※性描写を含みます。ご注意ください。




「……」
 俺をもらいにきた、とこいつが言ったので、やることにした。
 なんてなんだかあからさまに上から目線だが、こいつの望むことを俺が望まないはずがないので一種の照れ隠しと思ってほしい。
 転がってシーツの波に置き去りにされた哀れなヘッドフォンをわきに避けると、ヨシュアは俺の服(寝る前だったのでパジャマがわりの上下だが)を肌蹴させて何をするでもなくまじまじと見つめてきた。
 残念ながらこういうことに関する経験はまだなかったので、何をすればいいのか分からない。
 こんなとき、どうするべきなんだろう。
 多少の知識はあるものの、やっぱりやったことのないものはどうしようもできないし、こいつの視線がまっすぐ自分を向いていて些細な身じろぎすらするのがなんだか怖い。
 なんだよ、俺の胸なんてまったいらだし、そんなに見たって楽しいことないだろ。
 見られているこちらとしてはなんだか落ち着かないやら恥ずかしいやらで、心臓はばくばくと順調に心拍数を上げるばかりだというのに。
「……なあ」
「うん?」
 少しうつむき加減だったこいつの目線が、あっさりこちらを向く。
 睨まれているわけでもないのに、こいつのスミレ色はいつも俺を射抜くようで、我知らず身構える。
 けど、なんとなく今の雰囲気もこいつの瞳の色も以前より優しい気がして、余計に落ち着かない。
 わけも分からず顔に熱が集まる。
「お、俺も、なんかしたほうがいいのか?」
「ネク君が?」
 意外そうな声音で驚かれる。なんだか心外だ。
 俺がなんかしたがっちゃ悪いのか。
「んー、ネク君が何かしてくれるって言うなら歓迎するけど。別に何もしなくても構わないよ。初めてだろうし」
 悲しいことにまったくその通りだ。
「ネク君はそのままでも、僕の好きにするからいいんじゃない」
 なんだか人の不安を煽る言い方をするやつだ。
 でもどうしていいか分からないのは確かだったので、身を任せることにする。
 俺がこいつにされてやなことなんて、細々とはあっても突き詰めればないと思う。
 本当に嫌なのはあの最後のゲームとかぐらいだし。
「そ、か」
「うん、そう」
 なんとなく身体の力が抜けると、それが合図のようにちょん、とキスをされた。
 さっきされたキスの方がいやらしかったのに、なんだかそれよりよほど恥ずかしい。
 わけも分からず流されたんじゃなくてはっきり意識したからか、じわじわと熱が全身に回る。
 いまいましいことに、やっぱりこいつの顔はドキドキするくらい綺麗なのだ。
 キスをしたくちびるがそのまま頬を滑ってくすぐったい。
 こいつの金にも銀にも見える不思議な色合いの髪が俺の顔にかかりそうでかからなくて、柔らかそうだなとか暢気なことを考える
 と、唐突にべろり、と耳に濡れた感触。
「ひゃうっ」
 あまりに不意打ちで、びくんと身体が跳ねた。
 何だ今の声どこから出たんだ。
「ネク君って耳弱そうだよね。いつもヘッドフォンで隠してたし」
「……っんなこと、な……」
 なんの根拠もない言いがかりで人の耳を舐めるなっ。
 けど、耳元に寄せられたヨシュアのくちびるからもれる吐息を感じる度に、ぞわぞわと何かがかけ上がってくる。
「そうかな?」
「ひ、やっ……」
 また濡れた感触。思わず首を竦めても、逃がしてくれない。
「あっあ、やめ……やだっ……!」
 なんだか舐められたり軽く歯をたてられたりで身構える暇もなかった。
 抵抗しようにも、手首はしっかり捕まえられてしまっている。
 そんなところくすぐったいだけのはずなのに、こんなのおかしい。
「ほら、やっぱり弱いじゃないか。くすぐったい……?」
 わざとらしく低い声で囁かれて、逃げるように首を振った。
「や、め……っも、喋んなっ!」
 どうにかしたくて両手に力を込めるが、外れない。
「ふふ、くすぐったいだけじゃなさそうだね」
 こいつの声が鼓膜を震わせる度に、お腹の辺りに熱が集まる気がする。
 ほんとはもっと下だけど、認めたくない。
 躍起になって暴れようとしたら、右手の拘束が外れた。
 とにかくこいつを黙らせたくて、伸ばした手で口を塞ぐ。
「お、まえの声……変だ……!」
 ヨシュアの一言一言で、その度に全身が粟立つ。
 こんなの変だ。絶対おかしい。
 何とかもう片方の手も解放するべくもがいているとまた、べろり、と右手を舐められた。
「ぅ、わ……!」
 思わず手を引こうとすればしっかり掴まれてしまって、逆に引き寄せられる。
 つ、と手のひらから指先まで舌を這わされて、右腕が痙攣するように震えた。
「は、ぁ……やっ」
「僕の声で感じてたの? ネク君てば物好きだなぁ」
 それぞれの指を撫で終わると、今度は指の間を甘噛みされる。
「ん、はぁっ……んく……」
 普段はそんなところ触られたって何ともないのに。
 俺がおかしいのか、こいつがおかしいのかもう分からない。
 とにかく声だけでも抑えたくて、ずり上がってきたシャツの襟を噛んだ。
 唾液でべとべとになっても、構ってられない。
「知ってる? ここって性感帯なんだって。人間って普段何気なく晒してる部分が、案外そうだったりするんだよね」
 飄々とそんなことをのたまうこいつの表情を見る勇気がなくて、とにかく目を閉じて堪えるしかなかった。
 もうどこもこいつの舌が触れてないところなんてない、というくらいまで手のひらを舐め回されると
 ようやく飽きてきたのか、あっさり解放される。
 たったそれだけなのに、もう普段の呼吸が思い出せないほど息が乱れているのが悔しかった。
 必死に呼吸を整えようとしているのに、こいつはまた違うものにターゲットを定めたらしい。
 俺の右手を離して自由になったゆびで、するすると俺の胸元を撫でる。
 たまに肋骨をなぞったりへその周りをさまよったりでくすぐったいが、さきほどまでの追い詰められる感覚ではなくてほっとする。
「ん……く、くすぐったい」
 ときおりひくひくと腹筋が痙攣するのが面白いのか、何度も行ったり来たり撫でられてほんとうにくすぐったい。
 我慢できなくなって身じろごうとすると、今までただ俺の肌の上を撫でていた手がウエストのゴムをひっぱってするりと下腹部に触れた。
「っ!」
「あは、もうこんなにしてたんだ。ごめんね」
 下着の上から撫でられて、その時点でもう勃起したものやらじんわりと布地の濡れた感触やらはばればれにちがいない。
 大したことをされたわけでもないのにそんな状態の自分が恥ずかしくて、拘束されてないほうの腕で目を覆った。
「っ……わ、るかったな……! お子様で……!」
 なんだか涙声になってしまって、そんなところまでばればれだ。ちくしょう。
「いいんじゃない? 元気な子のほうが好きだよ」
 同い年のクセになんだその言い方。
 いつも不可解なこいつだけど少し引っかかって、涙目がばれるのを承知で不審げな視線をやってみたものの案の定スルーされた。
 何事もなかったように指の動きを再開されて、問い詰める暇もない。
 濡れた布地を擦りつけるように押されて、浮き上がった形を確かめるように撫でられる。
「ふ、うぅっ……や……あぁっ」
 他人のゆびが自分の下肢を撫で回す初めての感覚にどうしたらいいのか分からなくて、ただびくびくと震えるしかなかった。
 けど、次第に服の中での制限された動きと下着の上からのじれったい快感があいまって、無意識に腰が揺れる。
「よ、よしゅあっ」
「なあに」
 潤んだ視界に写るこいつの顔は何とも楽しそうで、余裕のひとかけらもない俺とは大違いだ。
 悔しくて、じれったくて、こいつの手に押し付けるように腰を浮かせた。
「ん……んぅっ」
 こんなことして引かれたりしたらどうしようと思いながら、止めるなんてできなかった。
 絶対今日の俺はおかしい。けど、きっとそれは全部こいつのせいだ、と思うことにする。
 だからこいつが責任を取るべきなんだ。
「ちゃんと、触ってほしい?」
 子供に言って聞かせるような声音で囁かれて、こくこくと頷く。
「は、ぁ……はやく……!」
 急かすように服の裾を掴んで引っ張ると、ようやくこいつの手で下着ごと脱がされた。
 濡れたものが外気に触れて、心もとない気持ちになる。
 けどすぐにヨシュアのゆびが絡んできて、それどころじゃなくなった。
「あっ、あ」
「ほら、ネク君のどくどく言ってる。もう出ちゃいそう?」
 ぎゅ、ぎゅと強めに扱かれると抵抗できない。
「や、あ、あっ出る……やだ……!」
 もう何もわからなくて、ぶるぶると頭を振った。
 と、急にこいつの服を掴んでいた手を握られて、震える下肢に導かれる。
「ネク君は普段自分でどんな風に出してるの? こう?」
「ひっ……あ、なに……!」
 されるがままに自分のものを握らされて、上からヨシュアの手が添えられる。
「あっあぁ……! やだっなに……やぁぁっ」
 ヨシュアに、俺の手を使って扱かれる。
 もちろん普段から自分ですることはあったけれど、自分の手なのに自分の手じゃないみたいで、いつもするのとは比べ物にならないくらいの快感が襲ってくる。
 何より擬似的にヨシュアの前で自慰をしているようで、あまりの羞恥におかしくなりそうだった。
「んんぅ……っふ、ふぁ……! で、出る、やだ、はなし……」
「それとも、こう?」
「いや、あっ、やぁっ……!」
 降ってくるヨシュアの声音はあくまで優しくて、その声にすらびくびくと身体が反応する。
 あ、もう、だめだ。
「ひ、ァ、やあぁっ」
 敏感すぎて自分では触れない先端を容赦なく擦られて、あっけなく達してしまった。
 ぱたぱたと白く自分とこいつの手を汚すものを、荒い息の中で呆然と見つめる。
 表情一つ変えずに俺のゆびについた白濁を舐めとるこいつを見ていたら、だんだんとんでもないことをさせられたことに気が付いた。
 かあっと耳まで熱くなって、穴があったら入りたい気分だ。
「っおま……なんで、あんなっ……つか舐めんなっ」
 ずっとベッドに押さえつけられていたほうの手がいつの間にか自由になっていたので、顔を覆う。
「うん、なんか僕がいない時のネク君はどんな風なのかなーって、興味あって」
 ああそうかよ、興味本意であんなことさせられるこっちの身になってみろ。
 大体、一人のときにあんな風になるか。あんな感覚、全然知らない。
「あんなの、俺じゃない……!」
「うん?」
「あんなの、お、お前のせいだっ……お前が全部悪い!」
 睨み付けてやりたかったが、今はとてもこいつの顔なんて見られない。
 くすくすと漏れ聞こえる吐息に、笑われているのが悔しい。
「そうだね、そうかもね」
 顔も見たくないと思うのに覆っていた俺の手はあっさり剥がされて、スミレ色と目が合う。
 いたたまれなくて視線が泳ぐと、子供にするみたいなキスをされた。
 全然いやらしさのない行為に逆に戸惑う。
 やっぱり振り回されてばかりで悔しかった。
「続けてもいい?」
「い、今更断んな」
「はいはい」
 名残惜しそうに前髪に触れるくちびるを感じると、膝の裏を掴まれて脚を持ち上げられた。
 よくよく考えると恥ずかしい体勢だなと思ったが、どこを使うかはなんとなく分かるので我慢する。
「暴れないでね、危ないから」
 ひやりと、後ろに濡れた指が触れた。
 びくりと身体が震えたが、ヨシュアの言葉を遵守しようと堪える。
 なんだかぬるぬるしているのはさっき俺が出したものだと思い当たって、いたたまれなさに一人赤面した。
 うろうろと解すように動いていた指が、ぐ、と押し込められる。
 思っていたほどの抵抗もなくあっさり入ってしまって、逆に不安になった。
「痛くない?」
「へ、へいき……」
 痛くないわけでもないが、それよりも何かが入っている違和感のほうが気になって、落ち着かない。
 こいつの指をそんなところに入れさせていることに申し訳ない気すらしてきた。
「お、お前は……俺にこんなことするの、嫌じゃないのか」
 今更ながら疑問がわいてきて、率直にきいてみる。
 そもそも俺の身体で触って楽しいところなんてあっただろうか。
「今さら何言ってるんだい」
 一瞬驚いたあと、呆れたようにため息混じりで言われた。
「ぁ……だ、だってさ……」
 そのため息になんだか不安になって言い募ろうとすれば、ごち、と額をぶつけられる。
「全然、嫌じゃないよ。そもそも仕掛けたのは僕なのに、なんでそうなるのさ」
 困ったようなスミレ色に、嬉しいような落ち着かないような気分だ。
「そ、そうか」
「そうだよ」
 せめてもう少し綺麗なところで繋がれればいいのに、とぼんやり思っても、生まれ持った身体はこれしかないので仕方ない。
 そわそわと落ち着かなくて、そういえばさっきまで拘束されていてできなかったことができると気が付いた。
 そろそろと両手を伸ばして、こいつの首に回してみる。
 自分からこいつに触れたことはあまりなかったから嫌がられたらどうしようと思ったが、ちらりと覗いたスミレ色は驚いていたものの嫌そうではなかったのでほっとする。
 こうやってしがみついていると体温の近さに、さっきまでもやもやと渦巻いていた不安が溶けるようで、身体の力が抜けた。
 しがみついた折に触れた髪は見た目通りふわふわと柔らかくて、思った通りだなとなんとなく嬉しかった。
「ん、んっ……」
 ぐるぐると動いていた指が二本に増やされて、さきほどよりも圧迫感が強くなる。
 慣らすというよりは探るような動きに、落ち着かなくてぎゅっとしがみついた。
「ふ、あっ……ん、んく……」
 ぎゅうぎゅうと腕に力をこめると、なだめるように背中を撫でられる。
 なんだかさっきから子ども扱いされているような動作が多くて、少し不満だった。
 同い年なのに、時折ひどく大人びて見えるこいつはやっぱりずるいと思う。
 浅い呼吸を繰り返していると、探るようだったゆびがぐっと深く入り込んできた。
「ん、んんぅ……!」
 自分も知らない場所をこいつに暴かれていくようで、何だか怖い。
 どうせ晒すなら、やっぱりもっと綺麗な場所にしてくれたらいいのにと思った。
 こんなに近い距離だと、漏れる呼吸すらこいつを不快にさせるんじゃないかと心配になる。
 と、
「っ、ひぅ……!」
 深い部分を探っていたゆびが一点を掠めた瞬間、全身が跳ねた。
「はぅ、ぁ、あ、なにっ」
 まるで身に覚えのない感覚に、何がなんだかわからない。
 困惑してこいつの顔を見つめると、不思議そうに首を傾げる。
「ここ?」
「ゃあぁ……!」
 先ほどと同じように触れられて腰が跳ねる。
 びくびくと身体が引き攣れるようで、そんなところに何のためらいもなく触られるのが怖かった。
 が、こちらの反応を確認すると納得したように、中のゆびにぐ、ぐ、と押される。
「やめ、あっあぁ……や、やだ……! やあぁっ」
「本当にちゃんとあるんだね。これ、気持ちいい?」
 いつのまにか指が三本に増えていたけど、抵抗する余裕なんてなくてされるがままになる。
 俺の知らない反応をする身体が怖くて、早くなんとかして欲しかった。
「よ、よしゅあ……! も……」
「うん」
「も、もういいから……!」
 はくはくと呼吸に邪魔されながら、なんとか伝えようとヨシュアの服を引っ張る。
「いいの?」
「ん、うん……うん……!」
 こくこく頷くと、ずるりとゆびが抜けていった。
 惜しむように締め付けてしまったのは、断じて俺の意思じゃない。
 急に圧迫感のなくなった内部をもてあましながら、必死に呼吸を整えた。
 かちゃかちゃとベルトを外す音が聞こえて、これからすることを明確に教えられたようで顔が火照る。
 こいつが脱いでいるところをまじまじと見るのはなんだか悪いことのような気がして、顔を逸らしてたまの夜風に揺れるカーテンに視線をやった。
 そういえばこの間母さんが変えたときから、俺の部屋はスミレ色のカーテンになったのだった。
 こいつの瞳と同じ色だなとぼんやり思う。
「何か興味をそそられるものでもあったのかい?」
 声をかけられるまでぼーっとしていて、最中に余所見なんかするんじゃなかった、と慌てて視線をヨシュアに向ける。
 が、やっぱり見てもいいものなのかどうか困って、若干視線が泳いだ。
 ちらりと視界に入るボタンの外れたシャツだけで心臓が全力疾走を始めそうなのに、とてもじゃないけど直視はできないと思う。
「触ってもらってもいいかな」
 言われてはっとなったが、こいつにはまだ何もしていないのだから、俺だけ着々と準備を整えてしまったことに思い至る。
 さっきから俺ばっかりよくなってるじゃないか。バカめバカめ!
「わ、悪い……」
「? 何が?」
 丸っきりわからないというような顔をされて、余計に罪悪感を感じる。
 たしかにこいつは何もしなくていいって言ったけど、言ったけど!
 気づかなかった己の愚鈍さに呆れる。
「んと……」
 恐る恐る手を伸ばして触れると、完全に勃起はしていないものの、何となく熱を持っているのがわかって少し嬉しくなった。
 とはいえ人にするのなんて初めてで、戸惑う。
「こ、こうか?」
「ネク君の好きにしていいよ」
 こんなにぎこちなくて大丈夫だろうかと心配になったが、さっきのヨシュアのゆびを思い出してまねることにした。
「えと……い、いい……?」
「ふふ。うん」
 相変わらず稚拙だったが、徐々に大きさを増すものをゆびに感じてほっとする。
 時折漏れ聞こえるこいつの呼吸が乱れたり早くなったりするのを聞いて、俺も下半身に熱が集まるのが分かる。
 人に触りながら自分が気持ちよくなるなんて、なんだか気恥ずかしくて俯いた。
「ん、もういいよ」
「あっ、ああ」
 いいと言われて焦って手を離すと、なぜか笑われた。
「ネク君もいい?」
 いちいち確認しなくてもいいのに、律儀に聞いてくるこいつにこくりと頷いてやる。
 ドキドキしながら額にキスを受けると、さっきの場所に熱いものが押し当てられるのを感じた。
 怖いような不安な気持ちになってまたこいつの首にしがみつくと、俺の背中にもこいつの腕が回される。
 ぐぐ、と割り開かれる感触がして、鋭い痛みが走った。どんどん入り込もうとするものに、とっさに拒絶するように力が入る。
「ひ、う……あっ」
「っ……ネク君、力抜いて」
 俺が力を入れたらこいつが痛いんじゃと思い必死に楽にしようとしても、うまくできない。
 浅くなる呼吸にどうしていいかわからなくて、震える腕を緩めてどうにかこいつを見上げる。
「よ、……」
 名前を呼ぼうとしたけれど、うまく喋れない。
 ぱくぱくと水槽の金魚のように口を動かすと、察したようにふんわりと唇を合わせられた。
 ついばむように食まれて、呼吸の仕方を教わるようにキスされた。
 キスの合間に呼吸を促されて、深く息をすると少し身体が楽になる。
 力が抜けると、ヨシュアが深く入ってきた。
「ん、ん……っ」
 徐々に内部に入り込むものを感じて、痛みよりすこし嬉しさが勝る。
 繰り返しキスをされてようやく全部がおさまると、苦しいのと恥ずかしいのと嬉しいのとが綯い交ぜになって、なんだか泣きたくなった。
「ん、は……よ、よしゅ」
「うん」
「ヨシュアっ」
「うん」
 子供みたいにぎゅうぎゅうとしがみつく俺に、ヨシュアはいちいち返事をくれる。
 そのことにまた泣きそうになって、ほうとため息が出た。
 内部が少しずつ違和感になれると、ゆっくりと揺すられる。
「ふ、ぅあ……! ん、ん……」
「痛くない?」
「だ、大丈夫……」
 本当は、ヨシュアのゆびに発見された箇所にさっきからこいつのものが当たっていて、正直痛みどころじゃない。
 ヨシュアが身じろぐたびにびくびくと震える身体をもてあまして、ふるふると頭を振った。
「あ、あぁっ……ぅや……」
 気づいているのか気づいていないのか、一端引いたと思えばまた突かれたり、ゆるゆると揺さぶられたりでもう気が気じゃない。
 震える太腿をあやすように撫でられても、逆効果だ。
「やっぱり子供の身体のほうが負担が少なくていいね」
 ぼそりと呟かれた言葉に、首を捻る。
「な、ん……?」
「ううん、こっちの話」
 そんな風に誤魔化されても、何も言えない。もうまともな思考などとっくに放棄している頭では、些細な疑問など霧散してしまった。
 ヨシュアの腹に擦られて先走りにまみれたものを握られると、強く揺さぶられる。
「あ、あぁぁっ」
 そのあとは何度突かれたのかも分からないまま達して、じんわりと腹の中にこいつの熱を感じた。


「あ、起きた? おはよう」
 目が覚めて一番に飛び込んできたのは俺の頭のすぐ横、枕元に腰掛けたこいつが勝手に人の髪を弄りながら見下ろしている姿だった。
「……まだ何か用があったのか?」
 俺の部屋の窓を開けて不法侵入してきたときと同じに、首にはベッドに転がっていたはずの俺のヘッドフォンがかかっている。
 こいつの首元で機械に絡まる、銀とも金ともいえない髪の曲線に少しばかり見とれた。
 行為の直後に意識が奥底まで沈み込むのを感じながら、ああ起きたらこいつは絶対いないのに嫌だなと思った。
 思いながら、意識が飛んでいくのは止められなかったのだけれど。
 起きたらいなくなっているだろうなと何となく覚悟していたから、目覚めてすぐに飛び込んできたこいつの姿が本当は嬉しくて堪らなかったのだとか、そんなこと言えるはずもなくて、つっけんどんに誤魔化すしかなかった。
 こいつにはそれすらお見通しかもしれないと思っても、素直になんて到底なれない。
 ちらりと部屋の時計に目をやると、日付は超えているものの新聞配達もまだの時間だ。
 おはようにしたって早すぎるだろ、と頭の中で突っ込みながらヨシュアの顔を見上げる。
「よかったね、今日土曜日で。学校ずる休みしなくて済んだじゃない」
 俺の質問からずれてるぞ。
 ああ、そう、そうだな。まさか俺も貴重な休日の前の晩に、こんなことになるなんて予想してなかったけどな。
「まあ、そのつもりで昨日来たんだけどね」
 だと思ったよ。
 何もかもこいつの思惑通りかと、呆れて頭を抱え込みたくなる。
「……で?」
「うん、充電器のことなんだけどね」
 用ってそれかよ。
 別に行為のあとで甘い言葉を期待していたつもりはさらさらないけれど、相変わらずな相変わらずっぷりにため息が出そうになる。
「僕、手がふさがる荷物ってあんまり持ちたくないんだよね。これはあんまり大きくないけど、わざわざ持って行くのはめんどくさいなって」
 そもそもそのヘッドフォンをやるとも、充電器を持って行けとも言っていないのだが、もうすでにそれについてはこいつの中で過ぎた事柄らしい。やれやれ。
「だからさ、このヘッドフォンの充電が切れたらまた会いに来るよ」
「な……」
「ああ、今日はもう充電させてもらったけど」
 なんでいきなりそんなことを言い出したのかわからず、しばらく目の前のうさんくさい笑顔を見つめる。
 また、俺に会いに来るつもりってことか?
 約束を、俺にくれてやったつもりなのか、いや、こいつの自分への口実だろうか。
 こいつの意図が計れなくて戸惑いながら見つめると、やんわりと前髪を梳かれた。
「ヨ、シュ……」
 ア、と言い終わる前に、俺が口を開いたのを合図にこいつは立ち上がって窓際に向かった。
「じゃあ、またね」
 ひらひらと手を振ると、身軽に窓枠を乗り越えていなくなってしまった。
 あんまりにもあっさりとした幕切れに、ただ呆然と窓枠を見つめる。
 さっきまであいつが出て行ったはずの窓は、既に閉められて遠目に施錠まで確認できた。
 手品師かなんかか、あいつは。
 よくよく自分の周りを見てみても情事のあとは見当たらないし、服もきちんと上下身に付けていて、ボタンまで留まっている。
 少しは自分がいた形跡くらい残していけばいいのに。
 結局充電器も持っていかなかったから、変わったのは多少シーツがシワになっているベッド回りくらいだ。
 ぼんやりと、またあいつが会いに来る気になるまで待たされなくてはならないのかとため息をつく。
 けど、ヘッドフォンの充電なんてすぐに切れるに違いないから。
 あいつがあれでどんな音楽を聴くのかなんて分からないけれど、きっとそうに違いないから。
 早く、切れてしまえばいい。

「充電が切れてなくたって会いに来いよ、ばか」
 もう少しも風に揺れないスミレ色のカーテンを見ながら、あいつの瞳を思った。


20080613

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