※性描写を含みます。ご注意ください。 「ヨシュア」 部屋にある膨大な量の本に俺の声なんて吸い込まれて消えてしまうのではないかと思ったけれど、ちゃんとそれはヨシュアの耳に届いたらしい。ゆっくりと顔を上げてこちらを向いたスミレ色の瞳が、驚いたように見開かれる。 「ネク君」 きょとんとした表情でヨシュアが俺の名前を呼んだ瞬間、重かった身体がすっと楽になった。ヨシュアは俺の顔を見ると波動を制限するのが習慣というか、そういう癖がついているらしい。 けれど今自分がいる場所がどこかを思い出したのか、次の瞬間には棚に本を戻して、脚立からひょいと身軽に降りたと思ったら、その手には見慣れたオレンジ色の機械が握られていた。有無を言わせぬ素早さに、慌てて声を上げた。 「あっ、待てよ、今日はケータイはなし! 話くらい聞けっての!」 「……話ならいつもしてると思ったけど?」 「そうじゃない! 今、ここで話さないと意味ないだろっ」 訪問するたびに嫌な顔をされてその力で強制的に追い返されてしまっては、こちらとしてもたまったものではない。なんとしてでも、ヨシュアに俺がここへ来ることを了承してもらわなければ。 「……何か用?」 「用なんて、お前に会いに来たに決まってるけど」 いつも俺の部屋を訪れる穏やかな空気をまとったヨシュアと違って、今の彼はとても不機嫌そうに見える。前回あそこまであからさまな拒絶を見せたのに、懲りずにここへやってきた俺に辟易しているのかもしれない。 「こっちに来るのはネク君によくないって、僕前に言わなかったっけ」 「何度も聞いたし、羽狛さんも言ってたから知ってる」 ふん、と開き直ってつっけんどんに言い返すと、ヨシュアはその端整なくちびるから盛大にため息を漏らした。なんだか先ほどからヨシュアはわざと俺の癪に障るような仕草を選んでしているとしか思えない。 と、羽狛さんの名前を出してからカウンター席に静かに腰掛ける彼の姿が浮かんで、ヨシュアの不機嫌な様子とも相俟って胸につっかえていた疑問を思い出した。ヨシュアに会いに行ってやって欲しいと、他でもない俺に頼んでくれた彼。 「あ、おまえ、あの人になんか言ったりしてないだろうな!」 「誰?」 「え、と……キタニジ?」 「ああ、メグミ君か」 俺が門前払いを食らってしまったあの日以降も、彼はヨシュアといつものように顔を合わせていたはずだから、何か差し障ることになっていたらどうしようかと心配だった。 「たしかにあの人に頼まれもしたけど、受けたのはあくまで俺っていうか、むしろ俺的には願ったり叶ったりだったっていうか」 「言ったよ」 その一言に、やっぱり、と思わずむっと不満を表情に乗せて露にすると、ヨシュアは当然でしょ、と呆れたようにため息をついた。 「僕に内緒で、勝手なことしてくれちゃって」 「けど、それは!」 「でもねぇ、メグミ君もなーんか頑なっていうか」 「?」 「物腰は前より柔らかいのに、頑なっていうか……扱いづらくなったよ」 すっ、とこちらに向けられた何気ない視線のスミレ色の冷たさに、少しばかりたじろいだ。それでも何とか心を奮い立たせて、ぎゅっとその瞳を睨み返す。 「……大事な部下にそういう言い方、よくないと思う」 「ネク君もだよ」 「は?」 突然出てきた自分の名前に、思わず変な声を出してしまった。なんでそこで俺? 「君も前は子どもらしくて可愛くて、扱いやすかったのに、最近は扱いづらくなった」 いつもの優しくて穏やかなヨシュアとはまるで違う、突き放した物言いはあまりにも唐突で、ずき、と小さく痛む胸を無意識のうちにぎゅっと押さえた。 「俺のこと、そんな風に思ってたのか」 「あれ、知らなかったの? つくづく能天気っていうか……幸せ者だねぇ」 嘲るような口調はいつもなら俺はほとんど耳にすることがないような冷たい声音で、いつもとは違うヨシュアの容姿とも相俟ってまるで別人のようにすら感じる。ヨシュアのことだから俺に長くこちら側に留まって欲しくなくてわざとそうしているのかもしれないと思ったけれど、優しい口調に普段散々甘やかされきっていた俺には思った以上に堪えた。 それとも低位同調すると精神も多少身体の変化に引っ張られると言っていたから、これが元々のUGでのヨシュアの顔なのだろうか。 「そもそも、ヨシュアばっかり俺に会いに来て、俺は待ってるだけなんてずるいだろ」 「ああ、ほら。前はそんなこと絶対言わなかったのに。そういう余計なことばっかり考えるようになって、ホント……面倒だよ」 ヨシュアのその言葉は鋭利なナイフのように俺の胸に突き刺さって、けれど額面通りに受け取ってはいけないと必死に自分で言い聞かせた。じわじわと胸に広がる痛みを堪えるように、ぎゅっと奥歯を噛み締める。 「それは、俺からヨシュアに会いに行ける手段がないと思ってたからでっ、それが見つかったんだから、俺の方から会いたくなったって何も変なんかじゃないっ」 ふぅ、と聞こえたため息は心底呆れた、と言外に言っているようで、勝手にびくりと竦む身体を奮い立たせるのに俺は必死だった。 「メグミ君も、羽狛さんも……余計なオモチャをくれたものだよね。こっちの空気はネク君によくないんだって、何度言ったらわかってくれるの?」 「わかってないのはヨシュアの方だろっ!」 何を言っても堂々巡りなヨシュアの態度に痺れを切らして、とうとう我慢できずに声を荒げてしまった俺を、ヨシュアのウサギのようなまあるい瞳がきょとんとした様子で見つめる。そのあまりのまっすぐさに思わず目を伏せたけれど、一度切った口火を止めることはできなかった。 「俺にとっていいか悪いかなんて、俺が自分で決めることだろ! そのくらいちゃんとわかってる! ヨシュアから見たら俺なんかいつまでもガキ扱いなのかもしれないけど、だからってそんなの、勝手に決めるな……!」 ヨシュアに声をかけたときはなるべく冷静に、と思っていたのに、言葉を重ねるうちに段々と気持ちが高ぶってきてしまって、徐々に感情的になってしまう声音に激しく自己嫌悪した。けれど、後から後から溢れ出てくる言葉は止まらない。 「ヨシュアはずるいんだっ……いつも俺ばっかり大事にして、俺にばっかりいいようにして……ヨシュア、が、俺のこと考えてくれてるのは、すごく、嬉しいし、有り難いと思ってる……けど」 自分で言っていてもなんともまとまりのない話し方で、もっとちゃんと頭の中で整理しておけばよかったと今更ながらに後悔したけれど、口にしてしまってからではもう遅い。ただ大事なところだけでも、ヨシュアになんとか伝わればいいと思った。 「俺だけがよくて、いつもヨシュアばっかりがリスク背負って、って、なんか違うだろ……そんなの、俺は全然嬉しくない」 大きな波動をその身に抱えたヨシュアにとっては、低位同調してRGに存在しているだけでそれなりの負担になる。けれど、前まではそれ以外に俺とヨシュアが触れ合う手段がなかったから、そうするしかなかった。ヨシュアに言いなりの、頭の悪い子どもでいられたうちはよかったのだ。けれど、今の俺はそれでは嫌だと思っている。 精一杯俺なりの気持ちを伝えているつもりだけど、ヨシュアが今どんな顔で、どんな気持ちで聞いているのかと思うと怖くて、顔を上げることができない。 「前、ヨシュアが言ってただろ……ヨシュアも俺も、負担は半分ずつって……」 「……」 「だから、俺がこっちに来られるようになれば……そうなるんじゃないのか」 ヨシュアにとってはただ俺を宥めすかすためだけに言った軽口だったのかもしれないけれど、たしかにその通りだなと胸に響いた言葉だったから、ずっとそのことを覚えていた。それを、口にした本人が忘れるだなんて許さない。 「……いいの?」 うつむいてじっとヨシュアの反応を待っていると、唐突に落とされた言葉で反射的に顔を上げた。と同時に、ヨシュアの表情を判別する暇もなく、どん、と強く肩を押されて、背後の本棚に突き飛ばされた。再び肩を掴んだ大きな手がぎりぎりと骨を軋ませるのを感じながら、衝撃でばさばさと何冊かの本が落ちる音を聞く。 「い、いって……さ、さっきから、何回も言って……」 「身体にUGの影響を受けても構わないって思ってるのはわかったよ。ネク君がそれでいいって言うなら……まあ、本当はよくないけど……それでも、いいよ」 「よ、しゅ……ぃ、いた、い……っ」 ぐ、と肩に食い込むヨシュアの指先からはそのまま俺の身体を壊してしまうんじゃないかと思えるほどの力を感じて、覚えた感情は紛れもなく恐怖だった。 「けど、それだけじゃないよ? 本当にネク君にとって悪いのは、UGの空気じゃなくて……僕だと思うから」 悲しそうな声音で囁かれる言葉を聞きながら、いつものような鮮やかさを潜めて昏く沈んだヨシュアの瞳の色に、思わずぞっと寒気が走る。 「なに、言って」 「身体が違うのはもちろん見ての通りだけど、能力も何も制限してないから力の加減が下手なんだ。こんな風に」 「いっ……!」 ヨシュアはほんの少しゆびを曲げただけ、といった風だったけれど、その瞬間俺の身体には激痛が走った。それは一瞬ですぐに緩められたけれど、骨に異常が出たのではないかと思えるほどの凄まじい痛みにがくがくと身体が震える。 「は……っ、は……ふ、ぅ……く」 「それに僕の波動は強すぎて瘴気みたいなものだから、当然ネク君の身体にもよくないし……ネク君も気づいてるかもしれないけど、RGの僕とは違うんだよ。向こうにいるときみたいに振舞えない」 先ほどから感じていた違和感。目の前の男は確かにヨシュアなのだけれど、俺の知らない人物のようにも思える、UGの……死神のヨシュア。 「子どもの僕みたいに優しくできないんだ……分かるよね?」 相変わらずヨシュアに掴まれた肩はじりじりと痛みをうったえていたけれど、震えて力の入らなくなってしまった脚はその手を離されたらきっとすぐにでもへたり込んでしまうだろう。そちらとは反対の手がす、と冷えた俺の頬を撫でて、ぴりぴりと微弱な電流にも似た刺激が走る感覚に思わず変な声を漏らしてしまった。 「っひ、ん……!」 「それでも、いいの?」 「ぅ、うぅ」 するすると何度も頬を滑って、耳の裏から首筋までを辿るゆびの感触に、そのたびにぴくん、ぴくん、と身体が揺れる。それだけでその場に跪いて、泣きながら許しを請いたいほどの気持ちになったのだけれど、ぎゅっとくちびるを噛んで、なけなしの力で喉を震わせた。 「い、い……って、言ってる、だろ……!」 「ふぅん?」 「しゅあ、は……よしゅあ、だからっ」 だって先ほどからそんな風に言って突き放そうとするヨシュアは、やっぱりどうしたって俺のためにしているんだって分かってしまって、これ以上深入りすれば俺の身に何があるか分からないのだと警告しているのだ。 俺のために自分を遠ざけようとするヨシュアはやっぱり、いつもの優しくて穏やかな、俺が好きで好きでたまらないヨシュアでしかないから。 「そう」 ぽつりと静かに呟きながら吐き出されたヨシュアの吐息は、どこか笑っているようにも聞こえる。 「じゃあ試してみようか」 囁く声と連動するように、首筋を撫でていた手がそのまま胸元を探り始めて、手馴れた動作でしゅるりと制服のネクタイを解く。そのまま寄せたくちびるでかぷ、と鎖骨に噛みつかれて、ただ指先で撫でられるよりも強い刺激がびり、と身体中を走った。 は、と弱く息を漏らしながら、ここで降参するわけにはいかないと堪えるようにぎゅっと目を瞑る。 「ネク君が軽々しく『いい』って言ったことが、どういうことなのか……教えてあげるよ」 落とされたヨシュアの声は氷のように冷たくて、ぞわぞわと俺の背筋を震えさせるのと同時に、ドキドキと胸が高鳴るのはどうしてかなんて俺にはわからなかった。 ヨシュアが動くたびにぐじゅ、とすぐにでも耳を塞いでしまいたいような音がして、そのたびに震える脚から床に崩れ落ちそうになる。けれど今そうなってしまったら俺はヨシュアに白旗を上げたも同然になってしまうから、必死に目の前の本棚に突いた手と笑いそうになる膝で踏ん張った。 「ふ、ぅく……もぉ、ゃ……っ」 「あれ、もうバテちゃったの? 降参かな?」 「うぅ、ちが、ぁ……! そ、そんなんじゃ、ない、ぃっ」 俺の腰を抱えて後ろから何度も責め立ててくるヨシュアの声音はどこか笑いを含んでいて、けほけほと咳き込みながら度が過ぎる性感に耐える俺を眺めて楽しんでいるようだ。 既に内部で何度か達したらしいヨシュアの精液で俺の腹の中は音が鳴るくらいにぐちゃぐちゃだし、俺自身何度射精してしまったか分からないほどだから、太腿もその下の床も白濁した液で散々に汚れ放題だった。 立ったまま、こんな体勢で性行為を強いられるのも初めてだし、まるで俺のことなんて気遣っていないかのように自分勝手な愛撫を施すヨシュアも滅多にないことで、普段のゆらゆらと揺りかごの中で甘やかされているかのような行為に慣れきっていた俺には、今何をどうされているのかすら分からなくなりそうだった。 「でもさぁ、これくらいでバテちゃってたらこの先持たないんじゃないかなぁ。これからも会いにくるつもりなんでしょ、ネク君は」 「ん、く……んん、ぅ……」 「人の生死に関わる仕事をしてると性欲が強くなるって前も言ったじゃない? 今日はたまたまただの休暇だったからよかったけどさ。もしゲームの直後にこっち来ちゃったりしたらどうするの?」 「ひっ、ぃ……ん……!」 俺の尻をわし掴むヨシュアの手が強くなったかと思うと殊更深く腰を押し付けられて、痛みを覚えるほど奥まで性器が届く感触に、ひ、と喉から変な声が漏れる。 ねじ込まれた結合部がみちみちと広げられると、唯一俺の身体を支えてくれている本棚に縋った腕さえずるずると滑って崩れ落ちてしまいそうだ。 「う……く……も、いかせ……」 その上ヨシュアのゆびは少し前から俺が達しそうになるたびに、びくびくと震える屹立を戒めるようにぎゅっと塞き止めて、もう十分近くも射精を引き伸ばされていた。 焦らされすぎてがくがくと身体を痙攣させる俺のことなんてお構いなしに、ヨシュアはくちびるを滑らせて俺の弱いうなじにかじりつく。 「加減がきかなくなって、ネク君の貧相な身体なんか簡単に壊しちゃうかも」 「は、ひゅ……! はぁ、はぁ……あふ……」 びりびりと頭の芯まで痺れるような刺激に必死で耐えながら、何でもかんでも勝手に決め付けるようなヨシュアの物言いが悔しくて、なんとか反論しようと無理矢理口を開いた。 「ぁ、く……そ、なこと……する度胸、ないくせに、ぃっ……!」 「……言ってくれるね」 吐き捨てるように言った俺の言葉が気に食わなかったのか、すう、と冷えた声音でヨシュアは一言だけ囁くと、俺の屹立を握った手でその指先を強く先端に押し付けてくる。 そのまま割れ目を掻き分けるように押し広げながら、尿道口に向かってぐ、と爪をねじ込んだ。 「い、あ、あぁ……っ!」 「いいの、そんなこと言って。ホントに壊しちゃうよ?」 「ひぃ、……いぐ、やあぁ……あ……あっ……ぃ、いた、い……よしゅ、よひゅあぁっ」 ぐぢ、と不可解な音を立ててヨシュアのゆびが尿道に埋まる感覚に、みちみちと押し広げられる痛みと未知への恐怖でがちがちと歯の根が合わなくなる。 「やめ、ぇ……はひ、はぁ、ふ……あふ、うぅ……っ」 「ねぇ。約束してよ」 「よ、ひゅぅ……っよひゅあぁ……! ひや、いやぁ、はあぁ……!」 「もうこっちに来たりしないって、RGでいい子に待ってるってさ」 爪の先で尿道を犯したまま容赦なく腰を動かされて、内部から響く快感と前をくじられる痛みとの境目すら曖昧になっていく感覚に、閉じられなくなった口からひっきりなしに唾液と嗚咽が漏れる。 けれど、それでも甘い声で囁かれるヨシュアの誘惑に屈するものかと頭を振って、思い切り歯を食いしばった。 「ひぐっ……ぅ、くぅ……ぜ、ぜった、い……やだっ……!」 ぼろぼろと目尻からこぼれる涙でもう何も見えなかったけれど、はぁ、と心底呆れたような、深い深いため息がヨシュアのくちびるから漏れたのだけは分かる。 「まったく……聞き分けのない子」 「あ、やあぁ……! だめ、だめぇ……よひゅあぁっ……!」 すると、突き放すような声音とは対照的に優しい仕草でヨシュアの指先が俺の頬を撫でて、ぱたぱたとみっともなくこぼれる涙を拭った。 くぷ、と音を立てて尿道に食い込んでいたゆびが抜け出て、先ほどまでの乱暴な扱いが嘘のようにやんわりと屹立を握られる。 「らめぇ、そ、なしたらぁっ……ひっちゃ、いっちゃうよぉ……! はぁ、はう、ぅ……っ」 「もう、いいよ」 「ひ、ぅ……やら、ぁ……でちゃ、れちゃあぁ……」 「ほら……いいよ、出して」 先走りと精液にまみれた屹立をぎゅ、ぎゅ、と弱いところばかり苛められて、そんな風にされたらくちゅくちゅとはしたない水音が嫌でも立ってしまう。 まだヨシュアに、俺はどんなヨシュアでも構わないんだって、こんなのなんてことないんだって証明できていないのに。前を優しく愛撫されながら、じゅぷ、と音を立ててお腹の中の粘膜をめちゃくちゃにされてしまうと、もうまともな意識を保っていることができなくなる。 「よしゅあ、よしゅあ、ぁ……!」 ぐぐ、と最奥までヨシュアのものを咥え込まされる感触と同時に、欲望を吐き出す生々しい快楽に溺れながら、がくん、と大げさに揺れる身体と共に意識を手放した。 「う……?」 目を覚ますと、真っ先に目に入ったのは俺の額に優しく置かれたヨシュアの手のひらと、白い指先だった。それから徐々に視覚以外の感覚が戻ってきて、柔らかく身体を包む布団の温かさと清潔なシーツの匂いを感じる。 「あれ、起きちゃった? まだ寝てていいのに」 額に触れていた心地よいひんやりとした感触が離れて行くのが名残惜しくて咄嗟に目で追うと、視線を下げていった先にあったのは怜悧な美貌を湛えるヨシュアの端正な顔立ちだった。ベッドの端に腰掛けて、あどけなさの抜けたその容姿は変わらず子ども姿のときよりも冷たい印象をこちらに与えたけれど、先ほどの様子とは打って変わってその透き通るような瞳にはどこか心配そうな色が濃く映し出されている。 「よ、しゅあ」 ああ、そういえば途中で気を失ってしまったんだったとか、ベッドがあるということはここはヨシュアの寝室だろうかとか、あれだと俺はヨシュアの試験に不合格だっただろうかとか色々なことが頭を巡って、言いたいことも、言うべきこともたくさんあったような気がするのだけれど、ぼんやりと霞がかったような意識の中で、思いつく端からどんどんと霧散して行ってしまう。 「うん」 寝言のような俺の呼びかけにも律儀に返事を返しながら、やんわりと前髪を梳いてくれる指先は優しい。つい先ほどまで散々俺を嬲って、素っ気なく振舞っていたヨシュアだけれど、やっぱりヨシュアはヨシュアじゃないかと指先から滲み出る優しさにじわじわと熱いものが込み上げてきて、泣きそうになる。 そんな寝ぼけた頭でも、ふとこれだけは言っておかなければと急激に強い衝動が俺を襲って、なんとか痺れる舌を回そうとまごつくくちびるを、一も二もなく開いていた。 「俺、は」 「うん?」 「おれ、絶対……ヨシュアに会いにくる、の、やめない……から」 傍から見てもどこから見ても、どうやったって寝ぼけているようにしか見えないだろう俺の口から出た言葉に、ヨシュアは心底呆れた様子で、はぁ、とため息をつきながら肩を落とすのが見える。 「ホントに……ネク君も強情だねぇ」 「ヨシュア、だって」 「あれだけされて、まだ懲りないなんて」 やだやだ、と大げさに肩を竦めてぼやきながらも、やっぱり俺を見つめるヨシュアのスミレ色は優しい。 「ネク君ってなんなの? マゾなの?」 「な……んだよ、それ……」 呆れた顔でそんなことを口にするヨシュアのあまりの言い草に反論しようとしても腹に力が入らなくて、悔しさにぐっとくちびるを噛んだ。そんな俺の様子を見て、くちびるをするすると優しく撫でる指先に、俺の身体は素直なものでそのままほだされるようにゆるゆると力が抜けてしまう。 「もう、いいからさ」 「よ、しゅ」 「ネク君の好きにしなよ」 唐突に落とされた許しの声に、思わず目を見開いた。本当はそのまま起き上がりたいほどだったのだけれど、ぐったりと横たわる身体に力を入れることができない。 「ほんと、か?」 仕方なく反射的に声だけを上げるに留めた俺へと、素直にこくりとうなずいてみせるヨシュアが信じられなくて、思わずぽかんと見つめる。 「けど、どうなったって……今日より酷いことになったって、知らないんだからね」 困ったように笑うヨシュアはオトナの顔をしていたけれど、やっぱりどう見たっていつものヨシュアで、優しくてキレイで、そんなヨシュアが俺に酷いことなんてできるはずがないと思った。だって、俺はヨシュアに壊されたって、何をされたっていいと思っているわけで、だから俺にとっての酷いことなんて、ヨシュアにできるはずがないのだ。 俺の嫌いなヨシュアなんて、そんなもの、このせかいのどこにも存在しないのだから。 「ちゃんと、後で部屋まで送ってあげるから」 「ん……ふぁ……」 ヨシュアのゆびが優しく俺のまぶたを閉じさせて、それだけの仕草で俺の身体はあっという間に眠気を呼び込んでしまう。 「今は、ゆっくりおやすみ」 そんな風に慈愛に満ちた声音で囁くヨシュアに、俺はヨシュアになら何をされたって、痛くても苦しくても構わないんだって言ってやりたくて。 ただ一緒にいられるだけでいいんだって言ってやりたくて、けれども歌うように頭の中へと流れるヨシュアの声に意識を保っていることができなくなってしまって、そのまま優しい眠りの底へと落ちていった。 ごちゃごちゃしつつ結局いちゃいちゃしたいだけ。 二人を取り巻く状況がようやく動き始めたような、そうでもないような。 20091224 →もどる |