※性描写を含みます。ご注意ください。 「あ、のさ……今日は、これ脱がさないで欲しい」 これ、というのはネク君が自分を抱き締めるように握っているシャツのことだ。 今日もいつものようにネク君とベッドの上でじゃれていたのだけれど、こんなことを言われたのは初めてだった。 「いいけど、どうして?」 「ど、どうしても」 普段もネク君の喋りはどこか舌足らずだけど、今日はいつにもまして歯切れが悪い。 「なあに、っていうことは下だけ脱がせればいいのかな? チラリズムの探求? 新手のマンネリ防止なの?」 「んなわけないだろ! アホかっ」 うんうん、素に戻った突っ込みはいつもどおり威勢がいいね。 「じゃあ、どうして?」 ネク君の希望と僕の希望が沿うならもちろん叶えてあげてもいいけど、こんなに頑なになられると僕みたいな性格のやつには逆効果だとおもうんだよね。 そもそもそうしたら、ネク君に触れるところが減っちゃうじゃないか。 「ぬ、脱ぎたくないから」 「どうして脱ぎたくないの?」 う、とネク君が言葉に詰まる。 もともと他人と接触するのを拒んできたせいか、こんなとき彼は自分を表現するのが苦手だ。 どんどん突っ込まれる前に、適当にあしらって、逃げようとする。 でも僕の前ではそれは通用しないと分かっているから、言葉が出てこないのだろう。 僕みたいに口八丁手八丁の人間とは相性が悪いね。可哀想に。 「見せたくない、んだ」 やれやれ、これじゃループだ。 「だから、どうして見せたくないの? 僕にも見せられないものってなんだい」 どう考えても今更だと思うのだけど。ネク君の裸なんてしょっちゅう見てるし。 「お、前だから、見せたくない」 僕だから? 変なことを言う子だね。 「僕だから見せられないもの?」 「だ、だから」 「正直言って、僕ネク君が自分で見たことないようなところまで全部見てるんだけど。その僕に見せられないものって、何?」 「……」 眉根を寄せて口を噤む様子は、何かを我慢しているようにも見える。 まるっきり押し問答だね。 これ以上言っても無駄と判断して、する、とシャツの裾から手を滑り込ませた。荒療治ってやつ。 「や、やだ!」 予想通り、ネク君は抵抗する。 滑り込ませた手首を掴んで、押し返してくる。 「よ、ヨシュア……っ」 いやいやと首を振る彼の動作は、まるで幼い子供のそれだ。まあ、事実子供なのだけど。 でもネク君はもう片方の手で自分の胸を守るように抱えただけで、それ以上抵抗してこなかった。 ネク君が本気で抵抗すれば僕は子供の身体なのだから多少てこずるのだけど、今の彼の抵抗はどう見てもどこか弱々しい。 自分でもどうしていいのかわからないのかもしれない。 さて、どうしようか。今までのネク君の言動と行動の不一致を考える。んー。 「僕に見られたくないけど、僕にしか見せられないもの?」 「っ……!」 どうやらどんぴしゃみたいだ。 なるほどね。 見せたいけど見せられないってことか。 「だ、って」 堪え切れなかったかのように零れた言葉は、再び閉ざされたくちびるに阻まれて続かない。 青い瞳が不安げに揺れている。 夜のとばりを髣髴とさせるその深い色を、僕はきれいだと思う。 ネク君が話しやすいように、うん? と首をかしげて、促すように視線を合わせてやる。 それでネク君の感情は決壊した。 「お、俺だってどうしていいのか、わかんなくて……こんなのっ……だって、急に、こんななってて」 「うん」 「誰にも見せられないし、でも、お、お前に相談しようかと思った、けど、お前にはもっと見せられな……」 う、うーと嗚咽に変わりそうな声を堪えるようにネク君の言葉が途切れる。 その姿があまりにも愛しくて、幼い子供にするように抱き寄せて、ぽんぽんと背中を撫でた。 「うん、無理強いしてごめん」 「っふ……よしゅあ……」 「でも、ネク君もどうしていいか分からないんだよね?」 こくこくと頷く頭と一緒に、明るい色の髪が揺れる。 「じゃあ、見てもいい?」 伺うように見つめると、彼の夜色に僕の色が移りこむ。 ネク君は少し躊躇うそぶりを見せたあと、こくり、と一つだけ小さく頷いた。 どうして見せられないのか、ではなく、ただ単純に見てもいいかと聞いて欲しかったのだろう。 子供って難しいね。 手首を掴んでいた手がするりと離されると、ネク君のシャツのボタンを下から一つずつ外していく。 栄養が足りてるのか疑わしいほどに薄いお腹も、へそも、いつもどおりだ。 最後の防衛線とばかりに胸を覆っていた腕も、恐る恐るの体で脇に落とされた。 いつも第二くらいまで開いているのに今日は第一まできっちり留められているところを見ると、よほど隠したかったらしいことが伺える。 息苦しそうなボタンを外し終えて、ことさらゆっくり前の合わせをめくってみた。 「……?」 見慣れないものに首をかしげると、それまで逃げるように彷徨っていた瞳が泣きそうに歪む。 「いつから?」 先週会ったときには、こんなものはなかったはずだ。 とりあえず順を追って確かめてみることにする。 「お、とといくらい。風呂入るときに、気が付いて」 火傷、だろうか。 胸の真ん中より少し左にずれた辺り(僕から見て右側)、心臓の位置。 手指の爪ほどの大きさに丸くへこんだ皮膚の回りは、ぐるりと隆起していて、皮膚が引き攣れたようになっている。 「痛いの?」 「い、たくはない……けど、怖くて、触れなくて」 それもそうだろう。 火傷というよりは火傷アトに見える。というか、これは。 「銃創、かな」 「!」 びくん、とネク君の肩が跳ねた。 分からないまでも、もしかしたらという疑問は持っていたのだろう。 宥めるように、その揺れる髪を撫でてやる。 「心当たり、ある?」 聞いておいてなんだが、なんとなく予想はついていた。 「ゆ、めを……」 「夢?」 これを聞くのは、彼にはひどく残酷なのかもしれない。 「お前が、お前にまた会えるようになってから、もう見なくなったんだ」 「うん」 「でも、それまでは、ほとんど毎日みたいに出てきて、怖くて、眠れなくて……」 「うん」 「見なくなったはずなのに、この間お前が帰ったあと、なんでか分かんないけど、また、夢に」 ネク君の口を塞ぐべきかどうか一瞬迷った。 「お前に、撃たれる夢」 胸のアトに触れないように、やんわり抱き寄せる。 途端に、こちらに伸びる手が首筋に回って、しがみつかれた。 それはまるで母親を求める幼子の腕のようで、胸が痛む。 「うん」 謝るという選択肢は僕には存在しないので、ただ頷いた。 「お前に言っても、しょうがないのに……」 耳元で呟く声は、濡れたように揺れている。泣かせてしまったようだ。 ぎゅうぎゅうとしがみつく腕を緩ませて、宥めるように頬にキスをひとつ。潤むまぶたにもくちびるをよせた。 「でも、お前はここにいるから」 「ネク君」 「もう平気なはずなんだ……っ」 「ネク君、いいよ」 「おれ、なんで」 自分でもコントロールできないのかなおも言い募ろうとするネク君に、ちょん、とささやかに口付ける。 とたんにスイッチが切れたように大人しくなった。 「もう、いいから」 ぽす、と肩口にもたれるネク君の髪を梳く。橙に近いほどに明るい栗色のその髪は、見た目よりもずっと柔らかい。 「ん……」 「フラッシュバックってやつかな。痛いのは忘れたと思ってても、ちゃんと覚えてるんだよ」 「……うん」 「ネク君が撃たれてない世界にシフトしたから傷は残ってないはずなんだけど……UGの身体は霊体に近いし。でも、記憶は残ってるからね」 黙って僕の言葉に耳を傾けるネク君の、うずまくつむじを撫でる。 「心と身体はお互いぴったり寄り添ってるから。心が傷つけば、身体にも現れるんだよ」 そうやってただ事実を述べて、ネク君が少しでも安心するようにしかできない。 これは僕がしたことだから。 「うん」 自分の体に現れた異物の出所がはっきりしたからか、ネク君はほっとしたように溜め息を吐く。 その様子に僕も少し気が抜けた。 「触ってみてもいい?」 それは単純に好奇心からそう思ったのだけど。 嫌がられるかな。 「えっ」 怯えたようにネク君の身体がすくむ。 あ、やっぱりだめ? 「ん……と」 「だめかな」 「だ、だめとかじゃなくて」 怯えるというよりは困惑したような表情に首をかしげる。 戸惑いをあらわにするように、しがみついた腕がほどける。 「お前は、嫌じゃないのか」 「僕が? どうして?」 「気持ち悪いだろ、人の傷アトなんて」 あまりに予想斜め上からの返答に思わず眉根を寄せる。 びくっと逃げようとするネク君は、なにか勘違いしたみたいだ。 ネク君て、やっぱりヘン。 逃がさないように手首を捕まえて、シーツに縫い止める。 「ネク君は嫌じゃない?」 「俺、は別に……」 「なら、やっぱり触りたいな」 余計に困惑したように瞳が揺れて、いまにも青がこぼれ落ちそうだ。 「僕がつけた傷なのに、なんで気持ち悪いと思うの?」 「……お前って、やっぱりヘン」 それはこっちの台詞だってば。 「いい?」 「ん……」 もう一度柔らかく問えば、おどおどした様子ながら頷きが返る。 その返事を確認してから、そっと傷の回りを撫でた。途端に大きく身体が跳ねる。 「痛い?」 「あ、ち、ちがくて」 「うん」 「ちょ、ちょっとだけ、待って」 それだけでふーふーと猫のような呼吸をする彼はとても弱い生き物のようで、痛々しい。 やがて意を決したように、拘束していない方の手が僕の服の裾を握った。 それを了承ととらえて、引き攣れた皮膚に直接触れる。 堪えるようにぎゅう、と服の裾が引っ張られた。 「ネク君、怯えないで」 なるべく優しく聞こえる声音で囁く。 自分でもどうしていいのか分からないらしく、ゆるゆると首が振れる。 「あ、わ、分かってるんだ。もう、大丈夫だって」 「うん」 「けど、撃たれたときの、お前の顔が忘れられなくて」 「うん」 「お前の、目が怖くて」 「怖くて?」 「そしたら、すぐ……銃声が、聞こえるんじゃないかって」 ネク君の身体は震えていて、こんなに怯えているのに手を離そうとはしない。 トラウマの張本人にしがみついているなんて、全く奇妙な絵面だなと思う。 そんな哀れな生き物が、僕にはひどく可愛かった。 「僕の目が怖いなら、目隠しでもする?」 冗談めかして言ったのに、ネク君はやけに慌てた。 「だ、ダメ!」 ダメ? その返答は予想してなかったな。 なんでダメなの? 「お前の、今の目……優しくて、すき……だから」 だめ……と消え入りそうな声がかすかに鼓膜を揺らす。 この子は自分の言っている意味が分かっているんだろうか。 分かってないからこその殺し文句なんだろうけど。 はぁ、と思わず溜息が出る。 「ネク君」 「な、なんだよ」 「今日はもうこのままするけど、やめられないけどいい?」 まあるく晴れ渡った夜空の瞳があどけない。 「いいに決まってるだろ! やめられたほうが困るっ」 あっさり言ってくれる辺り、やっぱり分かってないなあ。 まだまだお子さまだね。 「うん」 くすくすと楽しげな笑いが意図せずとも勝手に漏れる。 やはり彼は、とても可愛い。 「僕がつけた傷なら、僕が治さなきゃでしょ?」 触れた傷アトに落としたキスで、ネク君の身体がまたちいさく跳ねた。 「ネク君の心臓の音、どくどく言ってる」 「んっ……」 傷アトを避けるようにネク君の胸にゆびを添わせる。 挿入してからもなかなか動かない僕がもどかしいのか、やけに色っぽい目で見つめ返してきた。 「僕のも聞こえる?」 催促するようにぎゅうぎゅうとしがみつく手をとって、こちらの胸元に押しつける。 ネク君は困惑したみたいだけど、少し驚いたあと、やけに恥ずかしそうに目を伏せた。 「……うん、ドキドキ、してる」 「ふふ」 恥ずかしいけど嬉しいみたいな顔。困るなあそういう表情、そそられるじゃないか。 「不思議な感じだね。ネク君が触ると、自分の鼓動が分かるよ」 「……?」 よく分からない、という顔でネク君が首をかしげると、栗色の髪が一緒に流れる。 「今はこっちに同調してるから体温も鼓動も感じるけど、向こうにいると自分の鼓動なんて分からないんだよ。所詮、向こうにいるときは死人同然だからね」 彼岸と此岸とはよく言ったものだね。あちら側と、こちら側。 だからこそのコンポーザーなのだけれど、きっとネク君には難しくてわからないね。 悲しそうに顔を歪めるネク君の、脈打つ鼓動を伝える肌をそっと撫でる。 「ネク君が生きてる証だね」 二度も自分で殺したくせに、傲慢かな。 「うん……」 でも、君がそうやって頷くから。 どうしたって僕は可愛がってあげたくなってしまうんだ。 僕の胸に押しつけた手が、そのままぎゅっとシャツの布地を掴む。 「よ、ヨシュアも、ここにいるから」 「うん」 「ちゃんと、生きてるだろ」 「……そうだね」 ソウルの結合規律でどうとでもなるこの仮初の身体も、彼がそう言うならいいんだと思う。 ぽつぽつと落とされる声が愛しい。 喋るのも辛いだろうに、分かっていてしている自分はやはり悪い大人なのだろう。 「んっ……ぅ、ヨシュア……」 焦れたように控えめに腰を揺らして、ねだるように服が引っ張られる。 ネク君の腰を抱えなおすように身じろぎすると、内部が擦れるのか、ふるふると頭を振って弱々しい声が漏れた。 鼓動を押さえる手をずらして、傷アトに触れる。 と、 「ひっ、やぁあっ」 奥を突き上げたときのような高い声が上がって、驚いた。 ネク君も自分で驚いたみたいで、しがみついた腕を離して逃げるように顔を覆う。 「ふ、ぁ、やだ……なに……!」 確かめるようにもう一度撫でると、がくがくと身体が揺れる。 「ネク君、ここ感じるの?」 「ぁっ……ゃ、ち、ちがっ」 「でもここ触ると、中がすごくきつくなるんだけど」 「ひゅぅっ……」 ほら、とこれ見よがしに舐めてみれば、びくびくと身体が跳ねる。 中がぎゅう、と狭くなって、きもちいい。 「自分が殺された傷舐められて感じるなんて、やらしいね」 「あ、あぁ……ゃだ、やぁぁ……は、ぁっさわっちゃ……!」 「触っちゃ?」 「ふぅー、っうぅ……さわんな……ぁっ」 逃げを打つ腰を掴んで、抱き寄せる。 顔が見えないのも不満だったので、覆う腕を取り払って片手でまとめて押さえ込んだ。 あは、いい眺めだね。 荒い呼吸で上下する胸の傷に舌を這わせながら、ゆっくり突き上げる。 「ひ、ぁ……! はぁ、ぅや……あぁ……っ」 押さえ付けた腕が嫌だったのか、ものすごく不満そうに睨まれてしまったので、すぐに離してあげた。 途端にしがみついてくる彼に、思わずくすくすと笑いが漏れる。 また拗ねたような顔をしているに違いないね。 若年化して未発達なこの子供の身体も、彼からしたらきっと抱きつきやすいのだろうから、それはそれで悪くないなと思った。 痛々しく自らを主張する傷アトは、そのままネク君の心の傷だ。 その傷がなければ、こんな未来はなかったのだと彼は分かっているだろうか。 だからこそ、僕はネク君の傷アトをとても愛しく思う。 あの時君を殺さなければ、なんて欠片も思わない。 きっと今この時僕が銃を向けたとしても、彼は何度だって銃口の前に身を差し出すだろう。 これは驕りでもなんでもなく、限りなく事実に近い自負だ。 「ふ、ぅ……」 やんわりとそこを撫でれば、ぐったりとしたネク君の身体がいじらしく震える。 いい加減にしろ、と睨みつけてくる夜色はとても可愛かった。 シーツの上にくたりと落ちた手を握って、指を絡める。たまにはこれくらいサービスしてもバチは当たらないよね。 驚いたように開いたてのひらが、おずおずとゆっくりと握り返してくるのを疑わない。 そんな風に彼を、ずっと幸せに騙し続けていきたいと思う。 コンポーザーの考えていることが、書いている最中も書き終わってからも未だに分かりません。 20080717 →もどる |