「あー、やっばい」
 電話口から聞こえるヨシュアの声はノイズが混じるせいか少しくぐもっていて、こうして電話で会話をすることもあまりないから、なんだか知らない人みたいだ。
「どうした?」
 それまでの会話の流れを断ち切って突然漏らされた言葉が不思議で、思わず首をかしげる。目の前に相手がいるわけでもないのに頭を下げたりするのと同じで、これはもう日本人の習性だと思う。
「僕、ネク君のことすっごい好きみたい」
 たっぷり三秒、間が空いた。ラジオで言うなら放送事故である。あまりの脈絡のなさと、その言葉の衝撃に頭が真っ白になったからだ。
「な、なん、だよ……急に」
「もー、だめだよ、なんでそんなに僕に一生懸命なの? 可愛すぎるでしょ」
 いつもあまり感情を乗せることなく淡白に紡がれるはずのヨシュアの声が、どことなく甘さを含んでいる。
 ヨシュアは何言ってるんだろう。俺がヨシュアのことで一生懸命にならないなんてありえないのに。
 などとわけの分からないことをごく自然に考えてしまったのも混乱しているからだ。
 落ち着け、落ち着け。
「い、みわかんな……お、俺が一生懸命だとなんか悪いのかよ……」
 ああ、ほら、またわけの分からないことを。
「だって、僕だって我慢してるのに。ネク君がそんなだと困るよ」
 混乱してはいたけれど、ヨシュアが好きだと言ってくれたことは素直に嬉しくて、だけどその言葉には少しかちんときた。聞き捨てならない。
「……俺、別にヨシュアに我慢して欲しいとか思ったことないぞ」
 というか、ヨシュアが我慢すると俺が嫌なんだって、ちゃんと以前にも伝えたはずなのだけれど。
「ほら、そういうのが困るんだってば」
 呆れたような声音と共に吐き出されたため息は、いかにも分かってないなあと言いたげだったけれど、分かってないのはヨシュアの方じゃないか。
「困らない! ……俺、ヨシュアのそういうとこ好きじゃない……」
「へぇ?」
「……」
「……」
 むかつく。こういうときヨシュアはすぐに黙り込んで、いつも俺のことを試してる。
 でも。
 俺が一生懸命だと、ヨシュアは嬉しいのかな。そういう俺だったら、もっと好きになってくれるのかな。
 さっきの言葉を反復するに、一生懸命イコール可愛い、らしい。男に対する褒め言葉ではないけれど、でも俺はヨシュアにそう言われると嬉しい。ヨシュアじゃなかったら嬉しくない。
「じゃあ、もっと一生懸命になる」
「は……」
「そうしたら、もっと好きになってくれるんだろ?」
 今度はたっぷり三秒、ヨシュアの方の間が空いた。放送事故だらけだな。
「いいんだ、そんなこといって」
「いいって言ってる」
「我慢しなくていいんだ?」
「だから……」
「言っとくけど僕、すごいよ?」
 しつこく確認するヨシュアの声は明らかに笑っている。電話の向こうでいつもの顔を浮かべているところが容易に想像できた。
「そ、そんなの……今までの分がそれでチャラなくらいだろ」
 ヨシュアはたまには俺を大事にすることをやめればいいと思うのだ。多分、それでトントンなくらいなのだから。
「ふぅん? それは……楽しみだね?」
 携帯を耳にぴったりくっつけていたせいか、ふふ、と笑う吐息が耳元を撫でる錯覚を覚えた。
「なに、が」
「今夜が」
「……!」
 思わずあらぬ想像をしてしまった自分を殴ってやりたい。
 動揺を悟られまいと思わず電源ボタンを押してしまってから、その行動自体が既に動揺を伝えていたことに後悔するのはもう少し後になってからだ。


2009406

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