「ネク君どうしよう、これ不味い」 隣でとろけるプリンを咀嚼していたネク君がこちらを向く。彼は気に入るとそれ一筋に買いつづける性格なので、一緒に住み始めたときから繰り返されるその姿は見慣れたものになった。 「だから、無駄遣いするなって言っただろ?」 呆れ気味に振り向いた表情そのままに、溜め息をつかれてしまった。 彼に無駄遣いと称されたそれは僕の右手におさまっている、新製品のメロン牛乳プリンである。 メロンの加工品は得てして期待してはいけないものだが、それを差し引いても牛乳とメロンの風味がなんとも僕の好みに合わない。 「でもつい買っちゃうんだよ……こういうの出すメーカーって僕をテストしてるようにしか思えない」 悲哀に満ちたこの気持ちを必死でうったえたつもりだったのに、また溜め息を吐かれてしまった。愛し合う二人の気持ちが通じ合わないなんて、なんて嘆かわしいことだろう。 今度は僕の方が溜め息を吐きたい気持ちで、仕方なく手にしたプリンをプラスチックのスプーンで掬い、口に運んだ。いくら口に合わないとはいえ、新製品にチャレンジするものとして、最低限食べきらなくては主義に反する。 口内に広がる何とも言えない味に眉を寄せながらスプーンを舐めていると、何やらネク君がぼんやりした様子でこちらを見つめていた。手にしたとろけるプリンはそっちのけだ。 「どうしたの?」 首をかしげて訊ねれば、はっと我に返る。やけに慌てた様子で、なんとなく顔が赤い。 「や、あの……そ、そこまで不味いとか言われると、どんなだろと思って」 ちらちらと、どうやらネク君は僕の口許が気になって仕方ないらしい。 ああ、そういうことか。 あまりに可愛らしいその反応に、意識せずとも勝手に口許が笑ってしまった。 「食べてみる?」 「え、あ」 「口、開けて」 戸惑うネク君の返事は待たずに、プリンを一掬い口に含む。 「はい、あーん」 「ん、んんっ」 そのままくちびるを押し付けると、半開きのネク君の口の中に含んだプリンを流し込んだ。 滑らかな感触のそれを、そっとネク君の舌に擦り付ける。 「ん……ふ、ぁ」 それはすぐにお互いの舌の上で溶けてしまって、くちびるを離すと甘ったるい香りだけが残った。 「どう?」 くちびるが離れる瞬間やけにネク君は名残惜しそうで、今も蕩けたような瞳で熱っぽく僕のことを見つめている。 「ん、なんか……一口だけだと、よく、わかんない……」 ぎゅ、とねだるように僕の服の裾を掴むネク君に、思わず微笑む。 「じゃあ、分かるまで食べさせてあげる」 今にもネク君の手から滑り落ちてしまいそうなとろけるプリンは、そっと取り上げてテーブルの上に置いた。 一掬い、また一掬い、カップが軽くなる。 「ん……んぅ…」 「どう?」 「は、ん、んく……」 ぴちゃ、とネク君の舌を舐めると、びくりと肩が跳ねた。 「ね、美味しくないでしょ?」 「ふ、ぁ……ゃっ」 くちびるが触れるか触れないかの距離で絡めていた舌を離すと、僕の服の裾を掴んだ手がぎゅっとひっぱる。そんなに引っ張ったら伸びちゃうってば。 「どうしたの? 味、教えて?」 「ん、んぅ……も、もっと……」 「もっと? もうないよ」 熱っぽくうるんだ瞳でねだられて、くすくすと笑いが漏れてしまう。 もうカップには一口分しか残っていなくて、最後の一掬いを口に含むとまたネク君に口付けた。 「ん、ん……うぅー……」 滑らかなプリンの感触と、対照的なネク君の舌の感触を楽しむ。 「全部食べちゃったね。あんなに美味しくなかったのに。ネク君はお気に召したのかな?」 「ふ……う、ゅ」 は、は、と息を漏らすネク君にはもう問いかけの意味が分からないのだろうことは分かっていたけれど、そのままくちびるは触れ合わせながら囁いた。 「ね? ネク君のプリンぬるくなっちゃうよ」 「ぁ、や……だ、やめないで……」 離れた舌が不満らしいネク君が、いやらしく赤い舌をちらつかせる。 「僕のプリンもうないってば」 「ゃだ、ちが……ぃじわる……っ」 わざとネク君が喋りづらいようにちゅ、ちゅ、とくちびるをついばむと、むずがるようにゆるゆると首を振る様子は幼い子どものようだ。 「ちがうの?」 「ふ……ち、が……」 「じゃあ、ネク君が欲しいの、ちゃんと教えて?」 うう、とか、んー、とか、言葉にならないらしい甘ったるい吐息で声を漏らしながら、観念したようにネク君は小さく呟く。 「……もっと……き、キス、して……」 「聞こえないよ?」 「ん、ゃら……ゃあ……!」 「だめだよ。ほら、ちゃんと言って」 うるんだ瞳は泣きそうで、震えるくちびるは可哀想なほどだ。そっと触れ合わせていたくちびるさえ離して、追いすがるネク君を人差し指で押し留めると、懇願する声はもはや涙声だった。 「やだ、やぁぁ……ふ、ぅ……ん、き、きす……してっ」 「キスだけでいいの?」 「ふ、ふうぅ……ゃ……」 「ネク君?」 「い、いっぱい……ぇ、えっちなこと、してっ……!」 ぐすぐすと嗚咽を漏らす様子は僕の支配欲を満たしてくれる。漏れる笑いは堪えないまま、阻んでいたゆびをネク君の頬に添えると、お返しのように濡れたくちびるに口付けた。 「とろけるプリン、きっとぬるくなって美味しくなくなっちゃうけど」 「ん、んー」 「また、あとで食べさせてあげるからね?」 僕のくちびるはとろけるプリンよりよほど魅力的だったらしいことに満足しながら、そっとネク君の肩をソファに押し付けた。 20080928 →もどる |