まさかこんなところで出くわすとは思ってもみなかった。
 こんなところがどこかというと、駅前から歩いてすぐ、渋谷モルコのわき道にあたるスペイン坂である。
 出くわすなんて言うとなんだか悪いことのようだけれど、むしろどちらかというと嬉しい方のサプライズであって、なんというか要するにただの照れ隠しだ。
「あれ、ネク君」
 ふわふわと柔らかそうな淡色の髪の毛を揺らして、くるりとこちらを振り向いた顔は、俺の予想通りよく見知ったものである。
「ヨシュア」
「どうしたの。こんなところで」
 スミレ色に透き通った瞳がきょとんとした様子でこちらを見る。まあるくなったその目は相変わらずウサギみたいだと思うけれど。それはこちらの台詞だ。
「別に、学校帰りにぶらぶらしてただけだけど……」
「そうなんだ。ダメだよ、真っ直ぐおうちに帰らなくちゃ」
 おまえは俺の母親か、と言いたくなるような台詞だったけれど、悪戯に微笑む表情を見れば本気で言っているわけではないことくらい分かる。残念ながら、俺は今時学校帰りに寄り道をしないような希少な高校生には分類されない。
「おまえこそ、何してるんだよ」
 目の前に立つヨシュアは見慣れた子どもの姿で、RG仕様だ。俺がこいつを視認できている時点でそれは明らかなのだが、平日の昼下がり、こんな街中のこんな時間にヨシュアがRGにいるなんて珍しい。
 もっとも、別にヨシュアの生活サイクルを細部までつぶさに把握しているわけではないから、珍しいというのはただの俺の主観にすぎないのだけれど。ちょっとした空き時間や週末を利用して俺に会いに来てくれる以外、てっきりUGにこもっているものだと思っていた。そうそうコンポーザー様がUGを不在にしていては困るだろうし。
 渋谷狭しと言えど、こんな雑多な人ごみの中で示し合わせもせずに会えた偶然に思わず感謝する。こんな風に外で会うことは滅多にないから、素直に嬉しい。嬉しいのだが。
「うん、僕はね……んー、迷子センター?」
「はぁ?」
 ヨシュアの物言いは時々ものすごく分かりづらい。今日も変わらないらしいそれに、思わず眉を寄せた。
「この子」
 そう言って、振り返るようにやや下を見るヨシュアの視線を追うと、幼い体躯の見知らぬ少女がひょっこりと顔を出した。どうやら、今までずっとヨシュアの影に隠れていたらしい。思いもかけない、見覚えのない人物の登場につい一歩身を引く。
 引いてから、ちょうど俺の後ろを歩いていた通行人にぶつかりそうになり、寸でのところで慌てて避けた。狭い道を途切れることなく行き交う人の波に、道のど真ん中に立ち止まっていては邪魔になると、ヨシュアたちに倣って道端に寄る。
 それから改めて例の子どもの顔をまじまじと見てみたものの、やはり見覚えはこれっぽっちも、と言っていいほどなかった。このくらいの子どもの年のころなんて俺には判断がつかないけれど、背丈でいうと子どものヨシュアの腰止まりで、当たり前ながら小さい。幼稚園……とかそのくらいだろうか。
 文字通り顔だけを覗かせたその少女は、おずおずと身を隠すようにヨシュアの脚にぎゅっとしがみついている。肩の辺りで切りそろえられた細い髪が、不安を湛える瞳と共に頼りなく揺れた。
「……隠し子?」
「面白いことを言うね、ネク君は」
 思わず口をついて出た言葉に、ヨシュアは楽しそうにくすくすと笑いを漏らす。
「残念ながら僕の子じゃないんだけどね。ママ、ママ、って泣きながらうずくまってる子見たら、放っておけないでしょ?」
 なるほど。
「だから迷子センターか」
「そ」
 ヨシュアの右手がすっと持ち上げられて、少女の柔らかな髪を優しく撫でる。すっかりヨシュアに懐いているらしく、不安げに瞳を揺らしていた少女の表情がすぐに嬉しそうなものに変わった。ヨシュアのその恭しい手つきを見て、どうやって手懐けたのやら、なんて少し面白くないように思ったのはどうしてかなんて、その時の俺に分かるはずもない。
「へぇ。でもそっか、ネク君にもちゃんと見えるんだね」
「見える?」
 ヨシュアのおかしな物言いに思わず首をかしげる。すると俺の訝しげな様子に気づいたのか、ヨシュアはすっと一歩横に身を引いた。
「こういうこと」
 ヨシュアが立ち位置をずらせば、当然ながらその身体を盾にしていた少女の全身が露になる。
 ヨシュアに手を離されて、再び不安げな表情に変わる顔。子どもらしく、パステルカラーでまとめられたワンピースを身に付けていて、そのまま自然に視線を下ろした先には……足が、ない。
 スカートから伸びる脚の膝下辺りがうっすらと透けていて、足首から先は完全になかった。あまりのことに絶句していると、ヨシュアが困ったようなため息を漏らす。
「たまにいるんだよね、成仏しないでUGとRGをうろうろしちゃう子。規定年齢に達してないから、ゲームに参加してるわけでもなさそうだし」
「……幽霊、ってやつか?」
 驚きのあまり、発した声が少し震えてしまったのは不可抗力だと思う。おばけが怖い、なんていう歳でもないが、嫌というほど死神の羽を見てきた俺にもこの光景はさすがに衝撃的だった。
「うん、いわゆる浮遊霊かな。この子は低位同調が出来てるわけじゃないから、足がないように見えるでしょ? UGの波動はRGだと変換しきれないから、そう見えるんだよね。浮遊霊って、何かしら未練を残して死んだ人がなりやすいんだけど……」
「……」
「これじゃ警察に届けるってわけにもいかないでしょ」
 迷子は速やかに警察へ、が基本とはいえ、それが成り立つのはこちら側だけでの話だ。あちら側の、幽霊の迷子の面倒を誰が見るのかなんて、俺にはわからない。きっとそこらを歩いている渋谷中の人に聞いて回ったってわからないだろう。


本文冒頭より抜粋。