ようやく身体の熱が治まってヨシュアの性器が体内から引き抜かれたときには、もう意識を保っていることが出来ずにそのまま気を失ってしまったことを、ぱちりと目を開いた布団の中で思い出した。
 無意識のうちに手を伸ばしてそこにあるはずの体温を捜したけれど、手に触れるのはさらさらしたシーツの乾いた感触だけで、求める人はどこにも見つからない。仕方なく悲鳴を上げる身体に鞭打って、なんとかベッドの上で身を起こす。
「ヨ、シュア……?」
 愛しい名前を呼びかけながらきょろきょろと見回してみたものの、やっぱり部屋の中にも彼の人は見当たらない。落胆する気持ちを持て余しながら自分の身なりを確認すると、寝る前に身につけていた制服はヨシュアが脱がせてくれたのか、清潔に洗濯されたパジャマに変わっていた。
 散々汗をかいて汚れるようなことをした割に身体のどこもべたついていないから、恐らくお風呂にも入れてくれたのだろう。せっかく久しぶりにヨシュアと一緒の入浴ができるチャンスだったのに、とますますがっかりしていると、キィ、と控えめに扉の開く音がして、反射的にぱっと顔を上げた。
「ああ、起きてたんだ。おはよう、ネク君」
「ヨシュアっ」
 扉を開けて入ってきたのは他でもないヨシュア当人で、今すぐベッドを飛び降りて駆け寄りたいほどなのに、そうするほどの体力が残っていない身体がもどかしい。
 長い脚でことさらゆっくりと部屋の中を歩いて、優雅にベッドの端へ腰掛けるヨシュアに焦れてすぐに抱きつこうとすると、その前にヨシュアが手にしていたらしいカップを渡されてそれは叶わなかった。
「はいこれ、お水。喉渇いたでしょ?」
「う……あり、がと」
 本当は水なんかよりもヨシュア自身に飢えていた俺はつい不本意に思ってしまったものの、散々嬌声を上げさせられたせいでからからになっていた喉は確かに水分を求めていたから、ヨシュアの行き届いた気遣いに感謝しながら大人しく手にしたカップに口をつける。自覚はなかったのだけれど、俺の喉は相当渇いていたらしく、一度飲み始めてしまったら止まらずにごくごくとカップ一杯分を飲み干した。
 渇いた全身が一気に潤う感覚に、ほっと息を吐く。
「どこ、行ってたんだ?」
 右手にカップ、もう片手に水差しを持っていたらしいヨシュアは、綺麗な細工の施されたガラスの水差しをナイトテーブルに置いてから再びこちらに向き直る。
「うん? とりあえず上への報告とか、こっちの後始末とかしてきたとこだよ」
「起きたらいなかった、から……」
「ごめんごめん。お水、もっと飲む?」
「ん……もういらない」
 ふるふると首を振る俺の手からカップを取り上げて水差しの横に置くヨシュアを待ってから、今度こそ遠慮なくヨシュアの細い首に腕を回して抱きついた。ふてくされた様子の俺にやわらかく微笑みながら、ヨシュアはその大きな手のひらでぽんぽん、と子どもにするように背中を撫でる。
「ふふ……これでも一応、ネク君が起きるまでにはと思って急いで帰ってきたんだよ?」
「う……わ、わかってる……けど……」
「寂しかった?」
 我儘を言っている自覚はあったけれど、俺を甘やかしてくれる穏やかな声に思わずこくりとうなずくと、ヨシュアは詫びるように優しくキスをくれた。やわらかくて少しだけ冷たいヨシュアのくちびるは何度触れても物足りないと思ってしまうくらい気持ちよくて、首に回した腕にぎゅっと力を込めながら繰り返し口づけをせがむ。
「ん、く……」
「外に出たついでにケーキも買ってきたからさ、機嫌直してよ」
「ほん、と?」
「うん。もうクリスマスじゃなくなっちゃったけど、クリスマスケーキ。まだ何も食べられないかなと思って冷蔵庫に入れてきちゃったけど、今食べたい? 持ってこようか?」
 ヨシュアがいない間は甘いものなんて食べる機会がなかったから、その言葉はひどく魅力的で、きっといつものようにひとくちひとくち、ヨシュア自身の手で食べさせてくれるのだろうことを思うと、じんわりと広がる甘い気持ちで胸がいっぱいになったのだけれど。
 今はどちらかというと、ケーキよりも。
「ううん、あとでいい……から」
「そう?」
「もっと、ぎゅってして……いっぱい、キスして、ほしい……」
 今こうして俺を抱いていてくれるヨシュアの腕からはどうにも離れがたくて、留守番の間埋めることの出来なかった隙間を満たすように目の前の身体にぎゅっとしがみついた。ふわふわと鼻腔をくすぐる花のような香りも、やわらかで繊細な髪の毛が頬に触れるのも、抱き締め返してくれる大きな手のひらも、ヨシュアの全部が愛しかった。
「ふふ、甘えたさんだね」
 くすくすと笑いながら、俺の望みどおりに温かな呼吸の漏れるくちびるを寄せて、繰り返しキスをくれるヨシュアを、これから次の仕事が始まってしまうまで毎日独占できるのは俺だけなのだと渋谷中の人に自慢してやりたい、と密かに考えたことは、目の前の男には内緒にしておこうと思う。



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