※性描写を含みます。ご注意ください。 どうしてあいつがここにいるんだろう。 キャットストリートからの帰り道。宮下公園のガード下から見上げた歩道橋に、ひらひらと手を振る白い影。 考えるよりも早く身体は勝手に駆け出していた。 逃げるように渋谷駅方面へ向かう。 なんで。どうして。疑問符がとりとめもなくぐるぐると頭の中で回る。 放課後羽狛さんの店に寄って、その帰り道だった。 もちろんあいつに会うつもりなんてなくて、会えるとも思ってなかった。 いつも通りの時間に、ごく普通に帰宅するはずだったのだから。 あの日、UGに俺を連れ込んでからしばらく、またあいつはぱたりと音沙汰をなくしていた。 あいつはいつでもおいでと言っておきながら、俺から会いに行く術なんかない。 俺が会いたいと思ったってあいつがそう思わなければどうにもならないのだ。 それに、本当は少しだけ怖かった。 UGからRGに戻されたとき、何とも言えない違和感があった。ふわふわと地に足がついていないような、奇妙な浮遊感。 自分の身体がこの世のものではないようで、不安でたまらなかった。そしてその日の夜に気が付いたのだ。 UGの俺には残しておいたとあいつが言っていた、胸の傷。 ちょうど心臓の位置に、火傷の跡のようにうっすらと浮き出ていた。RGの俺にはないはずの銃創。 それを見て、もしかしたら俺の身体はUGのものになりかけているのかもしれないと考える。 その跡は数日後にはキレイに消えていたのだけれど、UGに関われば関わるほどきっとあちら側に引っ張られてしまうのだろうとなんとなく思った。 ヨシュアに会おうと思ったら、どうしてもUGに行かざるをえない。 それでも自分がこの世から離れていくことはどうしても怖い。まだそこまでの踏ん切りが付いていないのだ。だから逃げた。 走りながら、こんな人の多い夕方の時間になりふり構わず駆けていると言うのに、誰にもぶつからないことに違和感を覚える。 走る俺を自然に避けながら、素通りしていく視線。誰もこちらを見ない。見えて、いないのだろうか。 そういえば遠目に見たあいつは大人の姿をしていた。 あいつの本当の姿だというそれは、離れていてもすぐ視界に入るほどに目を引く。 以前、大人の姿のあいつを見たときには、もう。 もう? やられた。ここはもうUGなのだ。 『どうして逃げるの?』 聞こえた声にびくりと身体が跳ねる。立ち止まって辺りを見回した。 左。右。後ろ。いない。 ほっと息を吐いたのもつかの間、続いた声で、これは直接頭に響いているものなのだと理解する。 『せっかく迎えに来てあげたのに、酷いじゃないか』 コツ、コツ、と聞こえないはずの靴音がやけにはっきり聞こえる。こんな雑踏で、紛れないはずないのに。 「は、ぁ……っは……ぅ」 全力疾走して荒くなった息が、熱い。ヘンだ。心臓がばくばくするのも、走ったせいだけじゃない。 腰の辺りから伝わる痺れに、膝が笑いそうになる。おかしい、おかしいおかしいおかしい。 異常をうったえる身体を押して、また走り出した。立ち止まってはいけない気がする。 「!?」 入り組んだ路地に身を隠そうとして、何かにぶつかった。一瞬だけ見えた蜂の巣状の光。触れると発光するそれは、ゲーム中に何度も行く道を阻んだあの壁だ。進めない。 咄嗟に身を翻して、また走り出す。しばらく走ると、またぶつかる。 壁まで使うなんて、あいつは一体どういうつもりなんだ。誘導、されているのだろうか。 それでも立ち止まることなんてできなくて、ひたすらに走りつづけた。 『ああ、そうか。かくれんぼかい?』 くすくすと直接頭の中を揺らす声に、眩暈がする。 『それならちゃんと数えないと、ルール違反だね』 いーち、にー、と暢気な声が脳内にこだまする。 その数が増えていくごとにがくがくと震えて、疼く身体が恐ろしかった。 もつれる足にもう走ることも出来なくて、咄嗟に目の前の信号機のポールにすがりつく。 どうやらスクランブル交差点まで来たらしい。 横断歩道を渡る人の波の向こうに、揺れる淡い色彩。 はーち、きゅう。 誰か。 「誰かっ……!」 咄嗟に叫んだ声は、人ごみの雑音に吸い込まれて消えた。無駄だと分かっているのに、叫ばずにいられなかった。 『十』 がく、と膝から崩れそうになって、信号機に背中を預けるようにもたれかかる。 頬をくすぐる感触に目をやると、ふわりと舞う白い羽。靴音の数と同じだけ舞い上がって、地面に落ちる前に瞬く間に消えていく。 「は……あっ……ゃ、やだっ」 コツ、とあくまでゆったり歩く間隔で響いていた靴音が、止まった。 人ごみに紛れることなく姿を現した、微笑むスミレ色がやけにはっきりと見える。 「ネク君、見ぃつけた」 それはとても厳かという言葉とは天と地ほどにかけ離れた、あまりにも暢気な死刑宣告だった。 「まったく、手間かけさせて。どうして逃げたりしたんだい?」 ふわふわと揺れる淡い色の細い髪を、白い手が掻き上げる。なんでもない動作なのに、こいつが手を上げただけで肩が跳ねた。 「ふ……ぅ、く……」 ヨシュアが声を発するたびに、些細な仕草をするたびに、は、は、と吐き出す息が荒くなる。 ぶるぶると震える膝が崩れてしまわないのが不思議なくらいだった。 「なあに、いやらしい顔して。逃げたネク君が悪いんでしょ?」 笑いながら、自身の髪をくるくるともてあそぶゆびに目が釘付けになる。なんでこんなにこいつの手が気になるんだろう。 「ネク君が会いたいって言うから会いに来たのに」 「そ、んなの……てな……」 まともに声を発することも叶わなくて、消え入りそうな声にゆるゆると首を振る。 「嘘だね。ネク君がそう思えば、僕にはちゃんと分かるよ?」 するするとヨシュアの指から零れ落ちていく髪の束。最後の一本が滑り落ちてから、ヨシュアは手を下ろした。 「ふふ、かくれんぼでしょ? 捕まっちゃった人には罰ゲームしないと」 言葉と同時に、熱くなった身体が勝手に動く。 すでに服の上からも分かるほどに反応している下肢に手が伸びた。かちゃかちゃと震えるゆびでベルトを外す。 「あっ……やだ、や……なんで……!」 自分の意志と関係なく動く身体に戸惑う気持ちとは裏腹に、早く触れたくてたまらない欲望が頭をもたげる。 唐突に訪れた自身の変化に、戸惑った。 こんなの、おかしい。こんなことしたくないのに。 「少し、ネク君の頭の中に刷り込みをさせてもらったよ。インプリント。ネク君もやったでしょ?」 微笑む瞳は悪戯が成功した子どものように嬉しそうで、無邪気だ。 ヨシュアは腕を組んで、一歩引いた場所から情けない俺の様子を悠然と見下ろしている。 「まだネク君はRGの子だからね。バッジなんて使わなくても、ちゃんと刷り込めたみたい」 笑う吐息で鼓膜を揺らす声に眩暈を感じながら、動き出した手は止まらない。ファスナーを下ろし、下着ごとずり下げると、すでに漏れ出していた先走りがつ、と糸を引いた。 ざわざわと途切れることのない雑踏の声と、人の波。UGにいるこちらの様子が人々の目に触れることはない。 分かってはいても、室外のこんな場所で恥部を晒しているという状況のあまりの恥ずかしさに、泣き出してしまいそうだった。 「やだあ、ぁ……や、いゃっ」 それでもゆびは勝手に屹立に絡んで、ぬちゅ、と濡れた音を立てる。少し扱いただけで駆け抜ける快感に、あっという間に抵抗しようという意思など奪われてしまった。 「や……ぁふ……っうぅ……」 車のクラクション、たくさんの靴音、女子高生の甲高い声。目を閉じても嫌でも感じさせられる外の空気に羞恥心が消えることはなくて、ぐずぐずと嗚咽が漏れる。 何よりも自分の一挙一動を余さず見つめているだろうスミレ色の視線を思うと、身体の震えが止まらなかった。 「こんな街中でいつのまにそんなにぐちゃぐちゃにしちゃったの? ここ、UGでよかったね」 なぶる声に、ふるふると頭が揺れる。 「ん、んぅ…んーっ」 それでもそんな言葉に身体は確かに興奮していて、より一層大胆に動く自分のゆびが信じられない。 ぎゅ、ぎゅと擦るたびに上がる水音が、ヨシュアの耳に届く前に雑踏に紛れてしまえばいいのに。 「だめ、よしゅぁ……も、っでちゃっ」 がくがくと震える腰に、寄りかかったポールの冷たさにまた涙が零れる。 自身の拙い手でもあっという間に上り詰める身体が浅ましくて、どうにかなってしまいそうだった。 「もう? 早いなぁ」 わざとらしい笑いでからかう声に、まぶたが熱くなる。 「いいよ、ちゃんと見せてごらん? 周りの人にかからないようにね」 くすくすと笑う声に、頭が真っ白になった。 「は、ゃ……っあ、あぁ……!」 散々高められた身体での射精感は度を越していて、もうもたれるだけでは身体を支えていられなかった。精液を小刻みに吐き出しながらずるずるとへたり込もうとすると、いつの間にか歩み寄っていたヨシュアに腕を掴まれる。 長い腕で再び信号機に押さえつけるように支えられながら、ぱた、ぱた、と白濁がコンクリートの地面に落ちる音を聞いた。 「まだ終わりじゃないよ?」 落とされる囁きに、のろのろと顔を上げる。嗤う、支配者の顔。 「あんな風に逃げたりする悪い子には、それなりのお仕置きをしてあげないとね」 射精の余韻で気だるい体は、それでもヨシュアの言うとおりに動く。自分の精液でべとべとに濡れた指が後ろに触れても、もう何も考えられなかった。 「ん、んんぅっ……」 つぷ、と内部に入り込む感触と、ゆびを食い締める粘膜の感触。どちらも自分のものなのに、自分の身体ではないみたいだ。 「こっちの手は、こう。触って?」 前を寛げて取り出したヨシュアのものを導かれるままに握る。そこはまだ少しも勃起していなくて、温度差に泣きたくなった。 それでも一生懸命自分の熱を移すように扱いていると、徐々に熱くなるものに鼓動が早くなる。 「そう、上手だね」 「ふ、あっ……あぁっ」 小さい子を褒めるような甘い声音と共に、ヨシュアのゆびが後ろを探る俺のそれごと押し込まれた。自分のものとばらばらに動くヨシュアのゆびが内部をかき回して、そのたびにびく、びくと粘膜が痙攣する。 ひくつく内部も、握った屹立も熱くて、もうよく分からない。 「人前でするのがそんなに気持ちよかったの? ナカ、慣らさなくてもいいみたい」 「あ、あっ」 ずる、と二本のゆびはそっけなく抜かれてしまって、喪失感にせわしなく後孔が開閉するのが分かる。 「ゃ、だ……よしゅあ……!」 泣きそうになりながら握っていた屹立を離すと、もう我慢のきかなくなってしまった身体でヨシュアの首にしがみついた。 くすくすと笑いを漏らしながら、ヨシュアの手が俺の足を掴んで高く抱え上げる。足首に絡まって、コンクリートの上にたぐまっていた制服のズボンも下着も引き抜いてしまえば、阻むものは何もない。 ぐい、と膝の裏を押されて大きく足を開く格好に、羞恥を感じる余裕なんてなかった。 そのままひくつく後孔にヨシュアの熱を押し当てられるだけで、勝手に声が上がるのを抑えられない。 「う、ぁ……は、はやく……!」 「いいの?」 吐息が耳にかかるほどの距離で囁かれて、ぞく、と震えが背中に走る。 「こんな、交差点の真ん中で」 「あ……ゃ……っはー、はぅ……」 「いっぱい人がいるのに」 「んん、んー……!」 ゆっくりと耳のふちを舐めて愛咬されるたびに、くちゅ、とひくつく後孔が音を立てた。 「こんな所で犯されたいんだ?」 「ふ、ぅ……うん、ぅんっ……」 こくこくと頷きながら、背中に感じていた冷たい鉄棒の感触は、すでに生ぬるくなっている。 言葉の度に押し当てられた熱で入り口をくすぐられながら、尚も与えられないものに気がふれてしまいそうだ。 「ホントに?」 「い、いぃ……っい、から……!」 ぐ、と先端だけ押し込まれて、内部が激しく収縮する。 「ひっ……! う、ゃ……やぁ」 「なら、ちゃんと言わないと。僕から逃げるなんて……悪いことしたときはどうするの?」 「ぁ……ご、ごめ、なさ」 「うん。それで?」 飄々と首をかしげる、冷たい声音に涙がこぼれた。なのに、その涙を拭う舌は優しい。 「は、ぁ……あ、ヨシュアの……欲しぃ……っ」 「ください、でしょ」 「ん……ふ、く……ヨシュアの、ください……!」 懇願すると同時に、一気に奥まで貫かれた。がく、と頭の中まで揺さぶられるような衝撃が走る。 開かれる熱さと暴れる粘膜に、声も出ない。 「ッ……!」 「うわ、ナカ、すごいよ? どろどろ」 揶揄るように笑う声に、ぶるぶると頭を振る。 「あ……あぁ……!」 ぐりゅ、と熱いもので奥まで貫かれる感触に、内部がびくん、びくんと痙攣した。 「ふ、ぅ……そこ、ゃ……」 無理矢理開かれた体勢にヨシュアのものがおかしな場所に擦れて、びりびりと走る快感にともすればすぐに意識が飛んでしまいそうだった。 なのにヨシュアはそんなのお構いなしに突き上げるから、もうどうしていいのかわからなくて、ひたすらにしがみついた腕に力を込める。 「う、く、よしゅあっ」 「ああ、あの子ネク君と同じ制服着てる。同級生かな?」 「はぅ、あ、あぁ」 ヨシュアが視線をやる方向に目を向けても、涙でにじむ視界ではもう何も見えなかった。 「おねだりまでして、いやらしいところ見せてあげられないのが残念だね」 交差点の騒音も、行き交う人々の声も、肌を撫でる外の空気も、ずぶずぶと溶けていく。まっすぐにただ一つだけ俺に届くのはヨシュアの声だけで、確かなものに感じるのもヨシュアの熱だけだ。 「ヨシュア、よしゅあぁ……!」 もはや嗚咽混じりになってしまっているであろう自分の声も、なんなのかもう分からない。 「ふふ、これじゃお仕置きにならないなぁ」 笑う、声。 「今度逃げたら、RGで同じことするからね?」 噛み付くような口付けと共に落とされた、その言葉のあまりの途方もなさに、気が遠くなりそうだった。 どろ、と後孔からヨシュアの精液が溢れる感触に、尚も貫かれたままの内部が痙攣する。 ぽた、ぽた、と滴る音がするたびに、コンクリートの上に水溜りが出来ているマヌケな光景を想像した。いまだ押さえつけられたままの今の体勢では見ることは叶わないけれど。 俺の耳元をくすぐっていたヨシュアのゆびが首筋を滑って、襟を締め付ける青いネクタイを掴んだ。 そのまま解いて、引き抜かれる。 それからワイシャツのボタンを外されると、すぐに胸元の傷が露になった。 「赤くなってる。なんかやらしいね」 白いゆびで直接撫でられて、力の入らない身体がひく、と小さく震える。また、RGに戻ってもしばらく消えないのだろうか。 「痛い?」 痛かった。ずきん、ずきん、と心臓が鼓動するたびに痛みが走った。 痛い、のに、ヨシュアが触れるたびにそこはじくじくと熱を持って、簡単に痛み以外の感覚に成り代わる。 「ふ……ぅ」 漏れる吐息が熱くなったのが分かったのか、ヨシュアが喉で笑った。 「まだRGで遊ばせてあげるから心配しないで」 胸が、痛い。 「でもそのときがきたら、遠慮なくネク君のこと全部もらっちゃうけど」 ヨシュアのキレイな爪に引っ掻かれる。 痛いのに、痛くない。 「ネク君が会いたいって思うたびに迎えに来てあげる」 囁く声音はまるで麻薬のようで、ずるずると俺の頭の中を侵食していく。 俺の身体が違うものになっていくのは怖いのに、ヨシュアに会いたい気持ちが抑えられるとは到底思えなかった。 「ネク君がいけないんだよ? 僕はちゃんと逃がしてあげたのに。僕のこと、探したりするから」 逃げられやしないのだ。 だって、たとえ自分が違うものになったって、こちら側の人間ではなくなってしまったって。 俺はヨシュアの傍にいたいんだって、本当はもう分かってた。 俺はどうしても間違えてばかりで、でもたとえ間違えて逃げ出したりしても、ちゃんとこうしてヨシュアが捕まえてくれるから。 「その傷が消えなくなる日が楽しみだね」 この腕という檻の中から、逃げることなんてできないのだ。 スクランブル交差点の人ごみはロマンです。 めぶさん、ありがとう! 20080919 →もどる |