「ネク君、さむい」
 横から伸びたヨシュアの長い腕が、ぎゅっと俺のお腹を捕まえる。
 そのまま肩口に顔を埋めるようにもたれられると、いくらヨシュアが細身とはいえ、重い。
 俺とヨシュアの大人の身体では、頭一個分以上身長が違うし。
「お、もい」
「だって寒いんだもの」
 俺の都合はお構い無しなのか。
 二人分の体重を支えるソファが、ぎっと音を立てた。
「暖房でもつければ」
「こんな季節にもったいないじゃない。ネク君、子供体温であったかいし」
「……子供で悪かったな」
 もう高校生なのだから、身体は大人とそんなに変わらないと思うのだけれど。
 でも、ヨシュアに抱き抱えられるとその腕にすっぽりと収まってしまう今の状況では、ヨシュアが俺をいつまでも子供扱いするのも仕方ないのかもしれない。納得いかないけど。
 こんな風に子供の俺に甘えるヨシュアは変な大人だ。
「今日は寒いね」
 でも、こうやってぴったりくっついているとヨシュアの低い体温でもじんわりと暖かくて、うとうとと気持ちよくなってくる。
「ネク君」
「んー」
「ねむい?」
「んん……」
 もたれかかるヨシュアの重みすらなんだか気持ちよくて、離れがたくて首を振ったのだけれど、ヨシュアにはお見通しだったらしい。
「ふふ……ほら、ベッドいこ。ネク君には抱き枕になってもらうから」

 そう言って、ひょいと俺を抱き上げて、ベッドに連れこんだくせに。

 目が覚めたら、なんだかとても寒かった。
 布団は十分に被っているはずなのに、冷たい空気がじわじわと染み込んでくる。
 無意識にすぐそこにあるはずの体温を求めて、手探りで探しても見つからない。
 重いまぶたをなんとか持ち上げて、ぱちぱちと瞬きをする。
 探していたものは、ちゃんとそこにあった。枕の上に散らばる柔らかそうな髪の毛と、呼吸でゆるやかに上下する身体。
 ただし、俺とは身体一つ分距離をとった位置に、背中を向けて。
 寝る前は確かに俺を抱えて、抱き枕にしてたくせに。
 ヨシュアは時々こんな風に俺に背を向けて寝ていることがある。
 もちろん寝るときはいつも(恥ずかしながら)抱き合う形で眠りにつくのだけれど、起きるとそっけなく背中を向けていることがざらなのだ。
 くっついているうちに暑くなって身体が勝手に離れてしまうのかもしれないけど、それでも今日はこんなに寒いのに、俺が寒い思いをしているのに。
 そもそも今日はヨシュアの方からくっついてきたくせに理不尽だ。
 なんで、俺が寂しいと思わなければいけないのか。
 悔しくて、目の前の背中に力任せに抱きついた。起こしたって知るものか。
 抱きついた背中は固くて、多少は温かいけれど、やっぱりこれではダメなのだ。
 俺を包んでくれるのは、ヨシュアの長い腕でなければ。受けとめてくれるのは、温かな胸でなければ。
「ん……」
 乱暴に抱きついたせいか、回りの変化に敏感なヨシュアはさすがに目が覚めたらしい。
 寝言のような声を漏らして、ちいさく身じろいだ。
 それから、腕の中に俺がいないことに気が付いたのか、もぞもぞとこちらに振り返る。
「ねく、く……?」
 気がつくのが遅い。マイナス10点だ。
「ばか」
「?」
「バカヨシュア」
 ふてくされたまま悪態をつくと、ヨシュアはようやく事態を把握したようで、困ったように眉尻を下げた。
「ごめん、寒かった?」
「バカヨシュア」
「ごめんね」
 そのまますぐにヨシュアは正面から俺を抱き締めてくれたけど、素直に受け入れることができなくて、かたくなに縮こまった。
「おま、おまえのほうからくっついてきたくせに」
 本当は、ヨシュアから触ってくれるのが嬉しいのは俺だし、すげなく離されて寂しいのも俺なのだ。
 それが、ヨシュアにとっては何でもないことのようで、悔しい。
 いくらかたくなになってもヨシュアの腕は優しく包み込んでくれて、やっぱりそれも悔しい。
「ごめんってば」
「ヨシュア、いつも……」
「うん?」
「いつも、起きると向こう、向いてるから」
 寂しい、とまでは、強がりが邪魔して言えなかった。
「なんか、やだ」
 そう言ってから、随分長い沈黙が下りた。少なくとも俺にとっては。
 なんだよ、なんか言えよ。
「……ごめん、ね」
 ようやく沈黙が破られたと思ったら、また謝られた。なんなんだよ、もう。
「なんか、身体が慣れてなくて……さ。たぶんそのせいだと思うんだけど」
「……」
「ネク君あったかくて、僕にはもったいなくて」
 こんな風に言うと、ネク君はまた怒るかもしれないけど、とヨシュアが笑う。
 あたたかいものに慣れていないから、ヨシュアの身体は逃げてしまうのだと言う。
 そりゃ、俺だってこんな風に誰かとくっついて寝るなんてことは慣れていないけれど、ヨシュアの言葉はそんなことよりずっと重くて。
 ずっとずっと、俺には重くて。なんだかすごく切なかった。
「ネク君?」
 だから、うまく言葉が出てこなくて、ぎゅっとヨシュアの身体に腕を回した。
「そ、んなの」
「うん?」
「早く、慣れろ」
 ただのわがままに聞こえてもいいから。
 理不尽だと思われたってかまわないから。
「俺で、慣れればいいだろ……」
 我ながら思い上がったことを言っているな、という自覚はあったから、ヨシュアの顔が見られなくてその胸に額を押し付けた。
 でも、ヨシュアがそんな俺に優しいことも、ちゃんと知っているのだけれど。
「うん」
「……」
「そうだね。そっか」
「バカヨシュア」
「ごめんね」
 また謝る。
「うん……努力、します」
 そう言って困ったように笑うヨシュアの声はヨシュアらしくなくて、でもそれだけのことが俺は凄く嬉しくて、なかなか温かくならない身体に強くしがみついた。


20090426

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