※性描写を含みます。ご注意ください。




「ヨシュ、ア……っな、に……!」
 玄関に上がりこんで、ぱたん、とドアを閉めた瞬間にヨシュアに手首を掴まれた。そのまま扉横の壁に押さえつけられる。突然のヨシュアの行動に驚いて、反射的に抵抗しようとしたもう片方の手すらあっけなく捕まえられて、両手の自由を奪われた。
 子どもの姿をしていても、片手で軽々と拳銃を扱うことのできるヨシュアの腕力には、残念ながら俺では敵わない。
「ごめん、ネク君……暴れないで」
「っ、や」
 顔を近づけるヨシュアのくちびるから、漏れる吐息がふわりと頬を撫でる。その柔らかい感触とは対照的に、背筋がぞわぞわとざわめいた。
「逃げないで、ね……?」
 そんな風に掠れた声で切実そうに囁かれて、逃げられるやつがいたらぜひお目にかかりたい。言うまでもなく、俺にはそんなの到底無理な話で、目の前に迫るスミレ色から目を逸らすことすらできずに、あっけなくヨシュアのくちびるに呼吸を奪われた。
「ん、くぅ……」
 いつものような触れるだけの優しいキスはせず、いきなりくちびるを割って入ったヨシュアの舌に、縮こまっていた自分の舌を絡め取られる。
「や……っう、ふぅ……ん、んっ……」
 くちゅ、くちゅ、と音を立てて絡められる粘膜の感触に、じん、と頭の芯から痺れるような快感が何度も背筋を走った。かぷ、と舌をヨシュアの尖った歯で挟まれて引っ張られると、それだけでびく、と肩が跳ねてしまうのが止められない。
 いつもは俺がヨシュアにねだってからようやく触れてくれるくらいなのに、ヨシュアの方から仕掛けてくるだなんて、どうしていいのかわからなかった。こんな触れ方をされるのも全然慣れないものだから、目の前のヨシュアが俺の知らない人物のように感じられて、怖くなる。後ずさろうとしても背中に当たるのは既に壁で、逃げ場なんてない。
「は……ぁ……は、っ……」
「人の生死に関わる仕事をしてる人は、性欲が強いんだって……知ってた?」
 ようやく絡めていた舌を解放されて、溺れかけた人のように酸素を求めて思い切り息を吸い込んだ。荒く乱れる呼吸と、がくがくと笑ってしまう膝が崩れないように必死で堪えているのに、ヨシュアは喋りながら尚もくちびるを触れ合わせて、時折気まぐれに上唇のふくらみを、ぺろ、と舐める。
「な、に……ぃ、って……」
「お仕事、終わった後だからさ」
「ぅ、く……っ……」
 何度も何度もくちびるの表面を撫でられる感触に、堪え切れなかった膝ががく、と崩れた。
 けれど、ヨシュアはそのまま座り込もうとするのを許さずに、俺の脚の間に膝を割り込ませて支えると、押さえつけた両手で吊り上げるように無理矢理立たせる。胸と胸をくっつけられて、既にヨシュアに触れていない身体の箇所のほうが少ないということに眩暈がしそうだ。
「すごい、したくなっちゃった」
「ふ……っは、く……うくぅ……」
「ネク君のこと抱きたい」
「んっ、ぅ……」
「拒まないでね」
 ちゅ、ちゅ、と音を立てて触れるだけのキスをした後、ヨシュアの歯が俺の下唇に噛み付いて、優しく引っ張る。そうして薄く開いたくちびるから再び舌を潜り込ませて絡め取られると、あまりにも容赦のない動きにもはや僅かな呼吸さえも漏らせなくなってしまった。
「ん……っん、んん」
「抵抗、とかされたら」
「ふ、ぁ……ゃ、め……」
「すごく酷いこと、しちゃいそうだから」
 ヨシュアが喋る間すら口を閉じることができず、とろとろとこぼれる唾液が顎を伝う感覚に、ひく、ひく、と喉がびくつく。
「ぅ……も、きす……や、ら」
 痺れる舌にまともな呂律も回らなくなってしまって、ゆるゆると首を振ってくちびるへの責め苦から逃れようとしたのに、ヨシュアはそれすらも許してくれなかった。
 掴んでいた両手首を片手でまとめて押さえつけると、もう片方の手で俺の顎を掴み、逃げられないように固定する。それから存分に口内をねぶり回されると、注がれるヨシュアの唾液に、こくこくと必死で喉を鳴らすしか術がなかった。
「うー……ぅ……」
「ホントはこのまま、ここで抱きたいくらいなんだけど」
 永遠に続くかと思われた責め苦にぶるぶると情けない震えを抑えきれないでいたくちびるが、ヨシュアのその言葉をきっかけに、ふ、と解放された。とろ、とまた新たに顎を伝う唾液を、ヨシュアの舌が優しく拭う。
「まずはネク君の怪我、手当てしないとだよね」
 す、と壊れ物に触れるような手つきで右腕を撫でられて、未だ生乾きだった傷のことをようやく思い出した。傷口には触れないようシャツの布越しにヨシュアの指は滑っただけなのに、びく、と身体が震えてしまったのは、痛みに怯えたからなのか、ただ単にそれだけで感じてしまったからなのかなんて俺にもわからない。
「……しゅ、ぁ……」
「歩けない、かな?」
 スミレ色の瞳で覗き込まれて、もはやゆびの一本すら思い通りに動かせない身体に、こくりと必死で頷く。すると掴んでいた俺の手首を解放して、力の入らない脚で身体が崩れ落ちてしまう前に、ヨシュアの腕がす、と如才ない仕草で俺を受け止めた。そのまま背中と膝を掬われて、抱き上げられる。今は俺の方が多少は背も高いはずなのに、細い身体のどこにそんな力があるんだと思っても、されるがままになるしかない。
 まだ履いたままだった俺の靴を脱がせて、自身も脱いだ靴をぽいぽいと玄関に放り捨てたヨシュアは、奥の部屋に向かってぺたぺたと歩いて行く。部屋の隅にある、変に狭い空間にぴったりと収まっているベッドの上に俺の身体を下ろし、端に座らせると、いつのまに持っていたのか救急箱も同じように俺の隣のシーツの上に置いて、その横に自身も腰掛けた。ベッドにたどり着くまでの道のりの途中で、俺の知らない間に手に取っていたのだろう。
 元々はこの部屋になかった救急箱がなぜ今ここにあるのかというと、ヨシュアがわざわざ渋急ヘッズで買ってきたからだ。いつだったか、以前小さな怪我をした際に、そういえばうちには救急箱がないと漏らしたら、もう次の週にはヨシュアが持ってきていた。そんな、ヨシュアの過保護さを象徴するかのような箱の蓋を開けて、消毒液や包帯を取り出す様子をぼうっと見つめる。
 腕の部分が破けて血のこびりついた制服のシャツを丁寧に脱がせてから(風邪を引いたら困るからと、右腕だけ抜いて片側は中途半端に羽織ったままだが)、ヨシュアはまじまじとその傷を見つめた。つられて俺も思わずそこを見ると、肘よりも少し上、刃物で小さく切り裂かれた傷に生乾きの血が生々しくて、自分の身体ながらぞっとしてしまう。傷口自体は小さいけれど、指の形に五つ分穴が開いたようになっていて、強く食い込ませられたせいで実は結構深い。
「ん……っ」
 腕を取られて、しゅ、しゅ、と消毒液を噴きかけられると冷たさにびっくりしたやら、びりり、と沁みる痛みに反応したせいやらでつい声を漏らしてしまった。
「沁みる?」
「う、ん……でも、へい、き」
 心配そうにこちらを窺うヨシュアに大丈夫だから、と視線でも告げると、器用にピンセットを使って清潔なガーゼが一枚、傷口の上に乗せられる。
「少しだけ我慢してね」
 それから、ガーゼがずれないように手早くくるくると包帯を巻いて行くヨシュアの手つきは危なげがなくて、なんでも器用にそつなくこなしてしまうことに、素直に感心した。けれど、ヨシュアの指先が腕の内側の敏感な皮膚を撫でるたびに、ひく、ひく、と身体が震えてしまうのが自分でもわかって、そのことが恥ずかしくてたまらない。
「感じてるの?」
 くす、と笑いながら指摘されて、ヨシュアにも俺の身体の浅ましさを見通されてしまったことに泣きそうになる。
「そ、な……ってなぃ……」
「そうかな? ほら」
 あまりの情けなさに、せめてもにと口だけでは否定の言葉を吐いたのだけれど、ヨシュアはそんな俺のことなんて全部お見通しだと言いたげに微笑みながら、すうっと脇から二の腕の裏を撫でた。
「や、あ……!」
 びく、と大きく身体が跳ねて、腕を掴んだ手から逃げようとしたのだけれど、ぐっとさらに強く捕まえられてそれも敵わない。
「ほら、動かないで。手元が狂うと困るから」
 そう言いながら、なんでもない顔で巻き終えた包帯をテープで固定するヨシュアの仕打ちに、必死で耐えた。
 使い終えた道具を元に戻して、ヨシュアが救急箱をベッドから横の棚の上に移動させてからも、俺はよほど泣きそうな顔をしていたらしい。やんわりと俺の肩を掴んでシーツの上に押し倒しながら、先ほどの触れ合いからは想像もできない、びっくりするくらい優しいキスをくれた。
「もう、他には痛いとこない?」
「ん……だい、じょ……ぶ……」
 ついばむように口づけながら、服を脱がされたままむき出しの胸をヨシュアの手がつつ、となぞる。
「ホントに?」
 ぺろ、とくちびるの輪郭をなぞるヨシュアの舌は、濡れた感触で答えるべき言葉を俺から少しずつ奪っていくかのようだ。
「ぅ、ん……っん、んうぅ……!」
「ほんと?」
「ほ、ほんと、ぉ……にぃ……っ」
 何度も問いかけを繰り返しながら、こり、と爪の先で胸の尖りをくじられて、必死に答えようとする声すらどんどん涙声になってしまう。
「他には何もされてない?」
「あ、ぁ……っよしゅ、あ……すぐ、きてくれた、から、ぁ……!」
 はぁはぁと荒くなる呼吸に、ぐずぐずになった身体でそれでもなんとかヨシュアの瞳をがんばって見上げた。
「なあに、その顔……誘ってるの?」
 くすくすと言葉で俺を弄りながら、ヨシュアの悪戯なゆびがばらばらに、俺の身体をあちこち探り始める。
「ち、が……ぁ、っ……やぁ……」
「そんな声で言われても、全然説得力ないんだけど」
 するすると、胸から、脇腹から、太腿から、ヨシュアの器用な手で身体中を撫でられる快楽に、まともな言葉も紡げなくなった。涙ぐむ視界に何度瞬きをしても、後から後から勝手に涙が滲んでくる。
「ふ……ぅ、く」
「恋人があんまり可愛いのも、考え物だよね」
 押し寄せる快楽の波に流されてしまいそうになったのだけれど、ヨシュアのその言葉に思わず首をかしげる。昼間に感じた疑問を、唐突に思い出したのだ。その単語については、俺の中ではまだ保留中だった。
「よ、しゅあ」
「うん?」
 俺の呼びかけに柔らかい声音で答えながら、ヨシュアは俺の身体をまさぐる手を止めない。
「ょ、よしゅあ、と……っん、く……おれ、って」
「うん」
「こい、びと……なのか?」
 その言葉を口に出した瞬間、ぴた、と今まで悪戯に動き回っていたヨシュアの手が嘘みたいに止まった。
「……?」
「……」
 見上げたヨシュアの顔は表情を消してしまっていて、黙り込んだまま何の色も乗せていないスミレ色からは感情が読み取れない。
「よ、しゅ」
「ネク君」
 急に黙り込んだヨシュアに不安になって名前を呼ぼうとしたのだけれど、タイミングよく被さった声に遮られてしまう。
「ネク君は、僕のこと……恋人だって思ってくれてないわけ?」
 続けられた言葉は、ヨシュアらしからぬ声色で、なんというか……どこか子どもっぽいような、ふてくされてでもいるような。
「え、う」
「こんなことまでしてるのに、恋人以外のなんだって言うんだい?」
 そう口にした次の瞬間、下腹部をなぞっていたヨシュアのゆびが、俺の脚の間で既に反応し始めているものをぐ、と押し上げた。
「ひゃ、あ」
「ねえ……ほら、どうなの?」
 服の中で形を成している屹立を、くり、くり、と指先で遊ぶように摘み上げられると、素直な身体がひく、ひく、と何度も痙攣する。漏れ始めた先走りが下着まで染み出してきて、ヨシュアがゆびを動かすたびにくちゅ、と水音を立てるのが恥ずかしくてたまらない。
「あ……そ、なの……ぅ、やぁっ……」
「そんなの?」
「は、ぅ……し、らな……っ」
 自分の中でもまだ上手く落ち着いていない言葉なのに、こんな風に聞かれてもわかるはずがない。ふるふると無意識に首を振ると、ヨシュアはそれがお気に召さなかったらしい。
「ふぅん」
 無感情な声音で一言そう呟くと、ヨシュアは先ほどから手の中で弄んでいるものに、ぐ、と爪を食い込ませた。
「や、あぁ……っ」
「そんなこと言うんだ」
 余りに強すぎる刺激にがくん、と身体が揺れてもヨシュアはお構いなしで、強く爪を食い込ませたまま、ぐりぐりと押しつぶすようにゆびを動かした。
「ひ、ぃ……っう……しゅ、ぃ、いた……ぁ」
 びく、びく、と跳ねる身体を容赦なく攻め立てるヨシュアが怖くなって、泣きながら何度も首を振る。けれど、目の前のスミレ色は微かに、ふ、と笑っただけで、俺に痛みを与えるのをやめてくれない。
「なら」
 そのまま痛みと快楽の境目すらわからなくなってしまいそうな身体に、ゆっくりと耳元へくちびるを寄せて、ヨシュアは優しく囁いた。
「ネク君が泣いて嫌がるまで……たっぷり思い出させてあげる」


 ぐちゅ、と卑猥な音を立てて、ヨシュアのゆびが俺の体内をうごめく。細身ながらも長いゆびが、何度も何度も奥まで出入りして、敏感な箇所をしつこく擦られる度にがくがくと太腿が震えた。
「う、あ……あぁ……っ」
 犬のように四つん這いになった体勢で、後ろからヨシュアの手にいいように弄ばれている。身体を支えていた肘は力が入らないままとっくに崩れてしまっていて、シーツに頬を押しつけ、腰だけを突き出すような情けない格好をヨシュアに見られているのかと思うと、そんな羞恥すらも簡単に快感に変わった。
「ふふ、ネク君の中、すごい熱くなってる」
「うく……う、ぅ」
 後ろから覆いかぶさるように、耳元に寄せられたくちびるに囁かれて、ぴくん、と肩が跳ねる。
「もうゆび、何本入れても痛くないでしょ」
「ん、んっ……」
「ネク君の身体、こんな風にしたのが誰なのか……ちゃんとわかってる?」
 奥まで入り込んだヨシュアのゆびが粘膜を押し上げるように、く、と曲げられると、嫌でも身体が勝手に反応して、ぱたぱた、と放っておかれたままの屹立から先走りが垂れた。
「ふ、あ……よ、よしゅ、あ……ぁっ……」
 ばらばらに内部を動いて俺を翻弄していた三本のゆびが、ずるりと粘膜を引き摺りながらゆっくり抜き取られる。
「ほら、もう入れるよ?」
 そう言って俺の腰を抱え直すと、ヨシュアは自身の勃起した性器を後孔に押しつけた。抱きたい、と言っていたヨシュアの言葉は嘘ではなかったようで、硬く、熱くなったその感触が俺には嬉しい。
「は……あぅ……」
 そのままくにゅ、くにゅ、と屹立の先端で入り口のふちをなぞられるだけで、貫かれる快感を期待する身体に頭がおかしくなりそうだ。
「ネク君のここ、ひくひくしてる」
「ぅ、く……や、みる、な……っ」
「欲しいんだ? こんなところぱくぱくさせて、やらしー」
 けれど、くすくすと笑う声に一方的に俺だけを弄るような言葉を投げられて、素直に頷くことができない。
「や、ぁ……ちが」
「本当に?」
「ふ……し、しら、なぁ……っい……」
「へえ」
 ヨシュアはその熱をぴったりと俺の後孔に押し付けたまま、屹立を取り込もうとひくつく粘膜を弄ぶように、ゆるゆるとした快感を与えながらもそのまま突き入れたりしなかった。ぐ、と押し込まれたと思ったら、えらの張った部分が全部入りきる前にそっけなく抜けてしまう。そうして離れてしまうのかと思ったら、また先端だけを咥え込ませる。
「ひ、ぅ……あふ……うぅっ……」
「こんなに欲しがってるくせに……うそつき」
 あまりのもどかしさに、がく、がく、とどこかが壊れてしまったかのような痙攣を繰り返す身体にも、ヨシュアはお構いなしだ。シーツの上を彷徨っていた手首を縫い止めて、ぴったりと背中にヨシュアの胸をくっつけられると、温かいその感触にさえ簡単に反応してしまう。
「しゅ、あぅっ……よしゅあぁ……!」
 耐え切れずに、ヨシュアの熱を求めてねだるように腰を突き出すと、ヨシュアの甘やかな声がふ、と笑い声に変わった。
「ほら、ね」
 楽しそうに声を弾ませながら、何の前触れもなくヨシュアはその屹立で俺の身体を貫いた。あまりの衝撃に、一瞬視界が白く焼けたように見えなくなる。
「あ、あっ……あぁぁ……!」
 奥まで隙間なくヨシュアの性器を埋められて、ぶるぶると震える太腿の振動ですら神経質な快感を呼び込み、身体中を苛んだ。
「ああ、やっぱり欲しかったんだね」
「い、ぁ……あぁ……」
 過ぎる快感が怖いのに、ヨシュアの屹立をさらに引き絞るようにぐじゅ、と内部の粘膜がひくつくのを止めることができない。
「ナカ、ぐちゃぐちゃで……すごく、嬉しそうだよ」
 そのまま容赦なく動き出されて、よく分からない波が何度も背筋を走る。既に痛いほどに勃起した性器が、射精をうったえてびくびくと脈打っている気がした。
「やあ、ぁ……でちゃ、ぅ……! よしゅ……ぉ、れ……でちゃ、ぁ……っ」
 なのに、ヨシュアは捕まえていた俺の手首を離すと、そのまま前に回した手で性器の根元を無慈悲に塞き止める。
「ひ、ぃっ」
「だーめ。だって、僕とネク君がなんなのか、まだわかってないんでしょ?」
 吐き出したい快感がぐるりと身体中を暴れまわって、もはや垂れ流しの涙とよだれがシーツをべしょべしょに汚しているのだけが分かり、その感触がやけに冷たかった。
「ふ、ぁ……わ、かんな……っも、やだぁっ」
「ほら、それじゃあダメだよ」
 今日はもう既に一度や二度、達していてもおかしくないほどの快感を与えられているのに、まだ一度も出させてもらえていない。なのに、性器を強く握りこんだまま、ヨシュアが律動を止めてくれる気配はなかった。
「うぁ……っだしたぃ……でちゃう、でちゃ、あぁ……」
「ふぅん。だから?」
 塞き止めたままで指先に先端をくすぐられて、声にならない声を上げようとする喉がぎゅう、とひくつく。
「も、もぉ……いかせてっ……ヘンに、なっちゃ……や、ぶれちゃうぅ……」
「ああ、ここ?」
 屹立の根元を塞き止めている手とは反対のヨシュアのゆびが、性器の袋部分をきゅう、と握りこんだ。
「ひっ、ぐ……ぅや、あ……やぁぁ!」
「ホントだ、もうぱんぱんだね。そんなに出したいの?」
「っ、ねが……しゅあ……おねがぁ……い……!」
 泣きじゃくりながら懇願するうちに、自分が口にしている言葉すらなんなのかわからなくなった。ヨシュアに揺さぶられる度にどんどんと飛んでしまう言葉の中で、一つだけ強く頭の中に残った言葉がやけに響いて、ただその言葉をひたすらに呟く。
「よしゅあ、すきっ……すき、だから……ぁ、すき……ぃ」
 伝えている言葉の意味が俺にはわからなかったのだけれど、何度も呟いているうちに、けしてこれは間違いではないんだと思えてくる。
「僕はネク君が好きで、ネク君も僕が好きなら、僕たちって恋人じゃないの?」
 呆れたようなため息を漏らすヨシュアの声は、それでもどこか嬉しげに聞こえて、なんだか複雑そうだった。わけのわからなくなってしまった頭でも、ヨシュアが俺を好きだと言ってくれたのが嬉しくて、こくこくと頷く。
「うっ、うん……っ」
「やっと認めた」
「ぅ、あ……っよしゅ、ぁ……!」
 相変わらず乱暴に俺の身体を揺さぶるヨシュアの声が、少し困ったように笑っていた気がするのは気のせいだろうか。
「恥ずかしがり屋さんなところも可愛いけど、たまには素直になった方がいいよ?」
 言いながら、ぱ、と性器を握り込んでいた手を離すと、ヨシュアは俺の腰を抱え込んで突き上げた。
「……!」
 そのまま声を上げることすらできずに、ぴんぴんに張り詰めていた屹立はあっけなく射精する。射精の間もそれ自体を促すように律動は止まなくて、突き上げられる度にびゅ、びゅ、とヨシュアの動きに合わせて精液を吐き出した。
「は……ふ……は、ぅ」
 乱れた呼吸を慰めるように、ヨシュアの手のひらがぽんぽん、と背中を撫でてくれる。優しい感触に、なんだかまた泣き出してしまいそうだ。ずっと身体の内側にもぐりこんでいた熱を吐き出すことができて、ほんの少しだけ頭が冷静さを取り戻した。
「ぅ……よしゅあ、ごめ」
 消え入りそうな声で呟く俺の言葉に、ヨシュアが不思議そうな声を上げる。
「なんで謝るの?」
「お、れ……ごめ、ん」
 何故あんなに頑なに、ヨシュアの言葉が受け入れられなかったのか、今となってはむしろ不思議だ。俺はヨシュアが好きで、ヨシュアも俺のことを好きでいてくれて、ただそれだけのことなのに。それだけだけど、すごく大切なことなのに。
「ふふ……なんのことだかわからないんだけど」
 そう言って笑う声が愛しくて、そんなヨシュアの顔が見られないのが寂しくて、一生懸命首を曲げて振り向いた。
「ふ、よしゅあ」
「うん?」
「この、かっこ……やだ……顔、見えな、い」
 上手く動かない口でなんとか言葉を紡ぐと、汗でえりあしに張り付いた俺の髪の毛を優しい指先で払いながら、ヨシュアは一度だけ、ちゅ、とうなじにキスをくれた。
「うん、僕も……ちゃんと、ぎゅってして欲しいな」
 甘えるような声で囁いて、ヨシュアは俺の脚を抱え上げながら、向かい合うようにこちらの身体を反転させる。入れたまま体勢を変えられて、体内をヨシュアの屹立が暴れまわる感触に、達したばかりで敏感な身体は今自分がどこにいるのかすら、わからなくなりそうだった。
 けど、どこかへ行ってしまいそうな俺の腕を捕まえて、ヨシュアが自身の首に回して導いてくれたから、遠慮なくぎゅっとしがみついた。そうすると、ヨシュアだけはこんなわけのわからない俺の頭でも、揺るがない確かなものだと感じられてほっとする。
「よしゅあっ」
「うん」
「よしゅ、あ……」
 しがみついたことでシーツから少し浮いた背中を、ヨシュアの手が撫でてそのまま抱き締めてくれる。
「ん……そろそ、ろ、じっとしてるの、辛いから……動くよ?」
 その言葉の語尾は疑問形のかたちを取っていたけれど、俺が返事をする前に、ヨシュアは耐え切れないようにゆっくり動き出した。自分だけ先に達してしまったのが申し訳なくて、徐々に腰を揺らしながら、目の前の身体にただ強くしがみつく。
「あ、あぅ……ぉ、おく……よしゅぁ、の……こすれ、てっ、ぅ……」
「きもち、いい?」
「ん、んん……んー……っ」
「ふふ、またよだれ垂らして。可愛い顔」
 段々と強くなる快感の波で、唾液をこぼしながらまた閉じられなくなってしまったくちびるに、やわらかく口づけてくれる感触が気持ちよくて、拙いながらも舌を伸ばして必死に応えた。
「あ、は……ぅ……しゅあ、よしゅあっ」
 何度も揺さぶられているうちにまた俺が極まってしまいそうになると、ヨシュアは突き上げる動きを緩めて、優しくキスをくれる。そうやって少しずつタイミングを合わせながら、何度目かの律動で俺がついに我慢できないまま射精してしまうと、強い締めつけに小さく声を漏らしてから、ヨシュアも俺の中で達してくれた。


 狭いベッドの中で、ヨシュアの腕に抱かれたまま二人で寝転がる。額にキスを落としたり、飽きもせず髪を撫でたり、と甲斐甲斐しく俺に触れていたヨシュアは、ふと思いついたかのように肩口に鼻先を埋めてきた。くんくんとまた犬のように鼻を鳴らすと、離れたヨシュアの顔は満足そうな表情をしている。
「ヨシュア」
「ん?」
「俺のUGの匂い……もう、消えたのか」
「え、うん。よくわかったね」
 きょとんとした目で不思議そうに首をかしげられたけれど、先ほどのヨシュアの表情を見たらなんとなくわかってしまったのだ。
「だって、匂い消すのって……も、もしかして……さっきの、だろ」
 思い返しただけで物凄い羞恥に襲われて、直接的な言葉を口に出せない俺に、ヨシュアは楽しそうにくちびるの端をつり上げた。
「正解。一番生き物の匂いが強く出る行為だから、すごく効果あるんだよ?」
「し、るか……バカっ」
 にやにやと意地の悪いスミレ色は、きっと俺の胸中などお見通しに違いない。ええい、恥を知れ、恥を。こいつには羞恥心というものがないのか。
「ネク君から聞いてきたくせにー」
 ぶーぶーと女子高生のようなブーイングが続けられるヨシュアの口調に、思わず苦笑する。そうするとヨシュアも先ほどの嫌味な笑いではなく穏やかに目を細めて、なんとなく後の言葉が見つからないまま黙り込み、どちらからともなく寄りそった。そうするともう俺とヨシュアの身体はぴったりとくっついてしまって、余計なものが入り込む隙間なんてどこにもない。
「あの二人、もう天国についたかな」
 ぽつりと呟いた言葉は、本当は口にするつもりはなかったのだけれど、いつのまにか無意識のうちにくちびるからこぼれてしまった。天国なんて、ヨシュアは信じていないかもしれない。もしかして、笑われるかもしれない。けれど、それでも俺はそうであるようにと、心から願っていた。
「ふふ……そうだね。あの親子に、地獄行きになるような要素はなかったと思うけど」
 ヨシュアはヘンな風に笑ったりせずに、ただ優しく微笑んでくれた。その言葉は、ただ単に俺に合わせてくれたのか、本当にそうなのかは分からない。
「ねえ」
「んん……?」
「僕は、ネク君のなあに?」
 最中、散々俺に尋問を繰り返したくせに、ヨシュアはまだこだわっていたらしい。
「え、っ……ぅ」
「あれ、またわからないのかな?」
 ぴく、と思わず頭を揺らしてしまった。もう、あんな風に責め立てられるのはごめんだ。
「…………こ、……こ……」
「こ?」
「……こい、びと……だろ」
 まだ慣れない言葉に恥ずかしくてたまらず、ぼそぼそと口ごもりながら、それでもきっと言わなければヨシュアはまた拗ねてしまうに違いないと思い、なんとか口に出して言えた。
「うん、よくできました」
 満足そうに笑ってから、ヨシュアは俺の額にそっとキスをしてくれる。そのくちびるの感触はやわらかくて、やっぱりとても優しい。俺はどうしても、そんなヨシュアと手をつなぎたくてたまらなくなってしまって、華奢な手のひらを身体の上で探って見つけ出してから、ぎゅっと握り締めた。
 あの少女は、消えてしまう前に母親に思い切り抱きつくことができた。消える瞬間は、ちゃんと手をつないでいた。それだけのことが俺にはうれしくて、なんだか胸がいっぱいになって、少しだけ泣きそうになる。母親の腕は、きっと今俺を包み込んでいるヨシュアの腕のように温かったことだろう。こんな風に優しく抱き締めてもらえたならば、それ以上の幸せなんてないように思えた。
「ネク君、すき」
 子どものような無垢な瞳と無邪気な声でぽつりと呟きながら、つないだ手をヨシュアはそっと握り返してくれる。そのことが俺には何物にも代えがたくて、絶対に失いたくないものだ。離したりしない、と強く思う。何があっても、俺にはこの手を離したりなんてできない。ヨシュアの少しひんやりとした、体温の低い手のひらが感じられないせかいなんて、俺には何の価値もない。だから、少しでも俺のこの気持ちがヨシュアに伝わるように、温かいその胸にそろそろと頬を擦りつけた。
 この手を離しさえしなければ、渋谷の人混みでも、RGだろうがUGだろうが、きっと平気に違いないから。



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