※性描写を含みます。ご注意ください。 信じられない気持ちで恐る恐る顔を上げると、驚いたようにまあるくなったネク君の青い瞳に、呆然と間抜け面をさらしている僕が映っている。 「ヨシュア、な、なんで……っ」 「ねく、くん?」 「泣いてる、のか? え、あ、なん、なんで……だ、大丈夫、か?」 生気が抜けたように亡羊としている僕とは対照的に、ネク君はわたわたと忙しなく慌てた様子でろくに動かないであろう身体をそれでも必死に動かすと、伸ばしたゆびでそうっと僕の頬を撫でてくれた。 震える幼いゆびが一生懸命にまぶたからぼたぼたとこぼれる水滴を掬ってくれる感触に、そうか今自分は泣いているのかと、その時分になってようやく理解する。 「ねくく、ん」 「あれ、おれ……どうして……あれ?」 「ネク君」 「あ、と、とにかく、泣くなってば……! お、俺、どうしたらいいのか」 戸惑うネク君をこれ以上困らせたいわけではなかったのだけれど、どうにも上手く言葉にすることができず馬鹿みたいに彼の名を繰り返す僕のことを、ネク君の指先は繰り返し優しく撫で続けてくれていた。 それから、本格的に困り果てたネク君の方こそが泣きそうな顔をし始めた頃合に、ようやく僕の涙は止まったようで、残った水滴を振り払うようにぱちぱちと瞬きを繰り返す。 「う、と、止まったか?」 「うん……ネク君、思い出した、の?」 しどろもどろになりながら、それでも必死にごしごしと袖で僕の顔を拭うネク君に、そんな風に強く擦ったら後で腫れてしまうのだけれどと思ったものの、そんなことよりも彼の気持ちの方が嬉しかったので、何も言わずにされるがままになっていた。 「へ……」 急に元に戻った呼び名や、他人行儀だった振る舞いが一気になくなったことで彼の記憶が戻ったのは明白なのだが、当の本人はあまり自覚していなかったらしい。 「あ……そう、みたい、だな」 きょとん、と子どものように首をかしげる仕草が、なんでもないことのはずなのにとても愛しかった。 「そうなんだ」 「ヨシュア……?」 「よかった」 倒れこんだまま僕の膝にもたれるような格好でいたネク君の身体に腕を回して引き上げると、今まで触れられなかった分を埋め合わせるかのようにぎゅっと強く抱き締める。 鼻腔をくすぐる陽だまりのような匂いも、あたたかな体温も、肉の薄い骨ばった感触も全部が愛しくて、腹を空かせた肉食獣のようにネク君の全てに飢えていた。 「よかった……」 ネク君が自分の名前を呼んでくれるというただそれだけのことがどんなに僕を満たしてくれるか、果たしてネク君はわかってくれるだろうか。 「ヨ、シュア……いた、い、ってば」 僕の腕の中でもぞもぞと身じろぐネク君はまるで小動物のようで、つい力任せに抱き締めてしまっていたことに気がつき、名残惜しいながらもそろそろと腕の力を緩めた。 「あ……ごめん」 「おまえ、ただでさえ馬鹿力なんだから……加減しろよ、な」 「うん、ごめんね。ネク君あったかくて、いい匂いするから、つい」 そう告げた途端、あからさまにかあっと顔を赤らめて、すっと視線を逸らしてしまうネク君に思わず首をかしげる。 「そ、れに……そゆことされると、俺……」 「うん?」 「ん……く……なんか、身体、へん……っだから」 は、と熱っぽい息を吐き出して瞳を潤ませるネク君は、たしかに少し様子が変だ。僕の膝の上で居心地悪そうに腰を浮かせる仕草に、ようやく原因らしきものに思い至った。 「ああ、もしかして」 「ひ、あっ、ぅ」 ネク君の背中に回していた手でする、と背筋を辿るように腰までゆびを滑らせると、彼はあからさまなくらいにびくん、と大きく身体を跳ねさせる。 「や、ぁ……なっ、に」 「んーと、今のネク君はちょっとソウルが足りてないからね」 「は、あふ、さわ、ゃ……やだ、ぁ」 「身体が催促して、僕のこと欲しがってるんじゃないかなーって」 そのまま服の裾から潜り込ませた手でつつ、と胸元まで撫で上げると、それだけの刺激で感じてしまっているかのようにひく、ひく、とネク君の身体が小刻みに震えた。 「うぅ、そ、なの……ずるっい」 「え?」 「お、俺は……ふ、ぁ……いつもヨシュアのこと、欲しくないときなんて、ない、っのに」 「うん」 「ん、んくぅ……こん、な……とき、まで……ずるい、ぃ……っ」 するすると胸元を探りながら指先に当たる突起をくに、と押しつぶすと、ぷるぷると震えていたネク君が一際大きく跳ねる。 「や、ぁっ……そこ、やだぁ、っ」 「うん、ごめんね?」 「は、ぁ、ふ……あう、うぅ……や、つねっちゃ……!」 ぎゅ、ぎゅと強く摘むたびに、一生懸命首を振りながらネク君はぴくん、ぴくんと腰を痙攣させた。嫌だと言いながらも身体の反応がそうでないのは、素直じゃないいつものネク君だ。それでも先ほどのうったえ通り、僕のソウルを欲しているネク君の身体はいつもよりも敏感になっているらしく、戸惑っている様子なのは見て取れる。 「うぅ……も、やらっあ……」 「そう? 気持ちよさそうだけど」 「す、する、なら……ぁ、ちゃんとキス、して、ぇ」 ひくひくと揺れる身体を持て余しながら、荒い息の中で言われた言葉が予想もしないものだったので、思わず首をかしげてしまった。するとネク君は恥ずかしそうに、少しだけ不満をあらわにしながら震えるくちびるを再び開く。 「ひ、久しぶり、だから……その、最近、そゆこと……してなかった、から」 「うん」 「よしゅあ……きす……」 思うようにならないであろう身体で、それでも震える腕を僕の首に回してぎゅっとしがみついてくるネク君に、そんな風に言われてしまっては拒む理由などどこにもない。ねだるようにおずおずと顔を寄せる彼のくちびるにちゅ、と吸いつくと、待ちきれないように口を開いて舌を差し出してきた。 「んっ、ん……んぅ、しゅあ……よひゅ、あっ」 キスをしたいのか、ただ舐めているのか分からないくらい必死で僕の口腔を撫で回す舌に思わず苦笑しながら、宥めるように絡めとって、ゆっくりゆっくりあやすようなキスで応える。 「そんなにがっつかなくても、逃げないってば」 「ん、ふ……ぅ、んん、んー、ふ、ぁ」 「ほら、ちゃんと口開けて」 「よ、しゅ……ん、くぅ、あふ、は……っ」 ちゅく、ちゅく、と音を立てて舌を擦り合わせるたびにとろとろと飲みきれない唾液をこぼすネク君に口づけながら、胸の上を彷徨わせていた指先でそっと心臓の上の傷口をなぞった。 「ん、んんぅ……! っぷぁ、や、らぁっ……だめ、え……そこ、はっ」 とたんにびくりと身体を跳ねさせて、僕のくちびるから逃れるように顔を逸らすネク君の頬を反対の手で捕まえながら、傷口の盛り上がったフチをくりくりと爪の先で弄ぶ。そのたびにがく、がく、と痙攣するネク君の下腹部は、もう確かめる必要もないくらいにズボンの布地を押し上げていた。 「んく、んくぅ……ふぅ、や、だぁ」 「ほら、ネク君がしたいって言ったんだから逃げないで」 胸の傷を嬲りながら逃げようとするネク君のくちびるをしつこく食むと、ひっきりなしにこぼれる彼の喘ぎ声がもはや嗚咽混じりになる。 「うぅ、やだ……もぉ、でちゃ、からっ」 「ああ、そっか」 「ふ、ぇ……あっ」 ネク君のその言葉でふと思い立って、くちづけていたくちびるも胸を撫で回していた手も離すと、言葉とは裏腹にネク君は物足りなさそうな、名残惜しげな表情で僕のことを見上げてきた。素直な反応に思わず苦笑しながら、ネク君の腰回りを締め付けているズボンの前を寛げて下着ごとずり下げる。 「あ、なん……で……」 「んー……ソウル、足りてないのに出しちゃうのはちょっとまずいかなって」 「う、ぅ……そん、な」 「僕の、すぐあげるから……少しだけ我慢して?」 脱がせたズボンからネク君の足を引き抜きながらあやすようにそっと頬へキスを落とすと、骨ばった身体を辿って肉付きの悪い腰へと手を回した。そのままするするとネク君の尻の柔肉を掻き分けながら、奥の窄まりを指先でくすぐる。 「ひ、ん……っ」 途端にぴくりと肩を震わせる身体に腕を回して支えると、ゆっくりネク君の体内へとゆびを潜り込ませた。 「う、あ、う……っおしり、ぃ……はぁ……っ」 「ふふ、もうやわらかくなってるね。ここ、好きでしょ?」 「ん、くぅ……ふ、うく……はふ、はう、うぅ」 ふるふると子どものように頭を揺らしながらも、ネク君は僕の胸に額を擦りつけたまま離れようとしない。無抵抗なのをいいことに増やしたゆびでくちゅくちゅとネク君の後孔を拡げながら弄くっていると、そのうちに彼はだらしなく開いた口から唾液を漏らしながら僕のウエストのベルトを取り払って、ずらした下着の隙間からまだ勃起していない僕の性器を取り出した。 そのままずるずると自分で腰を寄せると、性器同士をぺたりとくっつけて擦り合わせ始める。 「あふ、ぅく……よしゅ、よしゅあ、ぁ……!」 「あは、ちゃんと大きくしてくれるんだ。いい子だね、ネク君は」 幼子を褒めるようにぽんぽん、と背中を撫でてやると、嬉しそうに綻ぶ表情が可愛くて、ついこちらの頬まで緩んでしまった。 徐々に僕の性器が大きく、硬くなっていくたびにネク君は甘い声を上げながら、時折射精してしまうのを堪えるためか必死に揺れそうになる腰を止めてびくびくと痙攣する姿がいじらしい。 「しゅあ、も、ぉ……あふ……っいれて、いれて、いい?」 「うん? あんまり慣らしてないけど、大丈夫?」 「らいじょ、ぶ、ぅだから……ふう、ぅ……っも、ゆび、やぁ……なの……!」 瞳を潤ませて涙声での懇願に、ぐぢ、と根元まで咥え込ませていたゆびを音を立てて引き抜くと、ネク君はひくりと喉をびくつかせながらも必死に僕の首にすがりついて腰を浮かせた。腰に回した手で支えてやりながら後孔に屹立を宛がうのを手伝うと、先端に当たる感触だけで入り口がもどかしく開閉しているのが分かる。 「ネク君のここ、すごくびくびくしてる。欲しいんだね、かわいい」 「んく、んんぅ……ぅや、ゆ、なぁ……っ」 先端を擦りつけるように、掴んだネク君の腰を小刻みに揺らすたびにくちゅくちゅといやらしい水音が立って、いやいやと首をすくめるネク君の幼い姿になんだか悪いことをしているような気分になってきた。いや、まあ実際悪いことをしているのだろう、自分は。何せネク君はまだまだこんなに子どもなのだから。 「い、いれ……いれるっ、から……!」 「うん、いつでもどうぞ」 「うっく……ひ、ぁ……あ、あぁぁ……!」 待ちきれないようにネク君が一息に腰を落とすと、さほど慣らしていないにも関わらず彼の後孔はずぶずぶと僕の性器を飲み込んでいった。やわらかく絡みつく内壁に、思わず吐息とともにうめくような声を漏らしてしまう。 「ん、っ……」 「あ、あぁ……はぁ、はぁ……あふ、はう、ぅ」 「ふふ……ネク君、すごい声」 「よしゅ、よしゅあぁ……だめ、だめぇ……っでちゃ、も、でちゃ、よぉっ」 まだ入れたばかりだと言うのに、すすり泣くような声を上げてびくびくと身体を痙攣させる彼に思わず苦笑しながら、ぎゅうぎゅうと僕の身体にしがみつく手をそっと離させて、自身の下肢へと導いた。 「もう? さっき、ダメだよって言ったじゃない。ほら、ちゃんと我慢して……自分で握っててごらん」 「やあ、ぁ……あ、はふ……こん、なぁ……やぁ、あう、うぅ……!」 ネク君の小さな手ごと包み込みながらぎゅ、と強く根元を握らせると、嫌がるような素振りを見せながらも結局彼は僕の言うとおり従順に、自分の屹立を握り込む手を離さない。それどころか片手では不安だったのか、反対の手も使っておもむろに両手で握りなおすと、がくがくと身体を揺らしながら必死に射精の波をやり過ごそうと耐える姿が悩ましい。 今の状態でこれ以上苛めるのはさすがに良心が咎めたので、なるべく早く射精できるようにネク君の粘膜から与えられる快感に集中しながら、狭い内部をぐちゃぐちゃと掻き回した。 「んんぅ……はぅ、あうぅ……よ、よしゅあ、まだっ……?」 「ん、もう少し……かな」 「うぅ……よしゅ、のぉ……あつ、あついぃ……」 「そう、かな?」 は、は、と荒くなった呼吸では声を出すのも大変だろうと思うのに、ネク君はまるで熱病に侵されたかのようにうわ言を繰り返す。 「あ、あつくて、おっきく、てぇ……っおれ、おれぇ」 「うん」 「ほしい、ほしい、のっ……よしゅあの、っせーえき……はやく、ちょうらい、ぃ……!」 僕の肩口にすりすりと懐いて顔を埋めながらそんな風に懇願されては、さすがにこれ以上堪えられるだけの余裕もなくなってしまって、一際強くネク君の身体を揺さぶった。 「い、あっあぁ……っそ、な、したら、ぁ」 「ん……ほら……出す、よ?」 「だして、だしてぇ……! なかで、いっぱぁい、あ、あっ、はあぁ……!」 出すよ、と宣言した途端、屹立にまとわりつく粘膜がまるで搾り出そうとするかのようにぎゅう、と強く収縮するものだから、とても耐えることができずにそのまま射精してしまった。 「ふ、あ……あぁ……」 僕が射精する間、ネク君は精液が体内に吐き出されるたびにびくん、びくん、と身体を揺らしながら、ひどく嬉しそうに瞳を蕩けさせている。その様子が愛しくて、目尻からひっきりなしに流れる涙を何とはなしに舐めとると、腫れたまぶたへとあやすように繰り返し口づけた。 「んっ……んん、んぅ……っしゅ、よしゅ、あぁ」 「僕のソウル、ちゃんと受け取ってくれた?」 「はふ、はぁ、はぁ……うん、っうん……! 熱、ぃ……うく、うぅ、はうぅ」 「そう、よかった」 「よしゅ、よしゅあ、おれ、もう、もぉっ……はあ、あぁ……い、いい? だしてっいい? でるぅ、でちゃう、ぅ……!」 必死に両手で自身の性器を押さえ込みながら、びくびくと脈打つネク君のそこは見るからに限界のようだった。もう先ほどの行為である程度ソウルは補給されただろうし、いつものように射精してしまっても大丈夫だろう。 「いいよ、ほら……見ててあげるから、いっぱい出してごらん」 「やあぁ、はぁ、あぅっ……よしゅ、よしゅあ、よしゅあぁ……ひゃ、あ、あぁ……!」 なるべく優しく聞こえるように囁きながら強く握り締めていた手をそっと離させると、その途端にネク君の性器の先端からは勢いよく精液が飛び出す。焦らされすぎたせいで一度に放出することができないらしく、何度も小刻みに射精しながら、そのたびにネク君は大きな声を上げて泣きじゃくった。 ようやく大きな波が去ったらしい後も、壊れた蛇口のようにネク君の屹立からはとろとろと緩やかに精液が流れ続けている。 「は、はぁ……はぁ……ふ、ゅ……ふぅ……」 「ふふ、上手にいけたね。ほら、こんなにいっぱい出して……」 べたべたとネク君の腹を汚す精液を辿るようにゆびを滑らせると、ひくん、ひくん、と引き攣れたように腹筋が震えるのが目に楽しい。 「う、ゃ……あ……とま、な……あふ、うくぅ」 そっとネク君の性器にゆびを絡めて尿道に残った精液まで搾り出すようにぎゅ、ぎゅ、と扱いてやると、ぴゅくぴゅくとまた小さく精液を吐き出してから、ようやく長引く射精は治まったようだった。 「は、ふ……うく……はうぅ……」 「ほら、やっと止まったね。気持ちよかった?」 ぐったりと僕の身体に凭れたまま、余韻で動くことの出来ないらしいネク君の揺れるつむじをそうっと宥めるように撫でてやると、懸命に息を整えながらもこくりとうなずいてみせるのが僕には可愛くてたまらない。 「あ、の……よしゅあ……」 「なあに?」 繰り返し何度も髪を梳く僕のゆびの動きをむずがるように、いまだひくひくと緩やかに痙攣を続ける身体でゆっくりと顔を上げたネク君は、まるでまだ行為の最中にいるかのような熱に浮かされた瞳でじっとこちらを見つめている。 「ん……と……その、もう一回……だめ、か……?」 「え?」 「い、一緒に、いけなかっ、た……から……こ、今度は、ちゃんと……いっしょ、に」 彼からの思わぬ提案についきょとんと呆けてしまったけれど、久しぶりにネク君の身体に触れることのできた僕にとってもそれは願ったり叶ったりで、全くやぶさかではない。 「うん、じゃあ」 「ふ、えっ?」 ネク君の腰に回した腕で小柄な身体をひょいと持ち上げると、ずるずると屹立に絡みつく粘膜を振り払うように一息に引き抜いた。僕の突然の行動にあからさまに戸惑った表情を見せるネク君へ、大丈夫だよと安心させるように微笑んでみせる。 「今度は、ちゃんとベッドでしたいな、って……思ったんだけど」 「あっ……」 「だめ?」 ぺたん、と僕の膝に座り込んだネク君の後孔からはとろとろと僕が吐き出した精液が流れ出てスーツのスラックスを汚したけれど、残念そうな、物欲しそうな顔をする彼にこぼれた分はまた注いであげれば済む話だ。 「う、ううん……だめ、じゃ……ない……」 僕の言葉で恥ずかしそうに顔を赤らめながら首を振るネク君に、よくできましたとその明るい太陽の光を集めたような色の髪を撫でる。 おずおずと僕の身体にしがみついてくるネク君の身体を背中と膝に回した腕で抱きかかえながら、痩せっぽちなお姫様をやわらかなシーツとベッドの上に招待するために玉座から立ち上がった。 皺になったシーツの上でくたりと僕の胸に顔を埋めるネク君は、疲労と安堵で既にうとうとと舟をこぎ始めているらしい。いつもならそんな様子の彼の休息を邪魔したりしないのだけれど、一つだけどうしても気にかかっていたことがあって、そしてそれはちゃんと彼にも伝えておかなければいけないことだと思い口を開いた。 「ねえネク君」 「ん……?」 「君の、記憶のことなんだけど」 しかしこれを伝えるのは非常に気が重かった。そうだとするならば、この数日間の僕の苦悩はなんだったのかとか、それ以上にネク君にはただただ申し訳ないと思うほかないからだ。 けれど、ネク君の記憶が戻ったときに、きっかけになったものとして考えられるのは一つしかないから、やはりそういうことなのだろう。あの瞬間に、ぽたりとネク君の肌に触れた一滴。僕の身体から流れ出たものでネク君は記憶を取り戻したのだから。 「なんか、どう考えても……記憶を取ってたのって、僕以外に考えられないんだよね」 「えっ」 先ほどまでうとうとしていたのが嘘のようにぱっと顔を上げるネク君の反応は正しい。僕自身、なんだってこんなまどろっこしいことをしているのかと疑問に思わずにいられないからだ。 「な、なん……どう、いう」 「あのとき、ネク君は気がついてなかったかもしれないけど……僕の体液の一部がネク君の身体に触れて、記憶が戻ったみたいなんだよ。っていうことは、あれは僕の身体から出たものだから、必然的にネク君の記憶は僕が持ってたっていうことに……なるんだよねぇ」 言いながら、自分でもほとほと呆れてしまう。何よりも、それが無意識のものだったということが一番タチが悪いのだ。コンポーザーという立場にありながら自分の能力の制御もできていないとは。 目を丸くして戸惑うネク君にもし嫌悪の目を向けられたとしても、何も言えない。 「なん、で……どうして、そんなこと」 だというのに怒り出すわけでも、嫌な顔をするわけでもなく、ただ困り果てている様子のネク君に、彼はどこまで僕を甘やかすのだろうかとこちらが困ってしまう。 「試してたのかもね。僕が、ネク君のためにどこまで言えるのか」 記憶をなくしたネク君に、僕は何でもすると言った。何でもするから、思い出して欲しい、僕との記憶を忘れないで欲しいと。あんな状況でなかったら、口が裂けても言えなかっただろう。だってそれは到底叶えられない、嘘以外の何物でもないから。 それでもあのときの僕は、本気でそう考えたのだ。 「そう、なのか」 そんな風に自分を試すためだけにネク君を利用したとしか言えない状況なのに、彼は至極納得した様子で小さくそれだけを呟いた。その穏やかな表情に、ますますこちらの方が戸惑う。 「怒らないの?」 「おこ、る? なんで?」 「なんでって……」 「だって、もし、ホントにそうやって試してたんだとしても……どんな形であれヨシュアの役に立てるのは嬉しい、よ」 「……」 「それに」 気恥ずかしそうにはにかむネク君は、何か僕の知らない物質でできているんじゃないかと思えるくらい、僕に都合のいい言葉を平然と言ってのけた。 「ああいう風に言ってくれたの、初めてだったから……だから、それだけで嬉しい」 どうしてそんな風に思うことができるのか、全く僕には理解不能である。 いやでも、とふと記憶をなくしていたときの彼の様子を思い返すと、なんだかそれも僕の思考が浅はかなだけなのかもしれないと思い直した。記憶をなくしてさえ彼は盲目的なほどに、ひたすら僕に対して好意と献身だけを捧げていたのだから。 「記憶がないのに抱いてもいいとか、僕のこと好きみたいな素振りを隠さないから、焦ったよ」 思わず苦笑交じりになってしまう僕のあまりに自分勝手な言葉にも、ネク君は相変わらずの姿勢を崩さない。 「ん……それは、たぶん……だって、ヨシュアのこと好きじゃない俺なんて俺じゃないと思うから」 そうあっさりと言い切られては、僕としてはもうお手上げと言うほかない。 「……どうして君ってそんなに捨て身なの?」 「え?」 どう考えても僕のほうに非があるというのにそんな反応ばかり返されては、謝るつもりだった口調さえふてくされたとげとげしいものになってしまう。ネク君のことを子ども子どもと言っておきながら、今は僕のほうが駄々をこねる子どものようだなと自嘲しながら。 「どうして無欲でいられるの? それとも単に馬鹿なの?」 RGでの生活を捨てて、ただ僕だけを求めて契約を交わしたネク君に、こんな言葉は今更かもしれないとはわかっていたけれど。 「僕は……君のために渋谷を捨てることはできない」 「うん」 「いつも君を優先してはあげられない」 「うん」 「酷い男だよ」 ああ、また僕はネク君を試していると、言いながら気がついてしまった。いや、それも的確ではないか。だってこんな風に言えばネク君がどう返してくるかなんて、僕は誰よりもよくわかっているのだから。 「それでいて嘘つきだ。何でもするって言ったのも嘘だよ……むしろ、できないことのほうが多いと思う」 「うん……そんなの、知ってる」 こくりとうなずくネク君の瞳はどこまでも無垢で、僕の邪さなど全て拭い去ってくれるのではないかと錯覚すらしてしまう。 「でも、俺はそんなヨシュアを好きになったんだから」 とどめのような一言に、もはや深い深いため息しか出てこなかった。はぁ、と脱力したように息を吐き出す僕を見て、ネク君は怪訝そうに眉をひそめながら不満そうな表情だ。 「な、なんだよ……これでも、俺なりに一生懸命考えて」 「うん、ごめんね、ネク君」 「へっ」 「ひどいことして、ごめん」 心からの謝罪を口にしながら、そわそわと落ち着かないネク君の身体に腕を回してそっと抱き締める。先ほどの言葉は残念ながら揺ぎ無い事実だけれど、僕の今口にしようとしている言葉も、紛れもなく本心からのものだ。 「べ、べつに謝る必要なんか」 「好きだよ、僕も」 「ふ、えっ?」 「大好き、だから」 僕の腕の中で赤くなったり青くなったりしている彼の素直な反応が可愛くて、愛しくて、大事にしてあげたいと心から思う。僕と共に在るという選択をしてくれた彼に、少しでも報いることのできる自分でありたいと。 「ネク君のこと全部もらっちゃったからにはさ」 「へ、う……あ、ぅ」 「責任は、ちゃんと取るよ」 全てを捨てて自分についてきてくれたネク君に対して、中途半端に、曖昧なままの立場でいることはもう許されないから。 「幸せにするよ」 僕はネク君のためにこの街を捨てることはできないけれど、この街のためにネク君を切り捨てるということもできやしないのだ。だから、欲張って二つ共を大事にしていくほかないではないか。ネク君とずっと共に在るために、そう僕は覚悟したのだ。 僕の言葉に驚いた様子で目を白黒させたあと、徐々に頬を赤らめて恥ずかしそうに視線をずらすネク君が、僕にはやはりとても可愛く思えて仕方ないから。 「ね?」 「……う、うん……っ」 小さくうなずいてみせた後、ようやくおずおずと僕の背中に腕を回して抱き締め返してくれたネク君の額に、キスを落としながらさらさらと流れる髪に鼻を埋めると、やっぱり彼からは太陽の匂いがする。 こんな奈落の底に落ちても変わらずに、穢れない光で僕を満たしてくれる小さな身体を、壊してしまわないようにやわらかく抱き締めた。 あっちこっち紆余曲折しましたが、やっと念願叶いました。お幸せに。 20100522 →もどる |