起きたのか分からずに呆然とするばかりだった。それでもネク君がこんな状態ならば尚更僕が冷静でいなければと思い、断片的に零されるネク君の言葉を拾って噛み砕いて、それにプラスして彼の豹変した姿を考慮すると、一つの可能性に辿り着いた。 むしろその可能性は今までにも十分すぎるほどあったはずなのに、なぜ気がつかなかったのか。 「ネク君、もしかして……スキャン、できるようになったの?」 彼は今までに数え切れないほど僕のソウルを受けて、共有している。だからこそ死神が行使できる程度のサイキックも自在に操れるようになったというのに、僕の他の能力の一部が移らないなどと、どうして今まで過信できたのだろう。 スキャンと言っても、ゲーム中参加者の子達が操るようなものとはわけが違う。あれは僕の能力をバッジを解して与えているだけの、限定的な力だからだ。本来僕の持つスキャン能力は人間の心の声を聞こうと思って聞くものではなく、日常的に聞こえているものであり、その人間の心の声を遮断する壁を操作することにある。 元々存在しない遮断するもの(強いて言うならば心の壁のようなものだろうか)を作れるということは、逆に既に存在するその壁を開くこともできるということだ。ゲームの参加者たちにはそちらの能力を分け与えている。 本来心の声というものは常に世界中に溢れているものであり、人の子たちはそれを遮る壁を自分の周りに張っているだけにすぎない。イヤホンマイクに例えると分かりやすいだろうか。普段、普通の人間のマイク端子は刺さっていて声は世界に届けられているものの、イヤホン端子は刺さっていないので自分に周りのそれが聞こえることはない。 そのイヤホン端子が僕のプラグは生まれたときから世界中のジャックに刺さっていて、それを聞くことも、遮断することもできる能力を同時に持って生まれた。だから常に流れている膨大な量の人間の心の声を聞くことも、音量を絞ることも、完全にシャットアウトすることも出来る。参加者の子達にはこのプラグをRGの個人のジャックに刺す能力だけを与えている。 ちなみにRGとUGではジャックの形状が異なるので、参加者同士のスキャンができないのはこのためだ。コンポーザー、天使と上がるとそのプラグ自体の形を変化させることが出来るようになる。 けれど今のネク君には、どうやらそのイヤホン端子をただ刺すだけの能力が備わってしまったらしい。周りの声を遮断していた壁がなくなってしまったということだ。彼にはそんな壁なんて元々生まれてから死ぬまで消えることのないもので、あって当然のものだったのだから、操作の仕方などわからないだろう。 今の彼には少なくともこのエリア、渋谷中の人たちの心の声が聞こえているはずだ。元天使の僕にはどうということもない現象だけれど、元人間の彼に耐えられるものではない。 「ス……キャン……? これ、俺が、スキャンしてる、のか……?」 「うん、たぶん僕のソウルの影響だと思う、けど」 「な、に……? ごめ、ん、よく……聞こえな……っ」 大量の人間の感情に僕の肉声など押し流されてしまうのだろう、苦しそうにふるふると首を振ってみせるネク君に、やはりこうするしかないかと覚悟を決める。 「ネク君、今から僕の中身を解放するよ」 「よ、しゅ……?」 「だから、僕の声だけ聞いてて」 普段僕の心のイヤホンジャックは誰にも接続されないように塞がれているけれど、それを今ネク君のために開くことにした。彼のプラグを一本借りて僕の形に合うように調整してから、そうっと差し込む。 少なくともこのエリアでは僕以上にソウルの覚醒が進んでいるものはいない。羽狛さんは微妙なところだけど、端子の形の関係でひとまず今のネク君に聞こえているということはないだろう。 複数の心の声が流れたときに音量を決めるのはソウルの覚醒如何に依存するから、多少は僕の声で弱い雑音なら掻き消されて、苦痛も緩和されるはずだ。 他人に心を解放するのなんて生まれて初めてのことだから、果たして僕の心の声がネク君にどう聞こえるかはわからないのだけれど。 「ネク君、どう?」 「あ……れ……ヨシュアの、声、聞こえるようになった……」 「大丈夫? うるさくない?」 「ヨシュアの、こえ……安心する……名前、呼んでくれて」 「うん」 「よしゅあ、もっと」 僕の心はそんなにネク君のことを呼んでいたのかということに驚きながらも、彼の要望どおりに愛しい名前を何度も何度も、強く念じる。僕以外の声なんて、彼の頭の中から消えてなくなってしまえばいいと思いながら。 「ネク君」 「……ん……」 「ネク君」 「うん……」 ひとまず、目論見どおりになんとかネク君は落ち着いた様子でほっと息をついたけれど、これはあくまで一時しのぎにしかならない。今は僕の力で無理矢理ネク君と僕の端子を繋げている状態に近く(本来力の弱いものが強いものの心の声を聞くことはありえない)いずれはまた自然な形に戻ろう戻ろうとソウルが作用する関係で元通りになってしまうからだ。 僕自身、自分のスキャン能力を制御するのに正直いっぱいいっぱいなところもあり、いつでもどこでもネク君の分まで調整してあげるということは難しい。何せエリア中の(場合によってはエリア外のものも)あらゆる声が聞こえてしまうものだから、なかなかにやっかいな能力なのだ。 だから、不本意にもネク君に備わってしまった能力を、彼自身の手で制御することを覚えてもらわなければ。 「ネク君、これから僕がいうことよく聞いて?」 「う、ん……?」 「その力の使い方教えてあげるから。ゆっくりでいいから、覚えて欲しいな」 人は常に心の声に対して耳を塞いで生きている。生まれてから死ぬまで、その耳栓が外れることはない。とはいえ人の口に戸は立てられないので、その声はいつだってどこにでも響き渡っている。ネク君はその耳栓が少し外れてしまっただけなのだ。 自分を守るその壁を、自分で作れるようになってもらわなければ。 「ネク君、目を閉じて、イメージして。今ネク君がうるさい、不快だって思うその音を遮断できる薄い壁を自分の周りに作って」 「う、うん」 僕の言葉で素直に瞑目したネク君は、言われたとおりに一生懸命それを想像しているようだけれど、どうにも戸惑いの方が大きいらしい。 「ちょっと抽象的で分かりづらいかな? うーん……そうだ、前ネク君がよくしてたヘッドフォン。あれを思い出して欲しいな。あれで君は人の声を遮断していたよね? それと同じことをすればいいんだよ」 一度は彼が世界の声に耳を傾けられるよう導いた自分が、再び彼に耳を塞げと教えているのはなんだか奇妙な構図だなとふと思った。 けれど、片時も外すことのなかったヘッドフォンの感触は彼にとってわかりやすかったのか、見る間にソウルが渦を巻いてイマジネーションを練り上げるのが僕には見える。 「どう? イメージを固着できたかな?」 「た、たぶん」 「じゃあそろそろ僕の心との接続を解除するよ。そのヘッドフォンの感触、いつでも忘れないようにね」 これから先僕といる彼には、必要不可欠なものになるから。 僕の心の声はよほど心地よかったのか、解除する、と言葉にした途端どこか残念そうな顔をする彼に思わず笑いが漏れる。僕はいつだって彼に対して心を砕かずにいられないのだから、そんな顔をする必要はどこにもないというのに。そんなことを思いながらゆっくりとネク君の心のプラグを引き抜いて、再び自分のイヤホン端子を塞いだ。 「どうかな? 大丈夫そう?」 「うん……まだちょっと聞こえるけど、全然よくなった」 「そう、よかった。ごめんね、びっくりさせて」 ネク君のスキャン能力の開花が発覚したときは本当にどうなることかと思ったけれど、なんとか治まったようだ。やはり彼は飲み込みが早く、センスがいい。その類い稀なるセンスに恵まれてしまったせいで、余計な能力まで開花してしまったとも言えるけれど。 どう考えても原因は僕のソウル以外に考えられないので素直に謝罪を口にしたものの、「ヨシュアが謝ることじゃないのに」と不満そうな顔をされてしまった。まあ僕とネク君が一緒にいる以上避けては通れない道だったのだから、僕も今更後悔だなんてくだらないことは考えてはいない。 それでも多少なりともネク君に苦痛を与えてしまったことは確かだから、そのことに対して、の意味合いだ。 「あ、の……ヨシュア」 「なあに?」 しばらくは心底安堵した様子で大人しく僕の膝の上で身体を預けていたネク君が、再びもぞもぞと身じろぎし始めた。呼びかけに軽く首をかしいで訪ねると、落ち着かない様子で夜色の瞳がうろうろと泳ぐ。 「何か、話とか……してくれないか?」 「え?」 「あ、い、嫌じゃなければ、だけどっ……ヨシュア以外の声が聞こえるの、落ち着かなくて」 まだ覚えたての能力を使いこなせていないのか、流れ込む心の声を完全に遮断するまでには至っていないらしい。 僕の声を安心すると言ってくれたネク君がかわいくて、何の話をしようかと少し思案したところでもっといいことを思いついた。 「お話もいいけど、もっと怖くなくなることしよっか」 「へ……」 「ネク君は気持ちよくなることだけ、考えててくれればいいから」 一瞬不思議そうな顔をした後、続いた僕の言葉でその意味を理解したらしいネク君の頬が一瞬で赤く染まる。 「え、えぇっ」 「するの、イヤ?」 わたわたとあからさまに取り乱した様子の彼の瞳をじっと見ながら尋ねると、水をかけられた犬のようにネク君はぴたりと動きを止めて大人しくなった。 「や、ヤじゃない……ヤなわけない、けどっ」 「そう、よかった」 未だもごもごと何か言いたげにネク君は口を開こうとしたけれど、色気のない文句を言われるよりは早く可愛らしい喘ぎ声の一つでも聞かせてもらいたいな、と思ったので、彼の言葉を奪うようにゆっくりと深い口づけでそのくちびるを塞いだ。 「よ、よしゅあっ」 「なあに」 「ほ、ほんと、ぉに、誰も、いない、のか?」 「うん、僕とネク君の二人っきりだってば」 ぐちぐちとネク君の体内に埋めこんだゆびを動かしながら、ぴんと立ち上がってその存在を一生懸命に主張する胸元にちゅ、と口づけると、ネク君の細い身体がぴくんと跳ねる。 「や、ぁ……だって、なんか、他の人に見られてるみたい、でっ」 「興奮しちゃう?」 「っ、ばかなこと、ゆ、なぁ……!」 根元まで押し込んだゆびをやすやすと飲み込みながら、なおもぎゅうぎゅうと締めつけてくる内部の健気さがたまらなく愛しい。けれど、とっくに僕のカタチに慣れ切ってしまったネク君はそんな前戯が不満げな様子だったから、機嫌を損ねすぎないうちにそろりと咥え込ませていたゆびを引き抜いた。 「はふ、うくぅ……よしゅ、よしゅあ、ぁ」 「いい? 入れても」 「う、うん……うんっ……おれ、も……ほしい、よぉっ」 とろりと柔らかくなった後孔に強張りの先端を押しつけながら、唾液で濡れたくちびるにキスをすると、親鳥からエサを貰うひな鳥のように、ネク君のほうからも積極的にちゅ、ちゅ、と舌を伸ばして吸いついてくる。 「よしゅあ、よひゅ……んん、ぅ、うあぁ……!」 ぐぷぐぷと屹立を飲み込みながら、無意識にか反動で僕のくちびるから逃れようと首を振るネク君の頬を捕まえると、彼は観念したように大人しく僕の唾液をこくこくと飲み込んだ。 「ん、んぅ……よしゅ、やっぱり、だめぇ……だめ、だよぉ……!」 「何がだめなの?」 「み、見てる、からぁ……いっぱい、見られてるからぁ……!」 意識が快楽に飲み込まれ始めて、現実と虚構の判別がつかなくなっているらしいネク君は、ぶるぶると首を振りながら自分を抱き締めるようにぎゅっと腕を掴んで、力なく僕の胸に凭れ込む。 「ふふ……でもネク君、そういうの好きでしょ?」 「うや、ぁ……ちが、ぁ……すきじゃ、な」 「うそつき。恥ずかしいところ見られると、嬉しくて感じちゃうんだよね?」 「ちが……そんな、ちがぁ……っ」 口では否定しながら、先ほどからネク君の粘膜はぎゅうぎゅうと、何度も繰り返し僕のことを強く締めつけてくる。その度にひくひくと痙攣する背中を撫でてやりながら、僕と彼の間で先走りを垂れ流す幼い性器をきゅっと掴んだ。 「ほら、お尻におちんちん咥え込んでこんなにびんびんにしちゃってるとこも、感じすぎて射精しちゃうところも、全部見られたいんだよね?」 「やぁ、あ……! だめ、らめえ、ぇっ! みな、れぇ……」 きゅ、きゅ、と柔らかく扱く度にぴゅくぴゅくと先走りを漏らすネク君のそこは、恥ずかしがり屋な本人よりもよほど素直だ。 「ひぐ、うく、うぅ……よしゅ、うぅ、やら、あ」 べそべそと嗚咽を漏らしながら、握った手を動かす度に強く収縮を繰り返す内部に目を細めると、ネク君は唐突に自分を抱き締めていたその幼い手を僕の目元に伸ばして、視界を塞いでしまった。 「……? どうしたの? 新しい遊びか何か?」 弱々しいそれを引き剥がすのは造作もないことだったけれど、理由が分からずに奪われた視界はそのままに問い返す。 「うぅ、だ、って、よしゅあ……の」 「うん」 「やらし、顔……見てもいいの、は、俺だけ、だから、ぁ」 その言葉を聞くと、一応この手は僕の顔を隠しているつもりだったらしい。今ネク君に聞こえているであろう他人の声はここではない場所から発信されているものだから(ついでに言うと完全にそちらの声を遮断している僕には聞こえていない)その行為に実際意味はないのだけれど、あまりに予想外で可愛らしい物言いに思わず頬が緩む。 「うん。じゃあ見えないように、ちゃんと隠してて」 そう言うとネク君は従順に両手を僕の目元に宛がって、必死に他人に見られないようにしてくれる。そんな彼をもっと気持ちよく、蕩けるくらいまで甘やかしてやりたくて、手探りで掴んだ細い腰をゆっくりと揺さぶった。 「可愛かったよ」 「う」 「ヨシュアの顔、他の人に見られちゃやだーって言って、一生懸命で」 「も、もう言うな、ってば!」 行為の後、くたりと僕の膝の上に座り込むネク君は予想以上にいい反応ばかりを返してくれて、ついついからかう口調を止めることができない。 「でもずっと赤の他人の声が聞こえっぱなしじゃ、ネク君も落ち着かないだろうし」 「む……」 「僕と二人っきりになれるように、ちゃんとその力も使いこなせるようになってね?」 僕のその言葉ではっとしたように顔を上げたネク君は、少し滑稽なくらいに強い決意を秘めた瞳でこくりとうなずいた。 それから二日と経たず、ネク君は突然授かったそのスキャン能力をあっさりと自分のものにしてしまった、ということはお伝えしておこう。 ヨシュアさんの能力の一部がネクに移ってしまうというのはロマンです。 20100903 →もどる |