※性描写を含みます。ご注意ください。




 靴を取り出そうと下駄箱を開けると、可愛らしい金のリボンと赤い包装紙に包まれた小さな箱。
 それが目に入った瞬間、本日何度目か分からないため息が口から漏れた。

 今日はバレンタインデー、の前日だ。
 当日である明日は休日と被っているから、同世代の女子たちは今日この日に勝負を賭けているらしい。
 中学のころは周りなんてどうでもいいとばかりに振舞っていたから、チョコレートなんて母親から貰う分と、顔も思い出せないような見も知らぬ女子から一、二個貰う位だった。
 それも、くだらないと言って母親からの分以外は食べもせずにゴミ箱行きだ。母親の分はその場で食べないとなぜか親父が泣くので、仕方なく食べていた。今考えるとあまりのひどさに自分でも呆れてしまう。
 それが、高校に入って周囲の環境ががらりと変わってから、チョコレートの数もあからさまに変わった。
 たしかに以前のような酷い振る舞いはしていないけれど、まさか休み時間ごとに女子に呼び出されるなどという漫画のような体験を自分がするとは思ってもいなかった。
 あからさまな本命チョコレートともなると気軽に受け取るわけにはいかないから、直接渡される分についてはその都度丁重に断った。問題は、下駄箱や机の中などにこっそりと入れられる分である。
 クラスや名前は添えられたカードに書いてあるから送り主に返却すればいいのかもしれないけれど、その場で断るならともかくわざわざ返しに行く、というのはこちらとしても気まずい。
 なので、そちらの分についてはありがたく受け取ることにして、交際を求めるようなメッセージをくれた子には後日ちゃんと断りに行くようにしていた。
 紙袋に何個もチョコレートを詰めて持って帰ると母親が喜んだので、まあそれはそれでよしとしたのだ。
 というのが、去年の話である。
 今年は、直接渡すと受け取ってもらえないらしいという印象を植え付けてしまったのか、困ったことにやたらと下駄箱やら机の中やら鞄の中やら、果てはロッカーにまでチョコレートが投入されていた。
 直接渡すにしても、今年はなんとも手が込んでいる。クラスの男子全員にチョコを恵んでいるような子から気軽に渡される物については俺も気兼ねなく貰うのだけれど、開けてみたら熱烈なラブレターが添えられていました、なんていうのもザラだった。
 今の俺にはヨシュアがいるし、ちゃんと返却に行こうかと考えていたのだが、体育の授業から戻ったり、移動教室から帰るたびにチョコレートが増えているのを見るうちに段々どうでもよくなってきた。
 今やロッカーに隠していたチョコレートも、大き目の紙袋に入れてくれた子の分にまとめて机の横に堂々とかけてある。というか、量が増えすぎて資料集やジャージなども収まっているロッカーには入らなくなったのだ。もはややけくそである。
「桜庭ぁ、今年も豊作ですなぁ」
 席について机に突っ伏すと、前の席の男子にからかわれるのももう慣れた。去年もこいつとは同じクラスだったから、休み時間ごとに呼び出されていた俺を目撃されている。
「豊作じゃねーっての……なんかもう、チョコの匂いだけで胸ヤケしそうだ」
「たまに俺たちも知らない間に増えてるから、びっくりするよ。女の子たち、どうやって桜庭のとこにチョコ入れてるんだろうね?」
 隣の席のヤツも入ってきてにこにこしているけれど、わかってるよ。おまえもからかいたいんだろ。
「っかんねーよ……はぁ……大体、俺の何がそんなにイイわけ?」
 俺の疑問に、二人が計ったかのようなタイミングで顔を見合わせる。
「……そういうトコがいいんじゃねーの?」
「……そういうトコがいいんじゃないかなぁ」
 なんというか、もう、意味がわからない。

 下駄箱の上段に入れられたその赤い箱をどかさないと上履きが入れられないから、仕方なく金色のリボンをつまんで片手に提げた紙袋に放り込んだ。
 今日は週末だからヨシュアがもう来ているかもしれないと、靴を履き替えて小走りに駆け出す。
 がさがさとかさばる紙袋が少し重たい。まあ、全く貰えないよりはありがたいのかもしれないけれど。
「ヨシュア、嫌な気分にならないかなぁ」
 ヨシュアも多分、同じくらいか、それ以上にチョコレートを貰っているのだろう。それを思うと、俺はなんとなく嫌な気分になる。
 ヨシュアでも、やきもちとか焼いたりするんだろうか。見たことないけど。別に、妬くような相手もいないし。
 俺の方がいつもやきもきさせられてばかりのようでそれも面白くないのだけれど、そもそも俺自身妬いてもらえるほどの価値に値するのかもわからない……などと考え始めるとへこむので、やめた。
 それよりも今は頬を撫でる冷たい風から身を守るために、コートのボタンを留める方が重要だ。


「ただいま」
 靴を脱いで玄関に上がると、ちょうど脱衣所から出てきたらしいヨシュアと出くわした。
「あ、ネク君、おかえり。洗濯機勝手に回しちゃったけど、よかった?」
 そういうヨシュアの手には、脱水を終えたらしい洗濯物が桶に山盛りになっている。
「え、ああ。さんきゅ」
「それから、朝パジャマ脱ぎっぱなしにしたでしょ? ちゃんとかけるか、洗濯物に出しておいて、って前も言ったのに」
 帰って来たら洗濯物が片付いていて、自分がいない間の粗相について小言まで言われた。いい加減慣れてきたものの、これは、なんというか。
「……通い妻……」
「何?」
「いや、なんでもない。次は気をつけるから」
 投げやりに答える俺を疑わしげな目で見つめながら、くるりと方向を変えたヨシュアは洗濯桶を抱えたままベランダに行ってしまった。
 洗濯物に夢中で俺が手に提げている紙袋には気がつかなかったらしい。奥の部屋に向かいながらなんとなく面白くなくて、ソファに腰掛けるついでにわざと目に付くように置いてみる。
 ヨシュアが洗濯物を干し終わるまで暇だ。夕飯の準備にもまだ早いし、と手持ち無沙汰にテレビの電源を入れる。以前は洗濯してもらうだけでも悪いから干すのは自分でやる、と言っていたのだけれど、何だかんだで他のことに気を取られてそのままにしてしまい、皺にしてしまった前科がある。それ以来、「ネク君、干す干すって言って結局干さないからダメ」と耳を貸してくれなくなった。
 ヨシュアは一度自分が手を付けてしまうと他人の手が入るのが気に食わないらしく、そうなると手伝うことも出来ずに大人しく引き下がるしかなかった。
 時々携帯を弄りながらぼうっとテレビを見ていると、からからとベランダの戸が開いて洗濯物を干し終えたらしいヨシュアが戻ってくる。
「ネク君、これ」
「んー?」
「さっき言ったのに」
 呆れたようにため息を吐くヨシュアの手には、先ほど無意識のうちに脱ぎ捨てたらしいコートとブレザー。
「あ、わ、悪い」
 慌てて立ち上がろうとすると、いいよ、と手振りで制された。丁寧にコートをハンガーにかけるヨシュアを見ながら、今朝のことも相俟ってさすがにバツが悪い。
「そういえば明日はバレンタインだね」
 居心地悪そうにする俺に助け舟を出すように、ヨシュアが笑いながらテレビに視線を移す。
 ほとんど眺めるだけで見ていなかったテレビを改めて見ると、どこどこのチョコレートが売り切れ、というようなどうでもいいニュースがやっていた。
「みたいだな」
「ネク君もいっぱい貰えた?」
 今日一日の学校での出来事を思い出してうんざりしながら、ソファの横に置いた紙袋に目をやる。
「へぇー」
 興味深そうに紙袋の中身を覗き込むヨシュアは、どう見ても。
「よかったね?」
 紙袋を置いて、にやにやと笑いながら隣に腰掛ける様子はどう見ても面白がっている。少しも変わらない表情に、俺の方は全然面白くない。
「メシ、食ってくだろ」
 だから、もうこの話題は続けたくなくて、無理矢理断ち切った。
「え、うん。食べさせてくれるなら」
「あっそ」
 我ながらガキくさいなと思いながらも、言葉端からにじみ出る不機嫌さを隠すことができない。
「?」
 だって、それで不思議そうな顔をするヨシュアも少しは悪いと思うのだ。
 そんな風に思ってしまう自分がもっと嫌で、早めの夕食の準備をするために立ち上がった。

「ネク君、何怒ってるんだい」
 親の躾のお陰で、食事中にテレビを見る習慣はない。ヨシュアも俺も食べている間は静かになるから、騒がしい食卓というのにはあまり縁がなかった。
 それでも、食事が終わってソファで寛いでいる今もあからさまに口数の少ない俺に、さすがのヨシュアも痺れを切らせたらしい。
「別に、怒ってないし」
 手を伸ばせばすぐ触れる距離にいて、覗き込んでくるスミレ色から逃げるように顔を逸らす。
「ウソ。じゃあなんでそんな顔してるのさ」
 す、と伸ばされたヨシュアの手が無理矢理顔を向けさせるように頬に触れて、反射的に振り払ってしまった。
「う、るさい、触るなってばっ」
「ほら、いつもそんなこと言わないのに」
 逃がさないようにと、今度は脇に投げ出した手をしっかりと掴まれる。ぐ、と縮められる距離に、逃げ出そうと思ってもこのソファの上にそんな広さはない。
「どうしたの? 僕、何かした?」
「べ、つに……何もしてない……」
 そうだ、ヨシュアは何もしてない。何もしてくれないから、悪いのだ。
 掃除だの、洗濯だのは頼まなくたってするくせに。
「ホントに?」
 ヨシュアが、やきもち焼いてくれないから!
 こちらをまっすぐに見据えて、目を逸らすことを許してくれないスミレ色の視線に耐え切れなくなって、無理矢理その胸の中に飛び込んだ。
「っと……」
「よしゅ、ヨシュアが悪いっ」
 顔が見えないようにぎゅうぎゅうと抱きつくと、ヨシュアの匂いがして、困ったような声が優しいのがずるい。
「やっぱり僕が悪いんじゃない」
 苦笑するヨシュアが、ぽんぽん、と子どもにするみたいに俺の背中を撫でる。
「だ、って」
 こんなことを言って駄々をこねる俺は、きっと丸っきり子どもなんだろうけど。
「うん」
「おれ、俺は……ヨシュア、も」
「うん?」
「いっぱい……チョコ貰ったのかな、って思ったら」
「……」
「すごく、ヤな気持ちになるのに……」
 実際口に出してみたら物凄く嫌な気分になった。なんで、ヨシュアは。
「おまえ、が、平気な顔してるから」
 なんでヨシュアは俺と同じ気持ちにならないんだろう。
 同じになればいいのに。こんな風に、胸が苦しくなればいいのに。
 ぐずぐずとごねる俺を宥めながら、ヨシュアの困ったようなため息が聞こえる。
「貰ってないよ」
 突然落とされた言葉の意味を計りかねて、思わず顔を上げた。
「え?」
「チョコ。貰ってないよ? 一つも」
 言われたことを、俄かには信じられない。ヨシュアが、バレンタインに一個も、とか。
 いやいや、信じてたまるか。
「う、ウソだっ」
「ウソじゃないってば」
「だって」
 街中を歩けば、断ったって女の人がついて来るくせに。行く人行く人がみんな振り返るくせに。
「全部断ったから」
「な……」
「渡されたけど、受け取ってないよ。明日貰ったとしても断るつもりだし、送られてきた分も送り返したから。ね? 貰ってないでしょ」
 ひらひらと、丸腰だということを表現するようにヨシュアが手を振る。
 呆然とする俺に、ヨシュアが最後の追い打ちをかけた。
「だって、ネク君がいるから」
「……」
「恋人がいるのに、受け取れないでしょ?」
 こいびと。聞きなれない単語が出てきたぞ。俺とヨシュアは恋人らしい。
 ヨシュアは、俺のこと恋人だと思ってくれてるのか?
「え、う……」
 あまりのことに、ぐうの音も出なかった。反撃できる箇所が一つも思い当たらない。
「ね?」
 ヨシュアは、ちゃんと断ってくれたのに。ちゃんと、俺のこと考えててくれたのに。
「ご、ごめ……」
 申し訳なさと恥ずかしさで、顔が上げられない。やばい、どうしよう、さっきまでとは別の意味で逃げ出したくなってきた。
「ネク君は、僕にやきもち焼いて欲しくてチョコ貰ったんだ?」
 なのに、ヨシュアの腕はぎゅっと俺の腰を抱いて、逃がしてなんてくれない。
「そ、んなの……ちが……」
 違う? 本当にそうだろうか。
 でも、受け取りたくて受け取ったわけじゃないし、ほとんどが不可抗力だったし。
 それでも、本当に受け取る気がなければ、すぐにクラスを回って返してくればよかったのだ。クラスメイトなら尚更。
 ヨシュアはどんな顔するだろうって、少しも思わなかったなんて言い切れるだろうか。
「うー……」
 何も言えない俺に、くすくすと漏れ聞こえるヨシュアの笑い声が痛い。
「ふふ、悪い子だね。チョコレートは女の子の気持ちなのに」
 するすると滑らかな指先で頬を撫でられて、ぴくん、と身体が跳ねる。
「お仕置きして欲しい?」
 顎を掴んだ手に顔を上げさせられて、そのスミレ色に覗き込まれるととても嘘なんてつけない。少なくとも、俺には無理だ。
「ん……」
 こく、と頷くと、紙袋の取っ手に結ばれていたリボンをヨシュアのゆびがしゅるりと解く。その様子を、ぼうっと見ているしか出来なかった。

 ぐちゅ、とヨシュアが俺の中で動くたびに、戒められた手がリボンの中で暴れる。ただちょうちょ結びされただけのそれは少し乱暴にしただけで解けてしまいそうで、そうしたらヨシュアが離れてしまう気がして怖かった。
「ふ、うゃ……っも、やだ、ぁ……!」
 戒められた腕をヨシュアの首に回すかたちで、不自由ながらもぎゅっとしがみつく。
 はぁはぁと整わない呼吸で、もうどんな声を出しても涙声になってしまった。
「やだ? 何がやなの?」
 俺の訴えに動きを止めたヨシュアが、代わりに腹の上で揺れる屹立の先端をぐりぐりと弄りながら俺の顔を覗き込む。
「は、ぁう、うぅ……いや、っやぁ……」
「だから、何が?」
「ぅ……も、いかせて……ぇっ……!」
 先ほどから何度も極まりそうになるたびに、動きを緩められたり、根元を強く塞き止められたりして身体中を苛む熱を吐き出すことができない。
「だした、ぃ……でちゃ、でちゃうぅ……っ」
 先端を弄くるヨシュアのゆびに性感が高まっても、射精しそうになる寸前にまたはぐらかすように手を離されて、もどかしさで気が狂いそうだった。
「ねが、よしゅあっ……おねがい、ぃ……」
「ダメだよ。お仕置きして欲しいって言ったのネク君なのに」
 再び揺さぶるように動き出されて、一度中に吐き出されたヨシュアの精液がぐぷぐぷと耳を塞いでしまいたい音を立てる。
 ただでさえ俺はなかなかヨシュアのペースに合わせられなくて、いつもヨシュアが達するまでに何度も射精してしまうのに、今日は一度も出させてもらえていない。自分で触りたくても戒められて動かせない手のひらが、ぴく、ぴく、と痙攣した。
「ひ、っく……ぃうぅ……」
 ヨシュアが動くたびに喉が引き攣れて、嗚咽もまともに漏らせなくなる。
「……め、なさ……よしゅ……ごめ、なさ」
「それは何に対してのごめんなさいなのかな?」
「あっ、ぅあ……う……だめ、さわっちゃ……あぅっ」
 あやすように囁かれる声は優しいのに、屹立をぎゅっと掴んで喋れなくするゆびは意地悪だ。
「ふふ、自分がどうしてお仕置きされてるのか分からないんだ?」
「ふえ、ぇ……めんな、さ……ごめんなさいぃ……」
 はくはくと荒く息を漏らすくちびるに、ちゅ、と柔らかく口づけられる。
「ん、んく、ぅ……も、しんじゃぅ……っへ、へんに、なっちゃ……あふ、は、あぁっ」
 べそべそと涙とよだれを垂れ流す俺の顔をヨシュアの舌が舐めるだけで、身体がおかしいくらい反応した。
「ね」
「んっ……んん、んぅ」
「ホントに、僕がこれっぽっちもやきもち焼かなかったと思う?」
「う……ふ、ぇ……?」
「そう思う?」
 俺が言葉の意味を全部理解する前に、ヨシュアは俺の身体を強く突き上げ始める。
「う、ぁ……あぁぅ、やだぁっ……でちゃ、あぁ」
「いいよ、いって」
 言葉どおり、強く揺さぶりながらヨシュアはもうそのゆびで塞き止めたりしなかった。
 けど。
「ま、って……よしゅ、ゃ、まってっ」
 このまま終わったらいけない気がして、ぎゅうっとしがみつく腕に力を込める。
「何?」
 目線を落として合わせてはくれても律動をやめてくれないヨシュアに、けほけほと咳き込みながら必死で口を開いた。
「よしゅ、よしゅあもっ……あっ、はぅっ」
「うん」
「は、ぁ……はぁ……うく、うぅ」
「僕も、何?」
「ふ……ゃ、やき、もち……やいた、っのか……?」
 ようやく最後までもつれる舌を操りきってからヨシュアの顔を見ると、一瞬驚いた後、すごく嬉しそうに笑ってくれる。
「だって、子ども同士の可愛いやり取りに妬いたりしたら、大人げなくてみっともないでしょ」
 ヨシュアの言葉をもっとちゃんと聞きたかったのにもうそんな余裕なんてなくて、強く突き上げるヨシュアの腹に屹立を擦られた瞬間、爆ぜてしまった。

「はい、これ」
 そう言ってヨシュアに差し出されたのは、華やかではないけれどシンプルで上品な包装紙に包まれた小さな箱だった。
「へ……」
「ああ、それとも、あんなにいっぱいあったらいらないかな」
「え、えっ」
「チョコ」
「い、いるっ」
 今にも取り出したコートのポケットにまた戻してしまいそうなヨシュアの手から、ひったくるように箱を奪い取る。
 ふふ、と笑う声は、それでもなんとなく嬉しそうだ。
「開けてもいいか?」
「うん、食べてみて。フルーツチョコレートなら、甘すぎなくていいかなって思ったんだけど」
 はやる気持ちを抑えながら、包装紙を変に破いてしまわないように慎重に開封する。
 箱を開けると、チョコレートの甘い香りが部屋の中に漂った。
「い、いただきます」
 何個か違う形のチョコの中から、とりあえず一粒口の中に放り込む。咀嚼する度にふわふわと甘く広がる味は、イチゴだろうか。言われたとおり甘すぎず、上品な味だ。
「おいしい?」
「う、うん」
 やばい、どうしよう。おいしいんだけど、きっとヨシュアのことだからいいお店のチョコなんだろうけど。
 それ以上にヨシュアがくれたことが嬉しくて、食べてしまうのが勿体ないなんて言ったら怒られるだろうか。いや、食べるけど、もちろん。
「ごめん、俺、何も用意してない……」
 毎年貰う側に回ってばかりいたから全然考えてもみなかったけれど、俺がヨシュアにあげたってよかったはずだ。外国では男女の別なくやり取りすると言うし。ヨシュアの生まれがどこかは知らないけれど、ちゃんと用意してくれていたということは海の向こうの風習の方が馴染み深いのかもしれない。
 まあ、俺がいるから全部断ったということは、その辺はこちらに合わせてくれているのだろうけど。
「ふふ、いいよ。僕があげたかっただけだから」
「けど……」
 もやもやする気持ちが拭い去れなくて、手元の箱に視線を落とす。落として、はたと気がついた。チョコなら目の前にあるじゃないか。
 今度は違う形の粒をつまんで、口に放り込んだ。くいくい、と服の裾を引っ張って、不思議そうに首をかしげるヨシュアのくちびるに思い切って口づける。
「ん……」
 一瞬驚いた様子だったけれど、すぐに意図を理解したらしいヨシュアのくちびるが薄く開いた。舌の上のチョコレートをヨシュアの舌に押し付けると、そのまま絡めとられる。
 かすかに感じ取れた匂いはカシスだと思うのだけれど、そのままチョコレートが溶けてしまうまでヨシュアのキスに気をとられてしまったからよく分からない。
「ん、ぅ……」
「ごちそうさま」
 ぺろ、と口蓋を舐めてから離れるくちびるが名残惜しくて、ヨシュアの胸に頬を擦りつけた。
「ど、どう?」
「うん、おいしい」
 ヨシュアのチョコだけど。俺はすごく嬉しかったから、お裾分けだ。
 でもヨシュアのチョコが嬉しい分、今日のことがますます申し訳なくて、ついおどおどと言い訳じみたことを口にしてしまう。
「他の子のチョコ、も勿体ないから食べるけど、カードくれた子には明日ちゃんと断りに行くし」
「食べるんだ?」
「う……ヨシュアに、謝りながら食べる」
「あは」
 面白いことを言ったつもりはなかったのに、ヨシュアには実に楽しそうにけらけらと笑われた。
「いいよ、別に。普通に食べなよ」
 くすくすと笑いの止まらないらしいヨシュアに抱き締められながら、ソファの上で一人反省会だ。
「来年は、ちゃんと全部断るし」
「義理くらいならいいよ? 僕もそこまで心狭くないし」
「やだ。それだと俺が納得しない」
「ネク君て案外……」
「……なんだよ」
「独占欲強いね?」
 何を今更、という顔をしたら、また笑われてしまった。納得いかない。
「ふふ、でもそれなら」
 けど、次にヨシュアに言われた言葉は笑って済ませるわけにはいかないのだ。
「来年は貰ったチョコ全部持ってきて、ネク君にやきもち焼いてもらおうかな」
「……そんなことしたら、一つ残らず俺が口移しで食べさせてやるからな」
 そう言うとヨシュアはまた笑うけど、もし本当にそんなことになったら、間違いなく実行に移してやる、と固く心に誓った。




ごく自然に来年の話をしているヨシュネクさんが書けて幸せです。 20090215

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