※性描写を含みます。ご注意ください。




「ヨシュア、俺とゲームしよう」
 そう言うと、首をかしげたヨシュアの髪が肩からさらりと滑り落ちた。

「あの銃まだ持ってるだろ?」
 ヨシュアの瞳から表情が消える。俺の大好きな、優しくて冷たいスミレ色。
「俺、コンポーザーになりたい」
 ヨシュアの首は細くて、俺の手でも簡単にへし折ってしまえそうだといつも思う。
「だから、ゲームをしよう」
 でも血管の青く透けて見える白い皮膚も、骨の浮いた首筋も、でっぱった喉仏もそれ一つが完成されたキレイなもののようで、俺なんかが手を加えるなんてできない。
 ふ、とヨシュアは弱々しいため息を漏らすと、くちびるだけで微笑んだ。
「いつか、誰かが僕を殺してこの座につくとしたら……君じゃないかなって、なんとなく思ってたよ」
 予想よりも随分早かったけどね、と次いでその瞳も笑った。
 慈愛に満ちていながらもどこか畏怖を感じさせるその表情は、いつか写真で見た聖母像のようだと思う。
「管理者になる覚悟が、この街を背負う覚悟がある?」
 まっすぐこちらを射るように向けられたまなざしに、こくりと頷いた。
「重圧に……耐えられる覚悟があるんだね?」
 念を押すように再度問いかけるヨシュアに、もう一つ大きく頷いてやる。
 そう、と吐息のような声で呟くヨシュアは嬉しそうにも、悲しそうにも見えて、俺には判断が付かなかった。
「君に会いに行くって決めたときから、僕も覚悟はしてたよ」
 折れそうな首筋に絡まる細い髪の毛がどこか卑猥で、目が離せない。
「渋谷の管理者である僕が、この街以外に大切なものなんて持ったらいけなかった」
 持ち上げられた白く冷たい指先が、そっと俺の頬を撫でる。
「でももう手遅れだけどね」
 そう言って、ヨシュアは俺の額に一つだけキスをした。
 気がついたときにはもう、手の中にずしりと重みを感じるものが握られている。冷たい感触と暗い部屋に既視感を覚えて、心臓がどくりと大きく脈打った。
「ネク君がいいなら、いいよ?」
 俺のことを縛り付けてやまないその声を聞きながら、おぼつかない頭でよろよろと立ち上がる。同じようにベッドを降りるヨシュアからなるべく距離の取れる位置まで離れた。そうは言ってもしょせん俺の部屋の中だから、距離が近すぎて狙いが定めにくいかもしれない。それでもヨシュアの銃だから大丈夫なんだろうと、ぼんやりする頭で何となく思った。
「ルールはあの時と同じでいいね。十数えたら、撃つ。簡単だよ」
 緊張で全身にどくどくと血が回っている感じがする。いつの間にかかいていた汗で滑らないように、ぎゅっと両手で銃を握りなおした。
 腕を上げて、ヨシュアの心臓を狙う位置に構える。ヨシュアの片手に握られた銃は、だらりと下げられた腕に従ったまま。
「ヨシュア」
「うん、なんかね。僕もうネク君のこと撃てないや」
 きっとネク君は何回でも僕に撃たれてくれるんだろうけど。そう呟かれる言葉がうまく理解できなかった。ふふ、と笑う表情は長い前髪に隠されてしまって、口元以外がよく見えない。
「分かってるんだけどさ、僕のほうがダメみたい。コンポーザー失格だね」
「ヨシュ」
「数えるよ?」
 呼びかけようとした俺の声を遮るように、いーち、にー、とヨシュアの穏やかな声が部屋の中を満たした。
 ヨシュアの銃口は、未だ床に向けられている。
「ヨシュア、構えろよ」
 搾り出すような声でうったえても、銃を握り締めたヨシュアの腕は上がらず、紡ぐリズムは変わらない。
 俺の震える手はがち、と音を立てながら撃鉄を起こし、引き金にゆびをかける。
 ごー、ろーく。
「ヨシュア」
 ヨシュアが少しでも構えるそぶりを見せたら、撃たないつもりだった。きっと俺もヨシュアも、どちらが撃たれてもいいと思っていたから。こんなのゲームじゃない。
 はーち、きゅーう。
 その身体を差し出すように、ヨシュアは手のひらをこちらに向けてそっと両腕を広げた。
「十」
 ぱん、と乾いた音はどこまで響いただろうか。

 気づけば俺は審判の間に立っていた。黒い部屋に、広がる闇。
 いつの間に移動していたのか、それともヨシュアを撃った時にはすでにこの部屋にいたのだろうか。
 呆然と回りを見渡すと、冷たい床に倒れたヨシュアが視界に入る。うずくまる白い影に、頭で考えるよりも先に身体が動いた。
 駆け寄ってそっと抱き上げると、だらりと力なくヨシュアの頭が下がる。ふわりと頬を滑る髪の毛はそのままで、身体もまだ温かい。この肉体が消滅していないと言うことは、まだ昏睡状態なのだろうか。けれど、静かに閉じられたまぶたも薄く開いたくちびるも、もう動かなかった。
 口端から零れて乾いた赤黒い血液がヨシュアの白い肌を汚している。ぬる、と手のひらが滑る感触に、血溜まりの中に膝を付いていたことにようやく気づいた。
 なぜか重く感じる自身の身体に鞭打って、なんとかヨシュアを抱きかかえたまま立ち上がる。重みでその足を引き摺る形になってしまったのは許して欲しい。
 ずるずると力ない身体を引っ張りながら部屋の奥に辿り着くと、冷たい玉座に一端ヨシュアを座らせた。
 ふわふわとちらつく白が視界に入って、何気なく振り返る。俺の歩いてきた道なりに続くヨシュアの血痕の上をひらり、またひらりと白い羽が舞って、瞬く間に消えていった。
 よくよく確かめると、それの大元は俺の右肩から生えているもののようだ。大きな、白い鳥のような羽。片方だけらしいそれは、反対を振り向いても何もない空間が広がっているだけだった。
 その羽が自分の身体から生えていると認識すると同時に、何かがじわりと頭の中に沁みわたる感覚を覚える。
 それは力の使い方だったり、死神に関しての知識だったり、果ては世界の仕組みに触れるようなことでもあった。それらのあらゆることがごく当たり前のことのように頭に沁みこんで、あまりの自然さにその膨大なソウルの量にすら驚かない。ヨシュアの遺してくれたものだろうか。
 コンポーザーになるということは、この羽を受け継ぐということらしい。羽が力の源というのは、死神も管理者も変わらないようだ。軽やかな見た目と対照的に、ずしりと肩に感じる重みはそのままコンポーザーであることの重みなのだろう。
 そっとヨシュアの元に屈みこむと、玉座の肘掛にぐったりと凭れている身体が薄ぼんやりし始めている。急がないと、ソウルが霧散してしまってからではまだ慣れない力を上手く使いこなせないかもしれない。
 コンポーザーになってから一番にすることは、もうずっと前から決めていた。
 ヨシュアの閉じられた青白いまぶたに恐る恐る伸ばした手を重ねる。そうしてから、衝動のままにその冷たいくちびるに口づけた。
 そのまま舌を潜り込ませたい気持ちはなんとか堪えて、反応のないくちびるを食むように柔らかくついばむ。何度か繰り返しているうちに、ひく、とヨシュアのくちびるが震えるように動いた。
 名残惜しく思いながらも離れると、淡い色の長い睫毛を震わせながらヨシュアのまぶたが持ち上がる。ぱちぱちとゆっくり瞬きを繰り返してから、今度こそはっきりそのスミレ色がこちらを向いた。
 バッジも使わずに自分のソウルを力として行使するのは初めてだったのだけれど、なんとかうまくできたらしい。
「ネク君……?」
 開口一番に口にされたのが自分の名前だったことに、思わず緩む頬が抑えられない。言葉を紡いだ瞬間口の中に広がる血の味が粘つくのか、その優美な曲線を描く眉がわずかに顰められる。
 自分の身体に施された契約に、ヨシュアは気づいただろうか。
「どうして……」
 血でべたつく口元を拭おうとするヨシュアの手を阻むように捕まえると、その肌を汚す赤に舌を伸ばしてぺろりと舐めた。広がる鉄の味が、かすかに甘く感じる自分はもうとっくにおかしくなってしまっているのかもしれない。
「ああ」
 ヨシュアの口元をキレイにしようと一心不乱に舐めていると、納得したように落とされた声音に顔を上げる。どこかぼんやりとしたその呟きに含まれていたのは、あるいは諦めだったのかもしれない。
「そっか」
 それでもふわりと微笑むスミレ色に安心して、我慢しきれずにその膝の上に乗り上げた。
 当たり前のようにするりと腰に回る腕が嬉しい。

「僕はネク君の眷属なんだね」

 満足げに囁かれた言葉を肯定するように、甘く俺を誘うそのくちびるに口づけた。


 渋谷の支配者であると同時に渋谷に縛られているヨシュアを俺のものにするには、自分が渋谷のものになるしかないと思った。
 人間である自分からいつヨシュアは離れてしまうのかと、そんな不安を抱えていることにもう耐え切れなかったのだ。だから、俺が人間でなくなればいいとそう思った。
 渋谷はヨシュアの愛した街だから、そのためにこの街を背負う覚悟をすることは容易い。
「コンポーザー、こちらの書類の署名が抜けてます」
「う、あ……ご、ごめん」
「顔が赤いようですが、どこかお加減でも?」
「な、なんでもない! ぁ、大丈夫、だからっ」
「この書類にだけ目を通していただければ、今日はおしまいですから」
 指揮者とそんなやりとりを交わしながら、なんとか今日の分の職務を終わらせる。
 まだ慣れない呼び名や立場に適応するのにいっぱいいっぱいで、彼女には迷惑をかけてばかりなのが申し訳ないけれど、今日という日も無事に過ごせたことにほっと息を吐いた。
 ヨシュアの愛した街そのままに、今も渋谷はその姿を大きく変えてはいない。コンポーザーによって制定される死神のゲームのルールも、ヨシュアが取り仕切っていたものとほぼ同じ形のまま残した。それが、俺も愛したこの街のかたちだったからだ。
「ん、く……」
 震える脚で立ち上がると、なんとか寝室の扉に向かう。
 辿り着いた扉のドアノブを回して開けば、優しい微笑が迎え入れてくれた。
「お疲れさま」
 ベッドに腰掛けてふわりと笑うヨシュアは、すらりと四肢の伸びたオトナのかたちをしている。
 もう波動を制限する必要はないからと初めて見せられたときは驚いたけれど、一緒に過ごすうちにすぐ慣れてしまった。とはいえ、強く抱き締めてくれる長い腕や、あどけなさの消えた端正な顔立ちには未だにドキドキしてしまうのだけれど。
「ふ、ぅ……ヨシュ、ア」
 がくがくと笑ってしまいそうになる膝を押してヨシュアの元に歩み寄ると、崩れ落ちるようにその身体に抱きついた。しっかりと抱きとめられて、揺るがない確かな感触に身体の疼きが余計強くなる。
「今日もお仕事がんばれた?」
「ん、んぅ……んっ……」
「また何か間違えて、ミツキ君のこと困らせたりしてない?」
「そ、なこと……してな……」
 ぎゅうぎゅうとしがみつきながら腰を擦り付ける俺を、ヨシュアは楽しそうに眺めている。
「本当に?」
 そう耳元で囁いて、背中から腰までするりと撫でられるだけで簡単に身体が震えた。
「や、っぅ……い、一回、だけ……」
「ほら、どうして嘘ついたりするの?」
「だ、って……こんな、の……集中できな……」
 ふるふると頭を振っても、ヨシュアは素知らぬ顔だ。
「こんなのって、これ?」
 いつのまにか服の中にもぐりこんでいたヨシュアの手が柔肉をかきわけて後孔に触れると、びくん、と身体が跳ねる。次いでそこに咥え込んだものを押し上げられて、ヴー、ヴーと先ほどから俺を苛み続ける振動が全身を駆け抜けた。
「や、あぁ、ぁ……! ゃだ、やぁ……」
 今日一日、朝の起き抜けに押し込まれてからずっと、ヨシュアのケータイが内部で震え続けている。
「だって、僕と離れてる間ネク君寂しくなっちゃうでしょ」
「は……ぁふ……や、だっ……ぁ」
「お仕事中に何回いっちゃったの? 下着の中、ぐちゃぐちゃだよ……?」
 くすくすと笑いながら、ヨシュアはコツ、コツ、と入り口からはみ出たケータイを指先で叩いたり、脚の間のきわを撫でたりで悪戯を止めない。
 そのたびにナカの機械を締め付けてしまって、がくがくと揺れる身体はもうとっくに限界だった。
「よしゅ……ゃ、も……抜いて、ぇ……!」
 はぁはぁと息を荒げながら懇願すると、やっぱりヨシュアは笑いながら俺の服を脱がせる。俺自身の吐き出したもので皮膚に張り付いた布地がにちゃ、と離れる冷たい感触に背筋が震えた。
「抜いちゃっていいんだ?」
「ふ……これ、こわい……から、や……」
「ふふ、怖いのが気持ちいいくせに」
 嘲るような声音と同時にケータイにゆびがかかって、ずる、と粘膜を引き摺るように抜かれた。
 それでも全部は抜かずにまた奥まで押し込んだり、かと思えば抜けそうなぎりぎりまで引き出したりの意地悪な動作を繰り返す。そのたびに湧き上がる快感と異物に犯されている恐怖のあまりのとめどなさに、もう気がふれてしまいそうだ。
「やだ、ぁ、あっ……! ぁ、ねが……ぬ、て……抜いてぇ……!」
 泣きながら何度乞うても許されず、哀願する声が掠れてしまってからようやくヨシュアはケータイを抜いてくれた。
「は、は……っふ……く……ぇ、う……」
 ひくつく喉から漏れる嗚咽が抑えられなくて、力の抜け切った身体をぐったりとヨシュアに預ける。
 それでもまだびくびくと痙攣の治まらない身体を宥めるように、ヨシュアはそっと背中を撫でてくれた。

 ヨシュアを俺のソウルに依存させてから、彼は日がな一日をこの部屋で過ごしている。
 この部屋を出ようと思えば俺のいる審判の間を通らざるをえないのだけれど、俺が出入りする以外にこの部屋の扉が開いたことはない。
 この部屋は元々彼のもので、UG自体が彼の庭のようなものなのだから好きに出歩けばいいと思うのだけれど、俺の眷属になってからというもの部屋の中ですら歩き回っているところを見たことがなかった。
 とはいえ、もし彼が少しでも俺の目の届かないところにいたなら、きっと俺は気が気でなくなってすぐに探し回ってしまうだろうことは想像に易い。そのことを、きっとヨシュアは誰よりも分かっているのだろう。
 扉を開けばいつでもヨシュアはこのベッドに腰掛けていて、優しい微笑で俺を出迎えてくれる。それだけで俺は嬉しくて、苦しくて、胸がいっぱいになって、これ以上の幸福なんて考えられない。
 ヨシュアがこんな風に戯れるのも、触れるのも、そのキレイなスミレ色に写すのも俺だけ。
 コンポーザーはこの街以外に大切なものを持つべきではない、とヨシュアは言っていたけれど、俺はそんなことはないと思う。だって、ヨシュアとこうして過ごすために、俺はすべてを投げ打ってでもこの街を守ろうとするだろうから。コンポーザーとして務めるうちに、ますますその思いは強くなった。
 今まさにヨシュアは俺のもの以外の何者でもないのだ。そう考えると奇妙な満足感が胸を満たして、手放すことなど考えられない。
 とはいえ、こんな狭い部屋ではヨシュアの伸びやかな身体は退屈しているだろう。今の仕事が落ち着いたら、また以前のようにヨシュアと街の中を散歩するのもいいかもしれない、とぼんやり思う。
 今ならきっと、しっかり手をつないでいられると思うから。
「ヨシュア、どこにも行くな」
 甘えるように目の前の身体にすがりつくと、当たり前のように強く抱き返してくれる。
「うん。ここにいるよ」
 ヨシュアの身体はどこを触っても気持ちよくて、いい匂いがして、俺に優しいばかりで困ってしまうのだけれど。
「ヨシュアは、俺のだから」
「ずっと一緒だね」
 聞き慣れない言葉に、思わず顔を上げた。
「本当に?」
「ホントだよ」
 あんなに頑なに約束を拒んでいたヨシュアが、今ではこんなたわいない約束も簡単に交わしてくれる。
 言葉と共に額に触れるくちびるも、優しく背中を撫でる手のひらも、柔らかい声も、ヨシュアの全部が愛しかった。
「すき……ヨシュア」
「うん」
「も、う」
「うん?」
 ヨシュアが首をかしげると、柔らかく揺れる髪が好きだ。それが頬をくすぐる感触に、どうしてももう我慢できない。
「ほ、欲しい……」
「いいよ」
 甘くとろけたスミレ色に、支配している俺のほうがひれ伏してしまいたくなるのはどうしてだろう。
「この身体はネク君のだもの。好きに使って?」
 ただヨシュアに優しくされるたびに、あまりにもその手は優しくて、俺のすべてを受け入れてくれることに時折不安になる。
 こんなに幸せなのに、後悔したりなんてするはずがない。けれど、ほんの時折思うのだ。ヨシュアの望みはまた別のかたちだったのではないか。俺の望みとヨシュアの望みは、もしかしたら違っていたんじゃないだろうか。
 俺は何かを間違えてしまったのか、どこで道を踏み外してしまったのか。そんなことは、今の俺にはもう分からなかった。
 それでもあのとき俺に銃口を向けすらしなかったヨシュアを信じるしか俺には術がなくて、こんな情けないコンポーザーはヨシュアに笑われてしまうと、くだらない不安など押し隠す他にないのだ。
 渦巻く感情を抱えながら、管理者としての重圧に耐えながら、それでもきっとヨシュアが変わらず抱き締めてくれるなら、きっと俺はなんだってやってのけてしまえるに違いない。
 この小さな部屋の幸福を守るために、ヨシュアと共に在るために、この先誰がこの立場を狙おうと、俺はあの玉座を明け渡したりなどしないのだ。
 ヨシュアがほんの少しのぬくもりを放り投げてくれさえすれば、俺はきっとそこが奈落の底であっても立っていられると思うから。



ダメダメだけど幸せなヨシュネクの見本市。 20081023

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