※性描写を含みます。ご注意ください。





 残された俺はただぼんやりとその場に座り込んでいることしかできなくて、あまりに色々なことが一度にありすぎたせいで頭がついていかない。
「どうしたの? ぼんやりして」
「……」
「そんなところにいないで、こっちおいで」
 のろのろと頭を動かして見上げたヨシュアは、優しく微笑みながらぽんぽんと自身の膝を叩いていて、そのあまりにもいつもどおりの様子にじんわりと涙が込み上げてくる。
「ぅ……ふ、ぇ……しゅあ、の……ばかぁ……」
「うん?」
「お、れ……あんな、の……やだ、って、いっ……いった、のにっ」
 言いたいことがありすぎて、なのに嗚咽でつっかえる喉は上手く動いてくれなくて、何から伝えればいいのかわからないのがもどかしかった。いっそヨシュアなんか嫌いだと言ってしまえれば、どんなにか楽だろうと思うのに。
「ああ、ごめんね」
「っ……」
「じゃあ慰めてあげるから、おいで?」
 そんな風にやわらかい声音で囁きながら、流れるような動作で差し出されたヨシュアの手のひらに、俺はどうしたって逆らえないのだ。結局頭の中はぐちゃぐちゃのまま、ヨシュアの声音に操られるように差し伸べられた手を取って、いつでもその脚の長さを持て余している膝の上に収まってしまった。
「泣いちゃうくらい嫌だったの?」
「……ふ、ぅく……」
「それとも、泣いちゃうくらい気持ちよかった?」
 まるで悪びれないヨシュアの言葉に思わずきっ、と睨むと、ヨシュアは困ったように眉を下げて、詫びるように俺の濡れた頬を優しく撫でる。けれど後から後から溢れ出る涙と、ずるずると先ほどからすすりっ放しの鼻で、ヨシュアのゆびでは拭いきれないくらい俺の顔はぐちゃぐちゃだ。
 結局ヨシュアは諦めたようにポケットからハンカチを取り出すと、やんわりと俺の顔を拭って、鼻までかんでくれた。されるがままに従ってしまう俺も悪いのだけれど、まるで幼い子どもにするかのような徹底ぶりになんとなく釈然としないものを感じる。
「……んぅ……仕事、は?」
「うん? 急ぎのはさっきのだけだよ」
 ハンカチを仕舞い終えて再び俺の腰を抱くヨシュアは、もう今日は俺以外の相手をする気はなさそうだ。そもそもは仕事前に朝っぱらから俺が盛ってしまったのが悪いのだけれど、でも、それにしたって、あんなのは。
「バカ、っしゅあ……」
 強引に腰を抱き寄せる腕に素直に身を任せることができず、ぐずぐずとごねていると、ヨシュアは相変わらず優しく微笑みながら俺の顔にくちびるを寄せてきた。
 ちゅ、とついばむように口づけられて、先ほどの指揮者の彼女との光景が頭をよぎる。
「う、やだ……っヨシュア……!」
「どうしたの? キス、いや?」
「ふは、ぅ……や、にが、ぃ、の……っやら……」
 ヨシュアの形のいいくちびるから俺の知らない味がするのが嫌で、必死にその胸を押し返した。どうしてヨシュアはそのくちびるで俺にキスができるんだろうと考えて、泣きたくなる。
「いや?」
「んん……や、だ……」
「じゃあ、ちゃんとネク君の味になるまでキスして?」
 けれど、そんなことを言われて再び顔を寄せられると、なんだかどうしても今すぐヨシュアのくちびるから俺の知らない匂いを消してしまわなければいけない気がして、気づけば自分から目の前のやわらかなくちびるに口づけていた。
「ん、んくぅ……んん、ふ……ぅく、うぅ」
 濡れたくちびるからそのまま舌を辿り、口内へと入り込むと、歯列をなぞって、口腔の奥の粘膜まで暴き立てるように夢中で舌を動かす。そのうちに少しずつ苦味が消えて、本来のヨシュアのくちびるの味になっていくのを感じると、もうヨシュアの唾液を求めるのを止めることができなくなっていた。
「んく、ぁ……はぁ……っしゅあ、なんか」
「なあに?」
「んんぅ……よしゅあ、なんか、ぁ……っ、ん、はふ……あぅ、う」
 くちゅ、と濡れた音を立てて時折ヨシュアの舌が優しく応えてくれるたびに、とろとろと注がれる唾液を飲み下すたびに、頭の中からじくじくと痺れて行くようでどうしようもなく身体が疼く。けれど、欲求に突き動かされるまま揺れてしまいそうになる腰はヨシュアの腕にしっかりと抱かれていて、逃がすことのできない熱がじわじわと身体の中で痛みになっていた。
「僕なんか……?」
「んは、ぁ……よしゅ、なんか……しゅあなんか、ぁ……あふ、んゃ、はぁっ……はうぅ」
「ちゃんと言ってくれなきゃわかんないよ」
「んん……は、くぅ……も、きす、ぅ、ばっかりぃ……やらぁ……」
 尖った歯で舌を食まれるたびにびりびりと痺れるような快感が走るのが怖くて、力の入らなくなってしまった手でなんとかヨシュアの胸を押し返そうとしても、やんわりと頬に添えられただけの手に阻まれてそれも叶わない。
「どうして? ネク君キスするの好きでしょ?」
「は、ひゅ……あふ、ぁ、あうぅ」
「ああ、それとも……キスだけでいっちゃいそうだから……?」
 無邪気に首をかしげるヨシュアの、頬を支えていた手がするりと滑って、いつの間にか勃起してヨシュアの服を先走りで汚している屹立をゆるゆると撫でられた。それだけの刺激で、がくんと身体が揺れる。
「うぁ、あぁ……っだめ、らめ、え、ぇ……!」
「ふふ、さっきあんなに出したのに……困った子」
「っはふ、んぁ……ゃら、さわ、ちゃ、ぁ、あっ……んく、んくぅ」
 くちびるは離れないまま絶えず嬲られて、舌を引っ張ったまま性器の割れ目をくじられると、もはや閉じられなくなってしまった口からだらだらとみっともなく唾液がこぼれた。顎を伝う唾液を舐め取るヨシュアの舌の動きだけで、ひくん、ひくん、と大げさなほどに身体が痙攣してしまう。
「んあ、ぁ……っはふ、はうぅ……えあぁ……」
「ネク君、キス上手にできたから」
「ん、ぅ……あ……?」
「ここも、僕のかたちに戻してあげないとね?」
 ちゅく、と尻に何か熱いものが当たる感触に思わず腰を跳ねさせると、いつのまにか取り出されたヨシュアの性器が俺の後孔に押し当てられていた。未だ閉じきらないそこにヨシュアの熱を擦り付けられて、再び高ぶった身体ではどうしたってヨシュアのことを求めてしまうのを止めることはできない。
「うぅ……っよしゅあ、なんかぁ……」
「うん」
 あんなことして、意地悪なヨシュアなんか。俺のこと苛めて、酷いことする、ヨシュアなんか。
「……ふ、ぅ……すきぃ……」
「知ってるよ?」
「っく、ふえぇ……だいすき、ぃ……っ」
 くるくるとぱくつくフチをくすぐって、物欲しげに開閉する後孔を弄ぶ屹立の熱さにもう我慢なんてできなくて、ゆっくりと貫かれる感触に身をゆだねた。


 ヨシュアの膝の上で温かい胸に凭れたまま、ぽんぽんとゆりかごのような優しいリズムで背中を撫でられていると、うとうとと眠くなって頭がぼうっとしてくる。
 でもきっとそんな状態でなかったら、こんなこと聞けなかっただろう。ずっと気になって気になってしょうがなかったけれど、肯定されてしまったらと思うとやっぱり怖かったから。
「あの人とも、こ、ゆこと、した?」
「うん?」
「した……?」
 彼女に愛撫されていたとき、『前してくれたみたいに』と言ったヨシュアの言葉がずっと頭の中で引っかかっていた。ということは、同じことを彼女はヨシュアにしていたのだ。あんな、考えるだけで眩暈がするようないやらしいことを。
 ヨシュアの気ままな性格を考えると、下手すれば渋谷中の女性と関係を持っていてもおかしくないとも思ってしまうのだけれど、指揮者の彼女は身近な存在なだけにやっぱり気になってしまう。昔のことをとやかく言ってもしょうがないとは思うけれど、俺をこちら側に連れてきてからもそんなことがあったのだとしたらと考えてしまって、やっぱり心は晴れなかった。
「してないよ」
 けれど、あまりにもあっさりと言われたヨシュアの言葉に思わず拍子抜けしてしまう。
「へ……」
「してないよ?」
「ほ……ホント、に?」
「うん。っていうか、ネク君と会ってからは誰ともしてないし」
 最悪、自分の中から湧き出てくる嫌な気持ちをずっと抱えたままでもヨシュアと一緒にいる覚悟だったのだけれど、思わぬ返答にさぞかし俺は間抜けな顔をしていたことだろう。
「ミツキ君には、ネク君と会うよりずっと前にお手伝いしてもらってただけだし」
「う……そ、なのか……」
「ちょっと抜いてもらっただけで、そういえばミツキ君のこと抱いたことはないね」
 直接的な言葉にどきっとしてしまったけれど、でもそれよりも俺に会ってからは誰ともしていないらしい、という事実の方が俺には重要だった。
 ヨシュアはキレイで、こんなに格好いいのに。遊ぶ相手なんか、腐るほどいそうなのに。
「そっか」
「うん、安心した?」
「そっか……」
 どうしたって俺はヨシュアのこと嫌いになんかなれないのだから、たとえヨシュアのその言葉が嘘だったとしても、こうして膝の上で甘える権利を誰にも明け渡したりなんかしないのだ。でも、ヨシュアの無邪気なスミレ色はどこまでも澄んだ色をしていたから、きっと嘘ではないと俺はちゃんと信じられるのだけれど。
 ただ、明日も変わらずこの部屋に訪れるであろう彼女と、一体どんな顔をして会えばいいのやら、というのはちょっとした悩みの種になりそうだった。



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