※性描写を含みます。ご注意ください。




　ゆったりとした夜の散歩を嫌というほど満喫したあと、抱きつきたい衝動を抑えられていたのは玄関までだった。
　ヨシュアは初めて見るらしい俺の家の玄関や廊下を、物珍しげに見回している。
　いつも俺の部屋の窓から忍びこんでいたのだから、当然と言えば当然だ。
「ヨシュア」
　後ろ手に扉の鍵を閉めると、一も二もなく振り向いたヨシュアの胸に飛び込んだ。
　ガチャ、と自ら施錠した感触がやけにゆびに残っている。
　そのまま身構える暇もなかったらしいヨシュアは、俺の勢いのまま後ずさって、靴箱に背中をあずける形になる。
「ネク君？」
　驚いたような声がすぐ耳元から聞こえてきて、そんな近い距離にこいつがいることが嬉しくてたまらなくて、もっとと距離を縮めるようにまたぎゅう、と抱き締める腕に力を込めた。
　ときどき額に触るヘッドフォンが俺とヨシュアの間を邪魔するようで、今すぐにでも取ってやりたい。
「ネク君、痛いよ」
　困ったように笑いながら、それでも当然のようにヨシュアの腕が背中に回る。
　そのことが嬉しくてたまらなくて、二度目の「痛いよ」を聞いても、力を緩めるなんてできなかった。
　久しぶりのヨシュアの匂いに、知らず知らずのうちにほう、と溜息をつく。
　俺がここにこうしていられるのはヨシュアのおかげなんだって、今日一日でまた思い知ることになって、そのあまりの幸福に涙が出そうになった。
「今日、ちゃんと行ってきた」
「うん」
　迎えに来たこいつには分かりきったことだろうに、当たり前の報告をヨシュアは優しく俺の髪を撫でながら聞いてくれた。
「俺、小学生のとき、クラスのヤツから嫌がらせされたことあって」
「うん」
「でも、全然大したことじゃなくて、先生とかクラスの大半のヤツは味方してくれてたから」
「うん」
「こんなの全然平気だって顔して、強がってた。でも、ホントは、やっぱりショックで。学校の裏の壁グラ、そのときに見つけて。辛いときはいつも眺めてた」
　溜め込んでいた言葉は驚くくらいにするすると口をついて出てきて、でもまとまりきらないうちにあとからあとから溢れてくる気持ちが、ちゃんとヨシュアに伝わるか心配だった。
「そう……ネク君らしいね」
　普段いらぬほどにおしゃべりなこいつは、こんなときばかり余計な言葉は全部なくして、淡々と俺の話に耳を傾けてくれる。
「今日、ハチ公前行ったら、中心になってたそいつがいて」
「うん」
「目が合ったから、俺、ちゃんと自分から挨拶してやった」
「うん」
「そしたら、なんか、少しだけ話できて……そいつ、最後に、悪かったなって」
　声は震えて、情けなく聞こえていないだろうか。ちゃんと報告できているだろうか。
「えらかったね」
　幼子を褒めるようなその慈愛に満ちた声音に、子ども扱いするななんて意地を張れるほど俺はもう子供じゃなくて、ただ額に触れたくちびるの感触がとても優しかった。
　やばい、泣きそうだ。
「ヨシュアが、行けっていってくれたから、俺」
　こみ上げる涙を抑えるようになおも言い募ろうとすると、それまでうんうんと相槌を打っていたヨシュアの言葉にさえぎられた。
「僕は何もしてないよ」
　がんばったのはネク君だもんね、と視線を合わせるように覗き込まれると、情けない顔をした自分が写りこむ。
　そのスミレ色を見たらキスしたくてたまらなくなって、でもまだヨシュアの背丈に成長が追いつかない俺ではつまさき立ちにならないと届かなくて、一生懸命背伸びして口付けた。
「ん……っヨシュア……」
　震える膝で何度キスしてもヨシュアは屈んでくれなくて、ヨシュアが優しくしてくれないと、俺はひたすら言葉を募るしかできない。
「ほ、ホントは、二次会とか誘われてて」
「うん」
「でも、大人数でいるのはやっぱりまだ慣れなくて、少し疲れてて」
「うん」
「そ、それに、今日はヨシュアが来るかもって思って、早く帰りたくて、困ってたから」
　ヨシュアは、こんなこと言えなんて一言も言ってないのに、やっぱりこれはこいつの思うつぼなんだって何となく分かってた。
「だから、迎え、来てくれて……ぅ、うれしかった……っ」
　ぺろり、とヨシュアの舌が俺のくちびるを舐めて、それだけで身体が大げさに跳ねる。
「ふっ……ん、んぅ」
　ヨシュアを靴箱の戸に押さえ込むみたいに、身体を擦り付ける。
「ネク君、腰揺れてる」
「んっ……」
　ヨシュアが背中に回した手を腰まで下ろすだけで、簡単に膝から崩れそうになった。
　がくがくと震える脚を支えるように抱き締められて、逃げられないのはヨシュアのはずなのに俺のほうが拘束されてるみたいだ。
「したい……？」
　耳に息がかかるほどの距離で囁かれて、必死にこくこくと頷いた。
「し、したいっ」
　恥も外聞もかなぐり捨てて言葉にすると、ようやく屈んだヨシュアに優しくキスされた。
「全く、どこでこんなこと覚えてきたの？」
　くすくすと笑う吐息に、眩暈がする。
「し、知らな……っ」
　ヨシュア以外なんて、知らない。誰かが教えたとしたら、俺をこんな風にしたのはヨシュアなのだ。
「ふふ、いいよ。でも、ちゃんとベッドでね？」
　楽しそうに囁くと、そのまま膝を掬われて抱き上げられた。
　俗に言うお姫様だっことやらだが、羞恥を感じるような余裕は俺にはもうない。
　体重も何もヨシュアにあずけるように、その首にぎゅっとしがみついた。


「きょ、今日は俺がする」
　そう言うと震える身体を押して、ふかふかの枕を頭にヨシュアを寝そべらせてから無理やり乗っかった。
　ヨシュアは抵抗らしい抵抗はしなかったけど、まだ物言いたげにこちらを見つめてくる。
　いつもとは正反対の体勢に、なんだかとてもドキドキした。
「ホントに大丈夫かい？」
　丸きり信用してないみたいな声音で言われるなんて、心外だ。
「大丈夫じゃなかったら、最初からしないだろっ」
　本当は大丈夫かどうかなんて俺にもわからないのだけれど、そうでも言わないとすぐにでもひっくり返されそうで嫌だった。
　だって、今日はどうしても俺からしたくなってしまったのだ。
　俺はいつもヨシュアに何かしてもらってばかりで、今日はそのことを特に嫌と言うほど思い知らされて、そんなヨシュアに俺だって何かしたいと思ってもバチは当たらないと思った。
　何も最初から全部なんて無茶を言っているわけではなく、いつも通り慣らしてもらったし、大丈夫……だと思う。
「まあ、いいけどね。痛かったらやめていいよ？」
　からかい混じりの微笑みに、絶対やめないと睨みつける。
「んっ……」
　中途半端に反応しているヨシュアのものにそっと指を絡めて、恐る恐る触った。
　こんなとき俺が真似られるのはヨシュアのゆびの動きしかなくて、思い出しながら手を動かすと勝手に身体が熱くなる。
　さっきまでヨシュアのゆびに慣らされていた奥がうずいて、屹立を握る手の動きも自然と大胆になった。
　よくあるＡＶの女の人なんかは口で咥えたりするのが普通みたいだけど、俺にはまだそんな勇気はない。
　ヨシュアにそんなことをされたこともないので、そもそもやり方がわからないのもあるのだけれど。
「い、いい……？」
　手の中でどんどん大きくなるものに、ゆびさきが震える。
「うん」
　普段の声とは違う掠れたヨシュアの声音に、ドキドキする。
　いつもはヨシュアにされながら触りあいっこみたいになっていたから、こんな風に一方的にするなんてされるより恥ずかしいかもしれないと気が付いた。
　それなのにほとんどされるがままの俺を受け入れてくれていたヨシュアは、やっぱり俺より大人なのかも知れない。
「ネク君」
　名前を呼びながら、時折頬に優しく触れるゆびがうれしかった。
「ん、く」
　そろそろいいだろうかと思い、恐る恐る離した手をヨシュアの白いお腹に乗せてまたがる。
　入れやすいように後ろを自分の指で押し広げると、もちろんそんなところに自分の指を入れるなんて初めてだから、頭の中でうわーうわーって叫んでた。
　背筋の震える感覚に、にちゃ、という恥ずかしい音が聞こえて、いてもたってもいられなくなりそうだ。
「ぃ、いれる、からっ」
　確かめるようにそこにヨシュアのものを押し当てると、簡単に身体が跳ねる。
「いつでもどうぞ」
　淡い色の前髪にすけるスミレ色に射抜かれながら、ゆっくり腰を落とした。
　ヨシュアのものに押し広げられて入り込む感覚はいつもと同じはずなのに、咄嗟にいきんでしまって上手くできない。
「ん、ん……はぅ……ゃっ」
「ネク君、大丈夫？」
　は、は、と浅くなる呼吸に、心配そうに見上げてくるスミレ色が見ていられなくて、ぎゅ、と目を瞑る。
「力、抜ける？」
　問いかける声にふるふると頭を揺らすしかできない。困ったような吐息にびくりと身体がすくんだ。
　やめようかって言われるのが嫌で、うったえるように必死にまぶたを持ち上げる。
　と、ヨシュアの腹の上で揺れる屹立を掴まれて、ゆっくり扱かれた。
「ぃ、あっ、あぁっ」
　途端に今までいきんでいたのが嘘のように力が抜けてしまって、ずるりとヨシュアのものが入り込む。
「はぁ、あぁ……！　よっよしゅ、まっ」
　ぶるぶると支える膝が崩れそうで怖いのに、ずぶずぶ入り込むものに自分じゃないような声が出る。
「でも少しずつだとネク君が辛いから」
「あぁ……！　ぃやっ、ま、まって……っま」
「ほら」
「ひ、あ、あぁ」
　がく、と膝が崩れて体重のままにあっけなく腰が落ちる。
　いつもするときよりもさらに奥まで貫かれて、声も出なかった。
「ッ……！！」
　びくん、びくんと痙攣する身体は自分のものではないようで、咄嗟にヨシュアが手を掴んでくれなかったら自分がどこにいるのか分からなかったかもしれない。
　ひゅうひゅうと喉で呼吸する俺の手にヨシュアの指が絡んで、ぎゅと握られる。
　その感触に泣きたくなるくらい安心して、ぼやける視界になんとかヨシュアのスミレ色を見つけた。
「ん、んぅ」
　絡んだゆびに力を込めて握り返すと、暴れておさまりきらない内部を叱咤するようにゆっくり腰を動かす。
　とたんに走り抜ける快感に、ぎゅうぎゅうとヨシュアを締め付けてしまうのが自分で分かって、とてつもなく恥ずかしかった。
　珍しく眉根を寄せてこらえるような息を漏らすヨシュアに、何か粗相をしたのではないかと心配になる。
「い、痛い、か？」
「ううん、大丈夫だよ」
　柔らかく笑いかけられて、子供みたいに安心した。
「んっ……じゃ、じゃあ、ぁ、き、きもちぃ……？」
　とぎれとぎれに聞こえるヨシュアの吐息をもっと聞きたくて、お腹についた手でなんとか身体を支えながら必死に腰を揺らす。
「ふふ……うん、気持ちいい、よ」
　そう掠れた声で囁くヨシュアの表情が、俺の言葉ではとても表現できないくらい色っぽくて、理性なんてとっくに飛んでしまった。
　本当はそんなヨシュアにキスがしたくてたまらなかったのだけれど、この体勢では叶わなくて、その代わりみたいに強くヨシュアの手を握った。
　身体は貪欲に、もっともっとと大胆に動いてしまうのが止められない。
「ふっ、ぅ……よしゅぁ……お、おれ、なんか……ヘンっ」
　腰を揺らすたびにぐっ、ぐっと奥まで押されて、身体を暴れまわる快感にどうにかなってしまいそうだ。
「ヘンじゃないよ」
　微笑むヨシュアのスミレ色は優しいのにすごくいやらしくて、どこに視線をやればいいのかわからない。
　油断していると思い出したようにヨシュアが動く。突き上げられて、自分の中の何かが焼き切れるんじゃないかと思った。
「あ、ぁあ……う、うごかな……で、でちゃ……いぁっ」
「うん」
「ひぅ……っだめ、やだ……やだぁっ」
「いいよ、出して？」
　いやいやと必死に首を振っても、ヨシュアはやめてくれなかった。
「やぁぁ……っ！」
　爆ぜる直前、彷徨った視界に枕元のヘッドフォンのライトが目に入る。
　さっきまで赤かったランプが緑に変わる直前の、オレンジ色。
　ヨシュアのケータイを思い出す。
　あ、もうすぐ充電終わるんだと思いながら、意識が飛んでしまった。

　ことが終わると、ヨシュアはいつものように不可解な方法で俺ごと身の回りをきれいにしようとしたけど、せっかく家には俺しかいないのだからと押しとどめて、かわりばんこでシャワーを浴びた。
　初めて見るお風呂上りのヨシュアはなんとも言えず、俺には目の毒なほど色気を撒き散らしていて、これも役得かもしれないとこっそり思う。
　普段はふわふわとあちこちを向いている髪の毛がぺたりと濡れて、大人しい。
　うっかり「知らない人みたいだ」と漏らしたら、ネク君もね、と笑われて、ろくに乾かさないまま雫を垂らしている俺の髪をわしゃわしゃと拭われた。
　それは同世代の友人と当たり前のようにする、いわゆる「お泊り」のようで、隠し通せないほどにはしゃいでいただろう自分をあとから思うと、ひたすらに恥ずかしい。
　それでも微笑むヨシュアの目はやっぱり優しくて、もうそれだけでいいかと思う。
　夕飯は済ませたのかと尋ねたらまだ、という返答だったので、冷蔵庫の中の残りものを適当に温めた。
　俺はファミレスで食べてきたけど、小腹が空いたし。
　茶碗に盛られたご飯を手に、キレイな動作で箸を動かすヨシュアと同じ皿をつつくのは、なんだかとても新鮮だった。
「お前、箸持てたんだな」
「僕のことなんだと思ってるんだい」
「フォークじゃなきゃ食べられないって言われるかと思った」
「ネク君がそんな偏見の目で僕を見てたなんて、嘆かわしいよ。大体、一緒にラーメン食べたじゃない」
「そうだっけか」
「はあ。ゲーム中のネク君って、そんなに僕のこと見ててくれなかったんだ」
　ゲーム中は手軽に街中で食べられる粉物ばかり口にしていたので、白米を咀嚼するヨシュアの貴重な姿はきちんとこの目に焼きつけておこうと思う。
　お腹を満たしてからも、時間はまだ日付が変わるか変わらないくらいかだったので、キレイに取り替えたシーツに二人で寝転んだ。
　食べてすぐ横になるのはよくないと聞くけれど、今日くらいは許して欲しいと思う。
　いつもならヨシュアと会っている時間は追われるように過ぎてしまって、こんな風にのんびり過ごせているのが信じられない。
　こんな時間はもう二度と訪れないんじゃないかという考えが頭をもたげるけれど、今はひとまず頭の隅に追いやっておくことにする。
　最中に満足にできなかった分、たくさんキスをした。
　お風呂上りのヨシュアの匂いも、優しく髪を撫でるゆびも繋いだ手も、あまりに幸せすぎてそのうち胸が詰まって破裂するんじゃないかと思う。
　枕元で、ヘッドフォンのライトが待ち遠しそうにピカピカと緑色に発光している。
　その様子は現持ち主のもとに戻るのを待ちわびているようで、悪いけど、まだもう少しそこで待っていて欲しい。
　夜が明けて、こいつが窓を開けて帰るそのときまで。


エロさよりも愛情表現としてのセックスを優先してみたような、そうでもないような。
元ネタは高樹さんとのメッセからいただきました。ありがとうございます！　２００８０７２２

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