ぎゅ、と腕に抱いた枕が俺の力に合わせて形を変えた。
 冷たくて、静かで、何も言わないそれに清々する。
 なのに。
「ネク君」
 枕が俺の身体にぴったり寄り添うのを邪魔するヨシュアの腕。お腹に回ったそれは、いつも通りの抱き枕のかたちだ。俺がヨシュアに背を向けている以外は。
「今日は一人で寝るって言った」
「だって、ベッドは一つしかないんだからしょうがないじゃないか」
 なんてずうずうしいやつだ。そりゃ、このバカでかいベッドは一人で寝るには広すぎるけど。
「ソファがあるだろ」
「身体痛くなっちゃうよ」
「じゃあ床で寝ろ」
「ネク君一人じゃ寝られないくせに」
 強硬な態度は崩さないように、と思ったのに、やけに自信満々に言われた言葉に思わずぐ、と詰まった。
「知ってるよ」
 うるさい、うるさい。おまえに全部分かられてるのなんて、俺だって知っているんだ。なにせ、当の俺が一番身に染みているのだから。
 でも、俺は怒っているのだ。帰ってきたら、一番に食べようと思って。
 とろふわプリン、楽しみにしてたのに!
「ネク君」
 うるさい。喋るな。名前なんか呼ぶな。なんでお前はこの枕みたいに静かにしていられないんだ。
「こっち向いてよ」
 ぎゅ、と抱き締めていたはずなのに、枕はあっさりとヨシュアの手に取り上げられた。
 とたんに手持ちぶさたになる。腕がすかすかする。
 俺は怒ってるんだ。
「抱っこするの、それじゃないでしょ」
 俺は、怒ってるんだ。
 怒って。
「ねくくん」
 ふわりととろけて、俺だけを甘やかす声。

「バカヨシュアっ」

 受け止める腕は、むかつくくらいいつも通りで、腹立たしいほどに優しかった。
「勝手に食べてごめんね」
 すかすかしていたはずの腕が、今は他の入る隙なんてないくらいいっぱいだ。満員御礼、本日の受付は終了いたしました。
見た目ほどには柔らかくなくて、俺がどれだけ力を込めても折れそうにないしっかりした体躯。思わず漏れてしまったため息が、悔しい。
「明日、一緒に買いに行こう?」
「……たまごと、栗」
「うん」
「二個ずつ。おまえには一個もやらない」
「ふふ、うん」
 何笑ってるんだ。会計するのはおまえなんだからな。
「二個でも、三個でもいいから」
 息を吸い込むと、ヨシュアの匂いで胸がいっぱいになる。
 ムカつく、むかつく。
「明日は笑った顔見せてね」
 甘いカラメル味のキスなんて、絶対してやるもんか。


20081106

→もどる