※性描写を含みます。ご注意ください。 「なんか新鮮だね」 ぽつりと脈絡なく落とされたヨシュアの囁きに、思わず首をかしげる。 「な、にが……?」 「床に布団って初めてだから。背中痛くない?」 言われてみると、いつものスプリングのきいたベットと今の直に床に敷かれた布団の上では、なんとなく感じが違う。衝撃が吸収されないというか。 それでも今ヨシュアと離れるのは嫌で、首に巻きつけた腕にぎゅ、と力を込めた。 「ん……だいじょう、ぶ」 「そ?」 ぐぷ、と繋がったところから音がして、でもそれはヨシュアがちゃんと俺の中にいるっていうことだから、恥ずかしいけれどやっぱりうれしい。 「よ、しゅあ」 「うん」 「ヨシュア……っ」 内部に深く自身を埋めたままなかなか動かないヨシュアに、もどかしくて腰が動きそうになる。シーツを蹴った足がずるりと滑って、じりじりとくすぶったままの熱が俺を苛んだ。 「ん、っ……」 俺が疼く身体を持て余しているのをヨシュアはとっくに分かっているだろうに、なおも弄ぶように白いゆびが耳元をくすぐる。 「み、み……さわるな、って……!」 「ふふ、ナカきつくなったね」 「やだ、ゃ」 薄い皮膚をなぶるようにピアスをいじられて、そのたびにぐじゅ、と粘膜がヨシュアを締め付けた。 浅ましい自分の身体の反応はどこまでも正直で、泣きそうになる。 「ふ……ぅ、やぁ……ヘン、なんだってば……!」 先ほどからよく分からない波が寄せては引いて、どこかに落ちていきそうな恐怖に必死にヨシュアにしがみついた。 「うん? どこが……?」 「や……わかんな……ふ、ぅく」 耳から、接合部からじくじくと鈍い痛みが体内を侵す。ヨシュアの触れた箇所から身体のどこもかしこもが、焼けるように熱い。ともすれば気がふれてしまいそうなその感覚に、もうどうやっても我慢できなくなって、ねだるようにヨシュアの腰に脚を絡ませた。 「やだ、やだぁっ……た、すけてぇ……よしゅ、よしゅあっ」 ひくつく喉に嗚咽を引っ掛けながら哀願すると、ようやくヨシュアが動いてくれる。 「ぅ、あっ」 「いいよ? ヘンになっても」 「は、はぁ……あぅ……んく……っ」 掠れた笑い声が直接鼓膜を揺さぶる感覚に、ヨシュアのくちびるが耳元に寄せられたのが分かった。緩く突き上げられると、また引きしぼるように内部が音を立てる。 「ゃ、ら……っなめちゃ」 「いや? じゃあこうする?」 「ひ、ぃあっ……やぁ、ぅ……!」 ぬるついた舌と唾液が耳たぶを撫でる感触だけでもおかしくなりそうなのに、かぷ、とピアスに噛みつかれて、大げさに身体が跳ねた。 「やあ、あぁっ」 ずる、と抜き挿しされて体内を抉られるのと、ピアスを前後に動かされる感触に掻き回されて、快感にまみれた頭ではもうわけがわからない。 「よしゅ、あ、も、いっちゃ……でちゃうぅ……!」 「お客さん用の布団汚しちゃうの?」 ふふ、と笑う声に何か答えようとしたのだけれど、はくはくと漏れる呼吸にまともな思考などあっという間に溶け出してしまった。 「いいけどね、あとでキレイにしてあげるから」 「ヨシュア、よしゅあ……っ!」 強く揺さぶられて、身体のどこかがはじけてしまったような錯覚を覚える。あまりに強い衝撃に声を上げることもできず、そのままびゅく、びゅく、とお腹の中が濡れる感触に背筋を震わせた。 なぜかずっとケーキとロウソクという言葉が頭の中で引っかかっていたのだけれど、いつものように不可解な方法で情事の跡を消しているヨシュアを見ていたら唐突に思い出した。 ちょっと待ってろ、と言い置いてなるべく静かに部屋を出る。夜のしじまに廊下のきしむ音すらやけに気になって、無意識のうちに忍び足になってキッチンまで行って帰ってきた。 手に持った白い皿に乗っているのは、小さなカットケーキだ。冷たい床から足をかばうように、心持ち早足で部屋に滑り込む。暖房で温められた空気に安心して、ほっと息をついた。 家族の人数が少ないからと、毎年クリスマスに用意されるケーキはホールではなく、小分けに切り分けられたものだ。両親が多忙なこともあるし、もう俺も高校生になったからと、クリスマスらしいことと言えばそれくらいである。今年は引っ越しの準備でばたばたしてもいたから、尚更だ。 その、いつもは人数分ぴったり用意されるケーキが、今年はなぜか一つ多かった。母親いわく、『食べ盛りだから多めに食べるかと思って』と、いうことらしい。 そのときは甘いもの好きの女の子じゃあるまいし、とそのうち食べるとだけ言い置いて濁したのだけれど、今はそんな母親に感謝したい気分だ。ほんの数時間冷蔵庫に入っていただけだから、まだクリームも固くなっていないだろう。 俺が持ってきたイチゴの乗ったケーキを見て、ヨシュアはまたあのウサギのような目をしている。 「どうしたんだい? それ」 「母さんが……余分に買ってきてたから」 遠慮したのか布団から外れて床に座っているのが寒そうで、行儀が悪いとは思いながらもヨシュアを引っ張って二人で布団に入り込んだ。どこで食べようか迷ったのだけれど、テーブルも何もない今の部屋ではどこで食べても同じである。 「ん」 「いいの?」 「どうせおまえ、まだケーキなんか食べてないだろ?」 ロウソクはないけど、とヨシュアの手に皿を押しつける。しばらく遠慮がちに困った表情を見せていたけれど、俺が握り締めていたフォークで一掬いしたケーキを口元に差し出すと、観念したように微苦笑が漏れた。 「ほら」 「ふふ」 「なんだよ」 「ううん、まさかネク君にあーんしてもらえるとは思わなくて」 「なっ」 あまりに恥ずかしい物言いに思わず引きかけた手を、今度はヨシュアに強引に掴まれた。 「いただきます」 そのまま流れるような動作でケーキの切れ端を口に運ぶヨシュアに、思わず見とれる。俺の手首を掴む細い指やら、わずかに伏せられた睫毛やらにやたらドキドキしてしまって、慌ててフォークをヨシュアの手に押しつけた。 「じ、自分で食え」 「あれ、もうサービスはおしまい?」 からかう笑い声で俺の羞恥心を煽りながらも、そのあとは大人しく生クリームとスポンジを咀嚼するヨシュアにほっと息を吐く。ヨシュアは何でも粗末に見せず美味しそうな食べ方をするから、その食事を見ているのはとても好きだ。 けれど、優雅にフォークを運ぶヨシュアをぼんやりと見ていると、先ほどから自分ばかりがドキドキさせられているようで気に食わない。 「あ」 「うん?」 「クリーム」 ヨシュアらしくない思わぬ粗相に、自然に笑いが漏れた。いつも大人っぽいヨシュアが、そうしていると低位同調の姿も相俟ってまるっきり子供のように見える。 「どこ?」 ついでに、少しばかり意趣返しさせてもらっても罰は当たらないと思ったのだ。 「ここ」 その腕を引いて顔を寄せるまではすんなりとできたのに、ぺろ、とヨシュアの口端を舐める瞬間はやっぱりドキドキしてしまって、なんとなく悔しい。 「ん……」 その上ヨシュアが目を伏せて変な声を出したりするから、余計に心臓がうるさくなった。 「ありがと」 にっこりと微笑むヨシュアは動揺するそぶりすら見せずに、一人で余裕みたいな顔をしているのがむかつく。いつだって振り回されているのは俺だけみたいじゃないか。 「ネク君は食べないの?」 「さっき食べた」 子どもっぽいとは思いながらもそんなヨシュアが面白くなくて、ついぶっきらぼうな物言いになる。 「イチゴとか」 俺の返答を聞いて最後のスポンジを口に運んでから、ヨシュアがフォークで皿の上のイチゴを指し示した。 「いいって。おまえ食べろよ」 「ふぅん?」 何を思いついたのか、いつも通りの人の悪い笑み。絶対、ろくなことじゃない。 「二人で食べたほうがおいしいよ?」 そう囁くと、ヨシュアは手にしたフォークでさく、とイチゴを刺して、キレイなくちびると白い歯で咥えた。あ、と思う暇もなくくちびるを押し付けられて、そのまま受け取った反射でイチゴを噛み潰してしまう。 「ん、っ」 変な食べ方をしたおかげで、溢れ出た果汁がくちびるからこぼれたのは断じて俺のせいではない。 「こぼれてるよ」 「よ、しゅ」 「ちゃんと食べて」 ぺろ、と俺の顎を伝う果汁を舐め取ってから、再びヨシュアのくちびるが押し付けられる。イチゴの甘酸っぱい匂いと共に舌を擦り付けられて、唾液の絡む音がやけにいやらしく聞こえた。 「ふ、あ……うゅ」 離れたくちびるを追ってしまいそうになるのは何とか堪えたけれど、上がってしまった呼吸はどうしても飲み込みきれずに勝手に漏れる。 「は……ふ……」 ヨシュア、笑ってる。むかつく。 「……は、ずかしいことするな、バカっ」 「恥ずかしいのかい?」 「当たり前だっ」 あれが恥ずかしくなかったら、こいつにとって恥ずかしいというのはどの程度なんだと問い詰めてやりたい。 「嫌だった?」 勢いのままに言い返そうとして、首をかしげて問われたヨシュアの言葉にぐ、と詰まった。 「……や、じゃ……ないけど……」 ぼそぼそと呟きながら、そんな聞き方はずるいとうつむいた。ああ、もう。こんなのヨシュアの思惑通りなんだって、分かりきったことなのに。 「ごちそうさま」 「ん……」 「プレゼントも、ありがとう」 す、と手を握られて、真摯に囁かれた言葉にますます顔が上げられない。 「お、おまえも」 「ん?」 「あ、り……がと」 ヨシュアがわざわざ俺の耳につけてくれたものの存在を思うと、かすかに感じる重みがうれしい。ヨシュアと、今こうしていられることがうれしい。 「どういたしまして」 神さまとか、イエスさまとか、俺には全然馴染みのないものだけれど、同じ意味の名前を持つヨシュアといられる今日は、きっとそれだけで聖なる夜に違いないのだ。 渋谷は今夜も華やかに彩られて、たくさんの人がスクランブル交差点を行き交っていることだろう。それでも、街中のキレイなイルミネーションではなく、俺といるのを選んでくれたヨシュアが愛しかった。 まだ、大丈夫だから。まだ、ヨシュアが帰る時間じゃないから。 ヨシュアの華奢な手に乗せられた空の皿を取り上げて、音を立てないように床に置いた。まるでそれ自体が厳かな儀式みたいに感じて、やけにうるさい心臓を押さえながらヨシュアの手を握り返す。 「ヨシュア」 それからヨシュアにくちびるを寄せて、この部屋でできる最後のキスをした。 ネク、高校二年の冬。ぐらい。 20081224 →もどる |