※高樹さんの作品『HAPPY WITH ME』から続いています。


「そんなこと、するはず、ないだろ」
空気を飲む声が途切れ途切れに聞こえる。
「タイミング、なくしちゃったね」
多分、そういうことなんだろう。お互いが言葉を開くタイミングを失くした、それだけ。
「……。」
胸の中で頷く動き。跪いたままのネク君を抱き上げるようにソファに座らせる。
薄明かりで見えないけれど、もう涙は流れていないようだ。
「ごめんね。」
呟いた僕の声が情けないほど震えてた。「僕、ネク君に甘えすぎてたみたいだ」
緩くネク君が動く。否定する首の動きに、柔らかな髪が首をなでてくすぐったい。
「もうあんなことしないよ」
「でも…俺が、原因作った…から…」
胸に押し付けるように声が届く。なるほど。だから、ネク君も悩んでたんだ。
「もういいよ。またコーヒー自体は届くんだから」
かたちなんかどうにでもなるものだから。
コーヒー豆の換えなんかいくらでもあるけど、僕のネク君はここにしかいないんだよね。
「ねぇ。ネク君」
僕はまるでヴェールのようにネク君の頭を覆うシーツを持ち上げた。
「結婚しようか?」
「……。」
ぽかんと僕を見つめる。そして数秒後、「は?」と吐き出した息のような声が漏れた。
「何も変わらないけど、ものすごく変わるよ」
生活は一切変わることはないだろう。二人で住んでる、それの何処が変わろうか?
それでも人生が変わってしまうのなら、もしそれでネク君のどこかが落ち着いてくれるなら。
「僕はいつでも構わないよ」
「え、う…。」
ぱくぱくと口が開く。赤く染まった頬は薄暗い闇でもわかるほどで、僕はネク君が望む通りに持ち上げたシーツを下ろした。
顔を隠したまま抱き上げて、膝の上に乗せる。このカラダの大きさだとちょっと辛いけれど。
「どうする?」
隠れたままの頬をくすぐるように撫でた。くすぐったがって動くたびに、乾いたくちびるが布の影から見え隠れしている。
──可愛いなぁ。
多分、ネク君が女の子だったら、こんなことにはならなかったのかもしれない。
ヘンな話だけれど。
男の子のネク君、つまりいまの時間に存在する「桜庭音操」。絶対にこの子でなければいけないんだ。
「…わか、らない」
ネク君はそう言ってから、ふるりと腕の中で震えた。
だろうね。
──男の子だし。
当然の返事に、僕も別にショックは受けない。でも、どうしても言いたかった。
ネク君が、もし、どこかで安全な場所を作りたいと言うのなら、僕の手の中でいて欲しい。
そんな欲望は持ったらいけないものなのかな?

「でも、俺、いやじゃないんだ」

こちらがぽかんとする番だ。
シーツの中、ネク君が身動ぎをしてから言った。
「俺、ヘンなのかな」
既にシーツはヴェールよりも身を隠すローブのようにすっぽりと顔を隠し、ネク君はまるで僕に怯えるように体を固くする。
「ヨシュアといない時は不安なんだ。また、あの時みたいにいなくなったりするんじゃないかって」
そのとき僕はネク君の手が小さく震えるのを見てしまった。
「毎日、こうやって一緒にいるのに、すごく怖い」
何も怖いことないのに、とネク君は震えたまま言葉を紡いで、そして閉じた。
シーツが揺れている。僕はそれをゆっくり剥がすと、こちらを見ないネク君の顔を指先で持ち上げた。
「フフ、どうしたの?ヘンな顔」
「っ!」
薄藍の目が、愛しさを塗した怯えの色を混ぜ込んだ。
「毎日、一緒にいるのに不安なんだ」
ネク君が泣き出しそうな顔で頷く。こうやって目を見ると、もう僕の手の中で暴れたりしない。
「こんなに好きなのに、怖いんだ?」
「オマエは、嘘つく、から…」
目を逸らして口ごもった。泣きそうなそれも好きなんだけれど、僕は君に笑ってて欲しいのに。
「うん、だから約束しよう?」
そのまま引っ張り、胸に抱いたネク君の額に口付ける。久しぶりのネク君の体温に、胸の奥がじわりとした。
「約束?」
「もし、このまま不安が続いて怖いのなら、僕のぜんぶをネク君が貰う」
「それって」
僕は笑った。でも、胸に抱いたネク君には見せてあげない。
「プロポーズだよ。返事はいつでもいいけどね」
「お…ヨシュア、だから俺はっ」
ごめん、僕って結構しぶといから。
「イヤならそのままでいいんだよ。でも僕は、他にどういう約束したらいいか知らない」
「……でもっ」
「でも、ネク君が安心できるなら僕はなんにでもなってあげる」
事実、結婚なんて紙切れ一枚のことだ。僕だってそんなことわかってる。
それでも今、僕はそれを伝えたかった。ネク君に。僕の一番好きなひとに。
「……。ばか。ヨシュア。」
腕の中、ネク君が身を縮めて擦り寄ってきた。これ以上来ると、ソファから落ちるよ?
「キスしていい?」
俯いたままのネク君が頷く。それだけで愛おしくて、可愛くて、何もかもを僕のものにしたいっていう欲望は強くなる。
「勝手に、しろよ」
僕は一度持ち上げたネク君のくちびるを舐めるように口付けして離すと、シーツを被せてからもう一度ゆっくりと持ち上げた。
「?」
その無意味に見える行動にネク君がきょとんとする。やっぱりわかってないか。
「こうすると」
頬を支えて、軽くくちびるを合わせる。
「誓いのキスみたいじゃない?」
「っ!!」
耳まで赤くなるネク君の頬を押さえ、今度は舐るようにキスひとつ。
溶けていきそうになるネク君を強く抱き、僕は耳元で囁いた。
「僕は」
びくんとネク君が揺れる。今日はこのまま、ここでかな?

「いつでも誓えるから、ね。」

僕は、ネク君とずっと一緒にいたいから。
だからネク君も僕と一緒にいてくれると言ってくれますように。


end.


高樹さんからいただきました。ありがとうございます!