WAITIN' FOR HEAVEN

世の中の全ての青と黒が、そこにあった。

渋谷川の誰も通れない道を抜けたさきに、それはある。
渋谷の全てをみられるところ、誰かが玉座と言った、コンポーザーの席。
それはあまりにも空虚な場所で、そこに存在するのは鎖で繋がれた一脚の大きな椅子。
渋谷の街が見渡せるそこで、今でもぽつんと主を待っている。
「ヨシュア」
そこの台座の前、俺たちはどれくらいの時間を過ごしたのだろう。
何かをなくした俺は、玉座前にもたれこんだヨシュアにしがみついて動かない。

流れる時間もやる気を失くしたようだ。
まとわりつく空気が生ぬるく、ゆびを動かす度に空間全体が揺れている気さえする。
「ヨシュア」
俺はもう一度声を出した。
スミレ色の目は薄い布で覆われ、薄く開いたくちびるはときどき鴇色の舌を出してくちびるを濡らす。
その姿はなによりも官能的で、俺はヨシュアがその仕草をするたびに息を止めた。
「ヨシュア」
ヨシュアは何も言わない。耳を覆う俺のヘッドホンのせいで声が届かないのか、単に声を出したくないのだろうか。
薄く呼吸する胸に手を置いた。

これは、儀式だ。

俺は呼吸するくちびるにゆっくりと口付けをして、置いた手に自分の手を重ねた。
ヨシュアの手は赤いヘッドホンを護るように固く握られている。
俺のものじゃない、赤。
「ヨシュア」
くちびるが、儚げに笑った。


ざわり、黒と青が白と赤に嫉妬している。
醜いものだ、と俺は悲しくなった。


ヨシュアは、鎖で繋がれた玉座の台座に気だるくもたれかかったまま、ゆっくりと呼吸していた。
月の色を薄めた髪がさらりと流れ、伝わる鼓動はあのとき手のひらのタイマーのように規則正しい。
俺は、言葉を覚えたばかりの子供のように、ことばを繰り返した。
「ヨシュア」
黒い床に、飛び散った血のように白い羽が散乱してる。
渦巻いた黒がそれを避けているようで、身もだえする青い光が生命を持つ俺たちを照らしていた。
「よしゅあ」
大切な人の名前を、黒と青が飲み込んでいくのが許せなかった。
俺はこのまま喉がつぶれても叫ぶことだろう。


「僕はどうせなら」
ヨシュアの声に、塊となった黒が身動ぎをする。
「きみの笑顔を最後に見てから、いきたいね」


開くことを許されていない目に、俺が映っている。
聞きたくない別れの言葉は、ヘッドホンだけじゃ拒めない。
「いかなくちゃ」
薄くなっていく。ヨシュアが、このせかいの白が、俺の大切なひとが。
「ヨシュア」
真っ白な羽根が、俺の視界を奪って消えていく。


黒と青が歓喜の声を挙げた。


冷たい床。スミレ色の消えたせかい。
失くした色はそらに消えて、もう戻らない。
冷たくなっていく台座。戻らない吐息は流れて消えた。
「  よしゅあ  」
唇が動いて言葉を紡ぎ、そして閉じた。
俺は、いつでも戻ってこられるようにと玉座にもたれかかって目を閉じる。



せかいの終わりが来たら、
ずっと一緒にいられるのかな。
俺は、一体、いつになったら
お前の笑顔が見られるんだろう。
「ヨシュア」

俺はいつになったら
俺のせかいを救えるんだろう。


ねぇ、ヨシュア。
一度あれだけ愛されてしまったら、何があろうとも忘れることは出来ないんだよ?


end.