※C-7さまより。 様子のおかしい羽狛さんがいます。 1.BRAVE+ 2.SYNCスティック 3.愛 好きな原因を選べ。 ―――――――――――――――――――――― いつものように、呼び出された彼の部屋。 テーブルの上に、見慣れない花があった。 花器がなかったのか、グラスに活けられた白い薔薇。 柔らかそうな花弁が重なった、繊細な姿は シンプルな内装の部屋で、どこか異彩を放っている。 部屋の主は、こちらに背を向け流し台に立っていた。 見ればその傍らにも、花を挿したグラスがある。 目の前にあるのと同じ、白い薔薇。大きさも、ほぼ同じだ。 彼はそんなにも、花が好きな男だっただろうか。 部屋を見回す。 ベッドサイド、窓辺、そこから見える彼の店。 その全てに、白い薔薇の挿されたグラスが鎮座していた。 確かに、美しくはある。 だが、今までは人工物しか存在しなかった空間に 突然置かれた植物の姿は、まるで異邦人のようだ。 そこまで考えて、ふと苦笑する。 ――この部屋にも、慣れてしまったものだ。 異邦人というなら、自分もそうに違いない。 この部屋は本来、彼ひとりのものなのだ。 自分がここにいるという事実は、あくまでその副産物。 この場所を拠点としている彼が、自分を蘇らせたから。 ここにいる理由は、ただ、それだけなのだ。 にもかかわらず、この部屋にすっかり馴染んだ自分がいる。 少なくとも、ここの内装を見慣れてしまったのは確かだ。 職務が終わって帰宅すると、彼はほぼ必ず自分を呼ぶ。 こちらの頼みを聞いて、美味いコーヒーを淹れてくれる。 ソファに座り、向き合って、他愛無い話をする。 平穏すぎるほど、平穏すぎる時間。 今まで想像すらしていなかったはずのそれを、 いつしか自分は当然と受け止めるようになってしまった。 何故、消えゆく自分をわざわざ繋ぎ止めたのか。 何故、当たり前のように二人で過ごそうとするのか。 その理由を、彼は語ろうとしない。 彼が言わない以上、こちらから尋ねることもない。 だが、ここがある種、安住の地であることは確かだ。 やはり、彼には感謝すべきなのだろう―― そう、思った矢先。 唐突に。 「悪い、待たせちまったな」 彼が、こちらを向いた。 その時自分は、どんな顔をしていたのか。 「何だ?嬉しそうな顔してんな」 開口一番に言うと、彼は目を細めて笑った。 軽い足取りで近づき、向かいのソファに身を沈める。 むしろ、その表情の方がよほど上機嫌に見えたが 口に出して指摘することは、あえてしないでおいた。 裏も含みもない彼の笑顔は、見ていて心地良い。 それからは、いつもと変わりなく他愛無い話をした。 部屋の外、街で何が起こっているか、彼が聞かせてくれる。 彼の手で蘇って以来、部屋を出たことがない自分にとっては こうして彼が持ち込む話だけが、外に関する情報の全てだ。 その状況を、不満とは思わない。 外で生きられるよう、計らっても構わないと彼は言った。 だが、その提案も丁重に断った。 好意に甘えているとはいえ、一度は消滅した身なのだ。 守るべき、分というものがある。 テーブルの上で、揺れもせず佇む薔薇を見る。 同じようなものだ。 切花として、要所要所に飾られている分にはいい。 だが、これが必要以上に大きな花束であったなら、 簡素な内装で統一された部屋の雰囲気を壊すだろう。 ましてこれが鉢植えの類で、必要以上に茂ったなら、 雰囲気どころか、彼の生活空間まで侵すことになる。 場合によっては、街の美観も損なうだろう。 つまりは、そういうことだ。 しばらく花を眺めていると、彼が身を乗り出した。 「それ、気に入ったのか?」 何気ない質問を装った問いかけ。 だが、サングラス越しの視線は興味を隠さない。 「私が花を眺めては、おかしいか?」 逆に問い返すと、彼は屈託なく笑った。 「いや、珍しい取り合わせだと思ってよ」 彼の言い分には、確かに一理ある。 今までは、人工物に囲まれて生活していたようなものだ。 花に接する機会など、ほぼ皆無だったといっていい。 しかし、それは自分に限った話ではないはずだ。 「君が花を活けている姿も、新鮮だったが」 そう返すと、彼はわずかに目を見開いた。 気恥ずかしくなったのか、彼にしては珍しく視線が泳ぐ。 「……人が悪いぜ」 「何もすることがないからな。たまの刺激は貴重だ」 別に、恨み言ではない。 滅多に見ない姿に、つい目を引かれただけだ。 とはいえ、あまり追い詰めるのも本意ではない。 この話は、ここで終わりにした方が賢明だろう。 「この花は、どこから?」 話題を変えると、彼も抵抗なく応じた。 「もらい物だよ。結婚式でな」 冠婚葬祭。ひどく、世俗的な出来事である。 少なくとも、生きた人間以外には縁のない話だ。 それが彼の口から出るのは、何やら興味深かった。 当事者でなければ、何かの縁で参列したのだろうか。 改めて、眼前の彼の姿を見る。 くたびれた服。申し訳程度に整えられた髪。無精髭。 ――深くは、追求するまい。 「随分と、豪華なもらい物だな」 部屋のあちこちに飾られた薔薇は、決して小さくない。 しかも、集めればそれなりに豪華な花束になる数だ。 全ての参列者に、気前良く配れるようなものではない。 彼は一体、どういう経緯でそれを手に入れたのか。 「ほら、あるだろ式の途中で。花嫁が、こう」 そう言って、彼は片手を勢い良く跳ね上げる。 もしかすると、何かを後方に投げる仕草なのだろうか。 「ブーケトス……か?」 「それだ!」 実のところ、それが正式な呼び方だとは保証できない。 しかし、花嫁が式の途中で花束を投げる慣習については どこかで伝え聞き、知識として知っている。 だが。 「あれは、未婚女性が受け取るものだと聞くが」 「まぁ、そうなんだろうけどな」 うなじを押さえ、決まり悪そうに彼は呟く。 「前に出て、受け取ろうって奴がいなくってよ」 「……そうか」 件の慣習には、幸福を分け与える意味があるという。 だが、その好意を満ち足りた者の傲慢と曲解した上 自らの不幸を強調するものだとして、疎んじる者もいる。 女性の――いや、人間の心理は複雑だ。 「誰にも取られねぇってのも、寂しい話だろ?」 彼の主観はともかく、本意ではないだろう。 花束そのものにとっても、それを投げた者にとっても。 「だから、君が?」 尋ね返すと、彼は鷹揚に頷いた。 聞けば、それで会場は笑いに包まれたという。 「君らしいな」 「何だ、そりゃ」 賞賛したつもりだったが、彼は何故か肩を竦めた。 だが、場違いに見える行動で、場の雰囲気を保ったのだ。 少なくとも花束を投げた者は、彼に感謝すべきだろう。 細やかな、だが決してそれを表に出さない気遣いに。 「君なら確かに、いい花嫁になれるのかもしれん」 一つ、鈍い音がした。 薔薇を活けられたグラスの中で、水が跳ねる。 「……何だ、そりゃ」 先ほどと同じ台詞で、彼はもう一度問い返してきた。 洒落たテーブルの天板に、顔が埋まっている。 「そうか、知らなかったか」 先ほどの態度から察するに、無理からぬことだろう。 無知を責めるためではなく、救うために説明する。 件の慣習は、単に参列者の幸福を願うものではない。 式の途中、花嫁は未婚女性の参列者に花束を投げる。 それを受け取った者は、次の花嫁として幸福になれる。 つまり、投げられるブーケは単純な縁起物に留まらず、 いわば幸福をリレーする、バトンの役割をも併せ持つ。 「と、いうわけだが」 白木の板に顔をめり込ませたまま、彼は動かない。 「……大丈夫か?」 今になってわかった慣習の内容が、衝撃的だったのか。 知らずに花束を受け取ったことを、悔いているのか。 少々、意地が悪かったかもしれない。 言ってしまったことは戻らないが、胸が少し痛んだ。 彼が気の毒に思えて、そっと手を差し伸べる。 と。 差し出した片手を、彼は力強く両手で握り返してきた。 「わかった」 再び上げられた顔、真っ直ぐにこちらを見つめる瞳。 そして、彼は言った。 「結婚しよう」 「……」 何を言われたのか、理解できなかった。 「結婚しよう」 念を押すように、彼はもう一度言った。 どうやら、大切なことらしい。 しかし二回言われたところで、理解できないことが すんなりと飲み込めるようになるわけでもない。 「幸せにするから」 そういう問題でもない。 「早苗」 「おう」 「……水を持ってこよう」 少し、頭を冷やした方がいい。 そう言って席を立とうとしたが、両肩を押さえて止められた。 「俺は本気だ」 痛いほど肩を押さえたまま、彼は真っ直ぐに見つめてくる。 確かに、嘘や冗談を言っている目ではない。 本気には、違いないのだろう。 正気では、ないだろうが。 じわじわと、自分の迂闊さが悔やまれてきた。 きっかけは薔薇の話か、それとも結婚式の話か。 どこからがその境界であったのかは判じかねるが、 とにかく、こちらから不用意に振ってしまった話題が 歯車を狂わせて今に至ることだけは、確かだった。 しかし、その後悔をよそに、男の言葉は続く。 「ずっとこんな生活ってのも、どうかと思ってた」 消滅を回避した世界の恩恵を、何一つ受けることなく。 平和な街の片隅で、隠れるように暮らす日常。 自分が感謝すらしていたそれを、男は憂えていたという。 「お前だって、この世界を守った立役者なんだからよ。 堂々と胸張って、街に戻れてもいいじゃねえか」 そう言ってくれるのは、喜ばしいことだと思えた。 外の世界から消滅して、少なからぬ時間が経っている。 自分の為したことは、忘れられるばかりだと思っていた。 それを、彼だけは認めてくれる。忘れずにいてくれる。 理由はどうあれ、やはりそれは感謝すべきことだ。 「で、幸せになろう。二人で」 しかし、だからといって、それはどうだろう。 「まぁ、そういうわけだ」 どういうわけだか、自分には皆目わからないのだが そんなことは気にした風もなく、彼は勢い良く席を立つ。 「この際だ。ちゃんと話もつけてくるぜ」 「……話?」 何となく、嫌な予感がした。 誰に、どんな話をするというのか。 「決まってんだろ。……あの方に、直談判してくる」 「な――」 それを耳にした瞬間、何も考えられなくなった。 考えるより先に、身体が動いていた。 行かせてはならない。この男を止めなければ。 ソファから立ち上がり、彼の行く手を塞ぐ。 先刻の彼がしたように、両肩を押さえて歩みを止める。 抱き締められた。 廻された手が、あやすように軽く背中を叩いている。 癖のある髪と無精髭が、首筋の皮膚を強く擦った。 視界の端に、幸福で溶けそうな彼の顔が見えた。 痛くはない。だが、簡単に振り解ける抱擁ではない。 何より、彼がいつまでもこの調子では話にならない。 引き剥がした。 「落ち着くんだ、早苗」 名残惜しそうな表情の彼に、言い聞かせる。 考えてみれば、珍しい状況だった。 消滅する以前、共に職務に取り組んでいた頃は、 彼に諭され、助言を受けることの方が多かった気がする。 それが、まさかこんなことになるとは。 当時の自分は、想像すらしていなかった。 ――できようはずがない、とも言う。 「いいか、早苗」 大切なことなので、もう一度呼びかけた。 名を呼ばれて嬉しかったのか、彼は目を細めている。 今なら、否定的な話でも受け入れられるかもしれない。 「私は、既にこの街から消滅しているべき存在だ」 「ああ」 互いに共有している、単純な事実を確認する。 彼も、それには素直に頷いた。 「君の計らいがなければ、蘇ることもなかっただろう」 「かもな」 好意か気まぐれか、何かの思惑があってのことか。 ともかく、彼の行動がなければ、自分はここにいない。 感謝はしている。彼の真意が、どこにあろうとも。 だが、それが世界に受け入れられるかどうかは、別の話だ。 「一度消滅した存在が、今さら外に出られるはずなどない」 「いやいや」 「……いや、早苗」 「いやいや」 いやいや、ではない。 自分の消滅は事故でも、他者の悪意によるものでもない。 この世界を支える法則、純然たるルールによるものだ。 原因があって、結果がある。例外など、あってはならない。 それは、彼もよく知っている事実であるはずだというのに。 「俺が、何とかするさ」 至極当たり前のことを語るように、彼はそう言った。 「してみせる」 無茶だと思う。 しかし奇妙なことだが、彼にそう言い切られてしまうと、 どんな不条理も、成し遂げられてしまう気がするのだ。 やると言ったら、やる。 一見飄々とした彼の言葉には、何故かそう思わせる強さがある。 とはいえ。 たとえ部屋を出て、外の世界で生きることが許されたとしても。 「さすがに、結婚は――」 世俗的な行為である以前に、同性では認められないだろう。 それとも、そのためだけに世界を変えようとでもいうつもりか。 あまり考えたくはないが、今の彼ならばやりかねない気もする。 案の定というべきか、彼の返答はその予想を裏切らなかった。 「いや、大丈夫だって」 その自信は、一体どこから来るのか。 心から疑問に思ったが、その答えも 「あの花束投げたの、あの方だぜ?」 「……」 ごく当たり前のように、本当に何気なく彼は言った。 だが、その意味が、すぐには理解できなかった。 花束を投げる。それは、花嫁の役目だ。 つまり、誰かと将来を誓い、結婚したというのか。 この街の趨勢を一手に握る、大きすぎる存在が。 「だから、心配なんかいらねえよ」 何も、道なき道を切り開くわけではない。 ただ、大きな前例の後に続くだけなのだと。 彼はそう言って、子供にするように頭を撫でてきた。 「大丈夫だ」 顔を覗き込み、力づけるように囁く彼の声。 だが、そういうことではないのだ。 一度の消滅を彼に救われて、こうして迎えられてから どれほどの日数が経過したのか、もはや覚えていない。 だが、その前に存在した世界は、決して平穏ではなかった。 消滅の危機という、深刻な状況を迎えていたはずだ。 それを救うために、自分は存在を賭け、消滅したはずだった。 自分が守ろうとした街は――どうなってしまったのか。 消滅するところを、彼の手で救い出された。 その現状に、満足していた。 部屋の外、自分の愛した街がどう変わっていようと、 それに関わる資格は、もはやないと思っていた。 だが、今。 心の底から、思った。 この部屋の、外に出たい。 心から愛した街で、何が起こっているのか。 自分自身の五感で、意識で、確かめたい。 「……早苗」 振り返ったままの彼に、呼びかける。 「私も――」 共に、連れて行ってくれ。 声にならぬその願いを、彼はどう受け止めたのか。 武骨な手が軽やかに伸ばされたかと思うと、 自分の手はあっという間に捉えられていた。 上機嫌の鼻歌。 くたびれたカフェの制服。 そのポケットの中に、二人分の手の温もり。 何かを履き違えているらしい彼との、小さな旅。 辿り着く先は、未だわからない。 ―――――――――――――――――――――― ※全然関係ない漫談 「なぁ、メグミ」 「何だ?」 「花嫁はブーケ投げるんだろ。花婿は、何もねえのか?」 「あまり一般的ではないが……ガータートスというものがある」 「ガーター?ボウリングか?」 「残念ながら違う。この場合のガーターとは、靴下止めのことだ。 花嫁が着けているそれを花婿が取り、未婚の男性に投げる」 「つまり、スカートめくりだな。男なら一度はやる」 「残念ながら違う。花婿は、花嫁が着ているドレスのスカート部分に潜る。 さらに、手を使わず口を使ってガーターを外すわけだが……」 「……なぁ、メグミ(ニコ)」 「私はやらんぞ」 「ガーター、黒でいいか?」 「……私は取らんぞ?」 コンポーザーが二次会でやればいいと思うよ!(おもうよ!) byC-7さま わたしもそう思います。心の底から。ありがとうございました! 20081101 →もどる |