身体が、痛い。 寝返りを打とうとして身じろぎすると、むき出しの腕にじゃり、というざらついた感触を覚える。 じゃり? おかしいな、ここは俺の寝慣れた布団の上のはずだ。 寝ぼけた頭でぼんやりと考えても、確かに自分の部屋のベッドに横たわったのが最後の記憶である。 なのに、触れる感触は明らかにさらさらのシーツとふかふかの布団……ではない。ざりざりと不快な肌触りと、背中に当たる硬い感触。 まるでコンクリートの地面に放り出されたような。 そこまで考えて、はっと意識が覚醒する。目を開けても、辺りが暗すぎるようで何も見えない。ひゅう、と肌を撫でていく冷たい風は、外の空気だ。その風にざわざわと揺れる、木々の音。 夜、だろうか。だが、いくら夜でもこんなに辺りが見えないのはおかしい。首を動かして周りを見回しても、充電中の携帯の光も、いつも俺の部屋で明滅しているデジタル時計の数字も見当たらない。 やはりここは外だ。しかも、街灯が見当たらない、暗闇の中。 予想外の事態に、がばっと勢いよく身を起こした。が、その途端ぐらぐらと眩暈が襲って、起こしただけの上体がふらつく。ずき、ずき、と頭が痛む。 暗闇に周りの様子も分からず、自身の正体もおぼつかなくなりそうだ。そのまま再び硬い地面に倒れこむかと思ったそのとき、そっと回された何かが背中を支えた。 誰かの腕? だろうか。 ふらつく上体をしっかりと支えられて、揺るがないその感触はどこか覚えのあるもののような気がした。知らず知らずのうちに身を任せる。 それでもぐらぐらとまだ眩暈を起こす頭はなかなか治らなくて、後から考えるとそんな非常事態に、無防備にも程があったと思う。 「大丈夫かい?」 落とされた声は優しい響きを伴っていて、とてもよく聞き慣れたものだ。 ようやく見つけた知っているものの気配に、ほっと溜息が漏れる。 「よ……」 名前を呼ぼうとして、うまく声が出ないことに気がついた。寝起きだからだろうか。 咳払いをしようとして、それすら思うようにできないほどに身体に力が入らない。思う通りにならない身体を不思議に思っていると、す、と辺りが明るくなった。月明かりだ。 どうやら今まで雲に隠れていた月が、顔を出したらしい。明るくなった空に浮き上がる、俺に覆いかぶさるように枝を伸ばす木々の影がいくつも見える。 そのまま俺を支える腕の持ち主を見上げれば、見慣れた顔がそこにあることを疑わなかったのだけれど。 「!」 それは俺の予想していた人物ではなくて、驚きに身体が強張った。 咄嗟に身を離そうとしても、身体がうまく動かない。 不思議そうに首をかしげるその人の顔は、俺のよく知った顔に似ているようで、どこかが違う。 俺が予想していた、というかそいつに違いないと疑いもしなかった人物は元々大人びた表情をするやつではあったけれど、これはそういう問題じゃない。 大人びた、というか、大人そのものである。 丸みを帯びて柔らかそうだった頬のラインはシャープになって、あどけなさの欠片もない。 夜闇に溶けてしまいそうな暗色のスーツという装いも、初めて目にするものである。 装いとは対照的に、浮き上がるように月明かりを反射する淡い髪の色と、スミレ色の双眸はそのままだ。でも、俺の知っている人物ではなかった。 背中を預ける腕も、スーツの上から見て取れる体格も、記憶の中の細っこいものよりしっかりしている気がする。 強いて言うなら、大きくなったヨシュア……とでも言うべきだろうか。 俺の年頃では短期間で劇的に成長して、変化するやつもいるけれど、さすがに先週会ったばかりのやつがここまで変化するとは思わない。普通は。 俺の脳みそは至って平凡で常識的な思考回路をしているので、これは別人だ、と思うのはごく当然のことと思う。 それに、ヨシュアはUGの人間だ。あまり詳しくはないけれど、生きている人間のように成長することはなく、見た目も変わらないと聞いていた。 だから、俺の成長に合わせて徐々に縮まる身長差に、嬉しいような、寂しいような気持ちすら抱いていたのだ。 そのため、目の前の人物はヨシュアではない、と咄嗟に判断する。 「誰、だ……?」 ようやく声を発することに成功すると、その言葉に彼が息を呑んだのが分かった。 本文より抜粋。 |